♪ 俺が出てきたふるさとは 雪がちらつく頃だった 浪速の空に夕陽が落ちて 物干し竿に吹く酒しぶき その名は景浦 酒仙打者 江本孟紀さんの歌う、「あぶさん」。 つい先日、堺市博物館で開催されている「南海ホークス展」でジャケットを拝見したばかりです。 「ピンチヒッター・景浦。背番号90」というウグイス嬢のアナウンスと、ノムさん(!)の「あぶ、行くでぇ〜!」なんていう台詞まで挿入されています。 初めて聴いたけれど、大感激。素晴らしいなあ。 午後0時30分から始まって、まだやっています(午後10時30分まで)。 超の付く定番曲から、現在の各球団の応援歌、消滅球団の球団歌・応援歌、OB&現役選手の歌うものまで。 「非常に多くのリクエストを頂いた」南海ホークスの歌。灰田さんバージョン。 「阪急ブレーブス団歌」「行くぞ大洋」に、「太平洋クラブライオンズ」。 「ドリーム&パワー」(大阪近鉄)なんて、そんなに古い曲という感じがしないのに、なんだか泣けてきた。 「ヤクルトアトムズの歌」なんて、存在自体を初めて知りました。 史上最強、T・オマリー(笑)の”六甲おろし”は聴き逃した。悔しいな。 「大阪タイガースの歌」。 ♪オ〜オ〜オオ〜・・は、「”オオ”サカのオ〜」なんですよね。 ちょうどこの曲が流れているときに、能見篤史が豪快な(笑)ホームラン! ナイス・タイミング。ありがとう。 角川博さんの歌う「それゆけカープ」なんてあったんだなぁ。 富永一郎先生の「ゴーゴーカープ」は、やっぱり名曲だ。 リー・ブラザースの名曲「ベースボール・ブギ」はもちろん、故・アニマル・レスリーさんの曲や、早見優ちゃんのブレーブス応援歌も・・。 一体、どこから探してきたのだろう・・と思うほどにマニアックな曲ばかりがゾクゾクと出て来て、飽きる暇がありませんでした。 サッカー中継を観ながら。巨人VS阪神を観ながら。 こんなにぶっ通しでラジヲを聴いたの、久しぶりです。 ゲストで登場した唐橋ユミさん(「喝!天晴!」のサンデーモーニングのひとです)は、「山田久志さんのファン」。 ありがとう。 私の会社の男性陣の間で、実は「人気ナンバーワンアナ」なんですよ、ユミちゃん。 (チナミニワタシモ・・デス) 番組途中に、「緊急速報」。 谷繁元信選手、おめでとうございます。 残り、30分。 何だか、名残り惜しいです。 いい「GW締め」に、なりました。 |
懐かしのプロ野球
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34年の観戦歴と読書歴(?)を活かして、実際に観た・観ないに捉われずに、懐かしの球団・選手をリスペクトした記事を書いていきたいと思います。
体験談&アドヴァイスも、大歓迎です。よろしくお願いいたします。
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「代打出せぇ!代打! こんなの使とるから、勝てへんねや!!」 「そんな可哀相なぁ・・。こんな新人の若い子、いじめたらアカンで・・」 「なにが可哀相や! 代打や!代打ぁ!!」 (左中間に、大ホームラン) 「やったァ〜〜〜! さ〜〜すが、渋谷高校やァ!! ワシこいつ、モノが違う思てたんやァ!!!」 「さっきまで”替え〜替え〜!”ゆーとったん、誰やったかいなぁ〜?!」 「誰や?」 「お前やァ〜〜!!」 1992(平成4)年。 川崎球場・マリーンズVSバファローズ。 上方漫才のような、猛牛おじさん達の「やりとり」。 場内、爆笑の渦。 まだ、パシフィックの球場に「昭和のかほり」が残っていた時代でした。 後でわかったことなのだけれど、このホームランは、中村紀洋の「プロ2本目のホームラン」。 左中間に高々と、鮮やかに飛んで行った大ホームランでした。 その打席の前に、守備で足を痛めていたので、ケンケンしながらのホームイン。 いまも、鮮烈に記憶しています。 「あと5本」となったところで突如出現した、「日米通算2000本」という報道。 はぁ・・・?! ・・ということは、「メジャー通算・5本」という・・こと・・・? よせばいいのに、そんな報道。 あんまし、いじめんといてやれや・・でした。 「生意気」「思い上がり」。 激動の野球人生。 でもいまどき、「プライド」に拘り、「ブランド」に拘り、己を過剰なまでにアピール出来る野球人、そんなに多くないよね。 「紳士」とか「優等生」なんて、つまらんよね。 ええやん。 