「ドカベン香川伸行さん急死 52歳心筋梗塞」(日刊スポーツ)http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20140927-1373452.html毎週土・日だけサーヴィスで届く、「日刊スポーツ」。 「一面」をチラ見した瞬間に”不愉快”になり、「今日は見んでええわ」とスル―しようとした瞬間、端っこの「小さな見出し」に目を疑って、仰天・・でした。 1988(昭和63)年8月。 夏休みで関西を訪れた際に初めて観戦した、大阪球場の南海ホークス。 2−1でバファローズリードのまま、最終回へ。 9回2死・1塁。 1発出れば逆転サヨナラ・・の場面で登場したのは、「ドカベン」香川さん。 夏休み中で満員だったスタンドから、大歓声が沸き起こった。 この日一番の、大盛り上がり。 ライオンズと激しい優勝争いを展開していた近鉄バファローズを応援していたのだけれど、「もうどっちでもエエわ。南海勝ったれ! ドカベン打ったれ!」。 結局、空振りの三振。ゲーム終了。 その瞬間の「あ〜〜〜!」というスタンドからの大きな大きな溜息、いまも耳にハッキリと残っています。 そして、「でもおもろかった。エエもん観れた」と顔に書いてある、多くのお客さんの姿も、瞼にしっかりと記憶されています。 数年前、日生球場の跡地を訪問したときも、真っ先に脳裏に浮かんだのは香川さんの「プロ1号特大場外弾」でした。 「プロ野球が人の思いで成り立っていた時代」の、最後の「個性派野球人」でした。 かがわのぶゆき【香川伸行】 ドカベンの愛称で親しまれた巨漢選手。 彼にダイエットを要求したファンは、ほんとうのプロ野球ファンとはいえない。 野球場へ足を運ばず、スポーツ新聞の順位表や成績表を見るだけで、ああだこうだと屁理屈をこまねいている理屈屋だ。 ドカベンが打席に立つだけで、どんなにおもしろかったか。 引退するには惜しい選手だった。 「新潮プロ野球大事典」。 11PMの番組内で、この本のことを嬉しそうに話していた香川さん。 いま、この本の「価値」を理解してくれる野球ファンも、あまり多くないかもしれないな。 「最近の野球選手は、個性がない。面白くないね」。 もっともっと、元気でいてほしかったよ。 合掌。 |
懐かしのプロ野球
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34年の観戦歴と読書歴(?)を活かして、実際に観た・観ないに捉われずに、懐かしの球団・選手をリスペクトした記事を書いていきたいと思います。
体験談&アドヴァイスも、大歓迎です。よろしくお願いいたします。
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日曜日の、東京ドーム。 伊東勤さんと、稲葉さん。 随分と長いこと、”お話”をしていました。 直感的に、「これが”見納め”かな」と、思った。 「この間のドームで本人から話を聴いていた」(伊東さん)。 ・・やっぱり、そうだったんですね。 「やっぱりイナバ! 100人乗ってもダイジョーブ!!」 90年代、足繁く通った神宮球場。 ほろ酔い気分の時に稲葉さんがクリーン・ヒットを放つと、よくそう叫んでいました。 いつも結構、ウケた。 嬉しかったな。 スワローズ時代は、「メッチャいい選手なんやけど、いっつも気がつくといない(故障)んよなぁ・・」。 なのになのに、「42歳まで」。 「101人乗らなくても危ない」選手から、「1000人乗ったってダイジョーブ」に。 いつも全力。 打球もランニングも超・シャープ。 3人しか指名されなかったドラフトの、3番目。 なのに、「3人のうちの2人」で、4000本以上のヒット。 「1位・福間納さん&3位・落合博満さん」。 同じく「3人指名」だった79年のオリオンズも凄いけれど、稲葉さん&宮本さんの「94年スワローズ」は、もっと凄い。 記録にも記憶にも残り、語り草も残した、すんばらしいプレイヤーでした。 「近鉄バファローズに指名される予定でした。そうなっていたら、梨田さんとはもっと早く一緒にやっていた」。 ・・そうならなくて、「良かったね」。 「スワローズ&ファイターズ」のチーム・カラーは、間違いなくこのヒトの気質にピッタリ合っていた。 そう、思います。 「同世代」。 デビュー直後から、ずっと見続けてきました。 愛着、いっぱいです。 お疲れ様でした。ありがとう。 中嶋聡さん。 「45歳」。 しかし、未だに「正式発表」(笑)は・・ナシ。 私が、今回復刻したファイターズのこの帽子&ユニフォームを始めて観たのは、昭和63年の4月。 ファイターズVS阪急ブレーブスでした。 9回2死から飛び出した、藤田浩雅さんの劇的な逆転3ランは、「東京ドーム・パリーグ第1号」。 嗚呼!なのになのに、そのウラ、ファイターズがまたしても「逆転・サヨナラ勝利」。 敗戦投手は、6失点でも完投した大投手・山田久志さん。 私が「ナマのヤマさん」を観たのは、これが最後でした。 この年の秋、山田さんの現役最終登板ゲームでマスクを被っていたのが、中嶋聡さん。 53年の歴史を誇った名門・ブレーブスの「最後のホームラン」を放ったのも、中嶋さんです。 「45歳」「いまだ”現役”」。 ・・やっぱり、ただただ、「モノ凄い」。 「”正式発表”は、まだナシ」。 それで、ヨイ。 「生まれてなかった」大谷翔平君とのバッテリー、観てみたいな。 さすがに「スピードガン勝負で勝った」り、「素手で球を受けた」りは、出来ないでしょうけど・・ね(笑)。 もうちょっと・・だけ。 頑張ってください。 |
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「レジェンドシリーズ・2014」。 東京ファイターズ・復活祭。 東京ドームまでの、道中。 レジェンド気分を盛り上げようと、スマホ音楽アプリ「Dヒッツ」で、今回の復刻ユニフォームに合わせて80年代後半の名曲集を聴いていました。 ♪ずっと夢を見て いまもみてる ・・・ ザ・タイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」が、流れました。 セブン・イレブンのCMで、最近もよく耳にする曲です。 いやでも、やっぱり懐かしい。 そしてちょっぴり、ホロリと・・しました。 ♪もう今は 彼女はどこにもいない 朝はやく 目覚ましがなっても そういつも 彼女とくらしてきたよ ケンカしたり 仲直りしたり ずっと夢を見て 安心してた ・・ 写真は、「開場直後」。 いやしかし昔は、”試合中”でも、いっつも「こんなん」でした。 それでも、「ずっとココにいるのだろう」と、安心してた。 それが、いけなかった。 ”彼女”は、遠いところに行ってしまいました。 いやでも、良かった。 それで良かったんだ。 柏原純一さん&白井一幸さん。 何度カメラを向けても、いつも「笑顔」。 行くところ行くところ、何度もスタンドから声を掛けられ、手を振り続けていた。 御二人とも、本当に嬉しそうでした。 ♪ずっと夢を見て いまもみてる ・・・ 大事に思ってくれているファンは、いまも大勢いてくれました。 土曜日のスペシャル・ゲストは、松浦宏明さん。 ドラフト外入団から這い上がって、「逆転のマツ」「あわやノーヒッター」。 最多勝も獲得。通算54勝。 記憶にも記録にも残った、名投手でした。 上海ゴールデンイーグルス投手コーチ。頑張ってください。 日曜日は、「トレンディ・エース」西崎幸広さん。 「入社する会社も決まっていた。プロに行く気は無かったんだけど、レヴェルの高いパリーグの球団に指名してもらったから入った。セリーグだったら、プロ野球選手にはなってなかったですよ」。 軟派に見えて?、「硬派」。 阿波野秀幸さんとは、「ずっと友達。ライヴァルと思ったことなんかなかった」。 日蔭だったパリーグを支えてくれた名投手。忘れないよ。 「ファイターズ女子増強部エース」・上沢直之。 「SSコンビ」「ハンカチ王子」。 みなちょっぴり”不完全燃焼”だったけれど(苦笑)、彼ならば期待、出来るかもしれません。 ジャニーズ顔。 派手な色合いのユニフォーム、よく似合っていました。 100球をゆうに超えても、9回1死まで頑張った。 