そんなのが一人くらいおったかて。 「河内育ち」「いてまえ育ち」やねんから(笑)。しゃあないやん。 何度も書いているのですが、私は「迷球会」が大嫌い。 あんなの、非公認な、ただのタレント・プロダクションです。 「2000本&200勝&250セーブ”だけ”が一流の証」。 冗談じゃありません。 アホ言うたらアカンよ。 いや、でも。 「近鉄バファローズ出身・最後の2000本」。 大村直之が「行方不明」な、いま。 そう思うと、やっぱりちょっぴり、感慨深いものが・・ありました。 世の中が「国民栄誉賞騒動」な日に「コッソリ達成」というのもまた、「薄幸時代のパリーグ育ち」に相応しいような気がして、ちょっと可哀相な気も・・して。 だからコッソリ、でも心を込めて書きました。 おめでとう。 日々、感謝で。1年でも長く。 野球を続けさせてくれた、すべての恩人&ファンのために。 「いてまえの灯」を、絶やさないために。 |
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「おい、阪急のアニマルが死んじゃったぞ」。 会社の同僚に、教えてもらいました。 ビックリしました。 「亡くなったということ」に対しては無論、「”阪急のアニマル”の知名度」にも・・です。 ライオンズ戦。 いつも閑古鳥が鳴いていた西宮球場を、清原和博さんと二人だけで「大入り満員」にしてくれました。 「投げてみないとわからない」危なっかしいピッチャーではあったけれど、でも、彼目当てに球場に足を運んだファンは、決して少なくなかったはず。 当時のパ・リーグにとっては、ただそれだけでも「稀有で貴重なプレイヤー」だったと思います。 彼もまた、古き良き昭和野球の大事な名脇役でした。 「亜仁丸 50」 帽子に頂いたサイン、いつまでも大事にします。 合掌。 |
球場が広なった・ボールが飛ばんようになった言うて嘆くんは、ようわかるんです。 けど、それでも、どうやったらホームラン打てるようになるんか、よし、飛ばしたるぞって思うのが、努力するのが、プロやろう?って思うんです。 せやのに、「ボール飛びません、変えてください」やものね。寂しいよね。 打ち方観てても、飛ぶようなフォームで打ってないものね。こう、(スタンスを広げて)こんな打ち方したりね。 僕なんか”ヘタクソな選手”やったけども、必死にやったもんね。 500本以上(本塁打を)打った言うても、”もっと打てた”としか、思わんもん。 今でも、悔しい気持ちしかないんですよ。 もっと死に物狂いで努力して、工夫してほしいですよね。 たとえば鳥谷君にはね、今年はコレをしました、来年はコレに取り組みます、そういうもんがあるはずなんです。 せぇへんもんね。 いまはちょっと活躍するだけで、”諭吉さん”がようけ貰えるから・・。 (仕えた監督さんのなかで、一番やり易かった・楽しかった人は誰?) 楽しい、ゆうことはないですよね。勝負の世界ですから。 苦しかったことばっかりです。 やり易かった人とか、そういうのは無かったな。 ただとにかく、優勝を全然出来んかった。 たくさん応援してもらったのに、何十年もプレーしたのに、全然優勝することが出来んかった。 それがもう、本当に申し訳ない気持ちで一杯なんです。 今のホークスの選手で素晴らしいと思う選手? いやもう、全員やないですか。 何度も優勝してるんですから。全員、素晴らしいと思います。 それでエエんちゃいますか。 昭和48年の優勝ですか。 まだ僕、若かったからねぇ。 全然、楽しめませんでした。 今は、若手もヴェテランも関係なくはしゃいでるけど、当時はそういうのがまだ許されなかった時代でした。 ビールかけも、先輩のをただ観てただけ。 楽しめなかったなぁ。 (ホークスからブレーブスへの移籍) 当時はまだ、親が子供を厳しく躾せなならん時代でした。 長男もまだ高校生やったし、娘も小さかった。 女房ひとりではとても任せられん、だから九州に単身赴任は不可能やと、なったんです。 お蔭で球場ではぎょうさん、野次られました(笑)。 (球場の野次、阪急の団長さんに"たこ焼き食べよ"って言われた) アレ、「こっちに持って来い」って、返したんよ(笑)。 ヤジには、発奮させてもらいましたね。「見とけよ」という気持ちにさせてもらいました。 (山田久志さんが「終生のライヴァル」と言っている) 山田のリップ・サーヴィスですよ(笑)。僕なんか、”ヘタクソな選手”やのに。 