「最近の投手は、7回までは良くても8・9回はわからない・・というのばっかりでしょう? そういう野球は、つまらんですよ」。 北別府学さん。 次は、完投だよ。 まずは、新人王。頑張ろう。 むかし、貴重な貴重なファイターズの地上波放送(テレビ朝日)では、よく栗山さんが解説をなさっていた印象が・・あります。 無死1塁で3番・陽岱鋼に「送りバント」(!)。 無死1・2塁でも、5番・小谷野栄一に「送りバント」(嘆)。 「ダンディ」近藤貞雄さんは、絶対にそんな野球、しなかったよ。 もっと「夢のある(プロらしい)野球」、期待します。 ♪でも それは 遠い遠い思い出 ・・ 敵味方ない(当たり前)、「大歓声」。 ニッポン野球の宝・大谷翔平君。 「背番号11」は、大島康徳さん。 「OH」までは、おんなじです。 ちょっぴり、お疲れ気味なのかな。可哀相だな・・な、バッティングでした。 「ピッチャーのほう」も、観てみたかったな。 「10勝10本塁打」は、地球野球史上「ベーブルースのみ」(!!!)。 あと2本! 頑張れ・・!! 「田中幸雄さん」。 こちらは、「TA」「NA」「KA」をシャッフルしただけ・・(笑)。 「3番丸・4番中田・5番堂林・・なんて、なるんですかねぇ・・」 「有り得るね。”元・男子”だから(笑)。本当は”ギータ”がほしいんだけど、アッチはメジャーなんだろうなぁ・・」 ・・ 「”お父さんの問題”だけ・・か。カープ、新・黄金時代・・だなぁ・・」 ♪ すすめファイターズ ひとすじに・・ ・・現実は哀しく、厳しいです。 「ボンバー」・古屋英夫さん。 強打・好守。 大好きな三塁手でした。 「ずんぐり体型の背番号5」。 おんなじだ、小谷野栄一。 「古屋さんは、三塁線のダイビング・キャッチが得意だった」なんて話をしていたら、本家張りのスペシャル・ダイビングを魅せてくれました。 マリーンズ・ファンも、拍手。 「昭和なお客さん」がたくさん、いました。 阪急→近鉄→東京日本ハム。 ビッキー。 なんだかいつも、楽しませてもらっています。 「西村基文さん(投手)か。懐かしいなあ」なんて思っていたけれど、考えてみれば「もっと・はるかに物凄いヒト(レジェンド)の番号」・・でした。 ♪ずっと夢を見て 幸せだったな 僕は・・ 「レジェンドユニフォームシリーズ2014」。 オリオンズ・成瀬義久&デスパ「イ〜ネ」も、今江敏晃&大谷智久&西野勇士も、素晴らしかった。 夢のようなひととき。 文句ばっかり言ってても、私はやっぱり「野球が大好き」。 後楽園に通った時代に「みていた夢」は、ほとんど何も、実現できていない。 でも、「野球のあった人生」。 やっぱり私は、幸せだったんだ。 そう、思います。 「東京のファイターズ」。 ずっと夢見させてくれて、ありがとう。 |
1.島田 誠 .219 3本 21点 2.小川 浩一 .252 3本 24点 3.古屋 英夫 .248 6本 31点 4.大島 康徳 .276 15本 63点 5.M・イースラー .304 19本 58点 6.田中 幸雄 .277 16本 57点 7.岡持 和彦 .181 4本 28点 8.田村 藤夫 .248 10本 35点 9.五十嵐信一 .242 7本 28点 白井 一幸 .208 2本 10点 広瀬 哲郎 .216 1本 2点 二村 忠美 .194 5本 20点 佐藤 文彦 .234 1本 6点 早川 和夫 .227 2本 13点 B・デイエット .243 4本 13点 P.西崎 幸広 15勝 11敗 2.50 松浦 宏明 15勝 5敗 4S 2.76 津野 浩 8勝 13敗 2.92 佐藤 誠一 8勝 10敗 1S 3.45 河野 博文 6勝 5敗 9S 2.38 金沢 次男 4勝 7敗 3.75 柴田 保光 3勝 7敗 3.61 武田 一浩 1勝 2敗 3.38 監督・高田 繁 1988年(昭和63年) 62勝65敗3分 勝率.488(3位) 「レジェンドシリーズ・2014」。 とうとう帰ってきた、「東京アストロ・ファイターズ」。 我々のような40過ぎのオッサンからすると、「そんなに昔という感じがしない」。 いやでも、最後に着用したシーズンからは、もう22年もの歳月が流れています。 そりゃ、そうか。 このユニフォームが使用されたのは、1982(昭和57)年から1992(平成4)年まで。 今年43歳のオヤジ(私)が、小学4年生〜新成人だった時代の、ユニフォームなんです。 今回の復刻帽子は、通称「パンティ(笑)バージョン」。 1988年に、東京ドーム開場を記念してモデル・チェンジされたものです。 (ギリギリセーフで、「昭和最後の」ベースボール・キャップ) 東京に先だって行われた、「札幌ドーム・レジェンドシリーズ」。 3ゲームとも、「超・満員」。 心の底から、「良かったね。良かったなぁ」と、改めて&しみじみ・・でした。 北海道移転は、文句なしに「大正解」だった。 でも、それでも、私たちは忘れない。 いっつもガラガラ、「後楽園(東京ドーム)のB面」。 でも、いつも身近で親近感いっぱいだった、「俺たちの東京ファイターズ」。 8月29〜31日・東京ドーム。 東京ファイターズVSロッテオリオンズ。 当時、球界でもっとも不人気だった、誰にも注目してもらえなかったカード。 実は「東京ドーム・パリーグオープニングゲーム」のカードでもあったのだけれど、そんなことはもう誰も憶えていない、「日蔭カード」。 「22年ぶり」。 ずっとずっと「この日」を待っていた多くのファンの皆さんで、きっと球場は一杯になるでしょう。 良かったね。良かったなぁ・・。 中学&高校時代、何度も何度も観た、「オレンジ・ファイターズ」。 「涙味のビール」を飲みながら、しばし青春時代にタイム・スリップしたいと思います。 レプリカ・ユニフォーム。 残念ながら、胸マークは「プリント」。 でも、いいよね。「ツギハギ」はないから・・(笑)。 オレンジ・ユニフォームは友人に着てもらって、私は(”黒ユニ”への)”ささやかな抵抗”で「青のオリオンズ」を着よう・・かな。 |
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「鷹の祭典・in大阪」。 「全方位真っ赤&満員のスタンド」というのには、毎々ながらやっぱり「強烈な違和感&虚しさ」しか、感じませんでした。 ゲーム内容自体も、完全な「ライオンズの自滅」。 コッソリ?ライオンズを応援しに来ていたはずの「少数派バファローズ・ファン」の方々、ガッカリしたろうな。 私も正直、ガックリ・・でした。 (今年は、森脇さんVSカープでいいのだ!) 昨日まで「アウェイ・チーム」として激闘を繰り広げたばかりの、京セラドームで。 こんなにも多くの「ホークス?ファン」がいるのなら、なぜ昨日までは三塁側のみですら空席が目立っていたのだろう・・? 「大企業の決起集会」。 残念ながらやはり、そういう風にしか見えませんでした。 いろんな意味で、「寂しいゲーム」。 いや、でも、しかし・・。 宣伝ポスターには、「ホークス生誕の地・大阪へ凱旋!」と、ありました。 「ささやかな配慮」。 これは決して、悪くない。 「9438日ぶりの大阪開催!」というゲート・フラッグを掲げているファンの方が、いました。 355度真っ赤赤なスタンドに抵抗?するかのように、「ミドリのユニフォーム」を身に纏った応援団の方々も、いた。 ♪ われら〜の〜 われらの〜 なんか〜いホークス〜〜! 決勝の6点目が入ったときは、間違いなく「そう」聴こえた。 うむ。 少なからず、この日を「特別な1日」と思ってくれていたファンも、いました。 「今日は、ホークスにとって26年ぶりの大阪開催でした・・」 ヒーロー・インタビューのアナウンサーも、忘れないでいてくれた。 もう、いいかな。いいよね。仕方ない。 少なくとも、「東京ドーム開催」よりは、よほどいい。全然、マシだ。 そう、納得?・・しました。 で、明日からの福岡では、「福岡ダイエーVS西武ライオンズ」・・? なんだか、よくわからんな・・(苦笑)。 「ホークス・大阪開催」 来年もしまた、やるのなら、「南海VS西鉄」が観てみたい。 球史に残る名カード。 巨人VS阪神以上の、伝説の対決です。 それこそが究極の、「おかえりホークス」になるような気が・・する。 楽しみに、待ってみたいと思います。 |