山田はね、とにっかく速かった。 山口高志も速かったけど、山田も無茶苦茶に速いボールを投げていました。 僕には、真っ直ぐしか投げて来んのです。 シンカーとかカーブとか、投げない。 シンカーなんて、”簡単に打てるボール”なんです。 とにかく、真っ直ぐが速かった。凄い投手でした。 (昭和48年のプレイオフ) スミスと広瀬さんに連続でホームラン打たれてね、もう山田、泣きそうな顔しとるんです。マウンドで。 こうなったらもう、勝負する気ィになんか、なりません。 「ナニクソ!」って向かってくるからこそ、こっちも燃えるんであってね。 ああなったらもう、勝負する気になんかなりませんでした。 (山田さんからホームラン打った日に、電話を入れたというのは本当か) 88年ですね。 なんだかもうね、死人のような顔しとったんです。 「おい、まさか辞める気ィやないやろな?」と、電話したんです。 わかるんですね。そういうのはね。 「俺みたいな”ヘタクソ”がまだやろう思っとるのに、なんでお前ほどのピッチャーが」って、言いました。 結局、引退してしまいましたけどね・・(笑)。 (タイガース・掛布とのトレード話があったというのは本当か) 本当です。 極秘裏に進めておったんですけど、一週間前になってスポニチの記者がスクープで出してしもうて、それでご破算になった。 あのスクープがなかったら、100%実現してましたね。 僕の背番号って、何種類あったか知ってます? 27、44、60。 あと、78と53ね。 44にしたのは、アキレス腱やって、再出発したとき。 誰やったかな、そういう大きな怪我から復活して、活躍しとった選手が近くにいて(→メイ選手)、俺もやれるのかな、頑張ろうかなって思って、その時に付けた番号です。 60番はね、まだ誰もやったことのない60本のホームランを打ってやろうと、それでですね。 一度だけ「いけるんちゃうか」思った年があったんやけどね、阪急の永本にぶつけられて怪我して、アカンかった・・(笑)。 「長嶋・王が引退したあとの、最高のプロ野球選手・・と、改めてマジに言わなければならないところがツライ・・」(玉木正之・新潮プロ野球大辞典) 伝説の大打者・門田博光さん。 数年前、大きな病気を患った際に「もう人前には出たくない」というコメントを目にしたときは、本当に悲しくてショッキングでした。 ブレーブス時代の川崎球場以来ですから、24年ぶり。 またお目にかかれたこと、大袈裟でなく本当に嬉しく思いました。 スタッフの方の介添えがないと、壇上に登ることが出来なかった。 でも全然、ショックじゃない。 「同じ病気」をした我が親父はもう、ベッドから降りることが出来ません。 でも、門田さんは全然、大丈夫。 それだけで、じゅうぶんです。 ファンの方との会話の際には、満面の笑みで、身を乗り出して、「うん!そう!そう!」と。 何度も、マイクを持っていることを忘れて、立ち上がって、フォームを実践してみせてくださったりも。 褒め言葉です。 「野球の大好きなただのオッサン」になっていました。 何度も何度も、「自分はヘタクソ」って。 「大」のつく、「超」のつく、野球人なのに。 こんなトークショー、初めて・・でした。 「なんで”60”やなくて、”44”・・?」 その「疑問」は、始球式で判明しました。 ホークスのニュースター、柳田悠岐。 ロッカーには、門田さんの打撃フォームの「連続写真」を貼っているのだそうです。 背番号・44。 球団側の「たっての希望」だったのだろうと、思います。 「門田二世」にぜひとも、なってください。 「自分なんかちっとも優勝も出来んかったのに、今でもこうして憶えててくれはる人がようけおる。本当に幸せやと思います」 優勝のためだけに、「チームの歯車」になる選手、「監督の操り人形」になる選手は、たくさんいます。 でも、「内野に高々と上がるフライ」や「カウント0−3からのフルスイング」だけでスタンドのお客さんを唸らせ、どよめかせ、喜ばせるような選手、そんな、いつまでも心に残るようなプレイ、語り草に出来るようなプレイを魅せてくれる野球人は、100人に一人もおりません。 「優勝させてあげたかった」とは思っても、「優勝してくれんかった」などと思う野球ファンは、少なくとも「昭和世代」には絶対に、おりません。 ありがとう。 我々はいつまでも、「史上最高のスラッガー」を、忘れません。 |
1.イチロー .342 25本 80点 2.田口 壮 .246 9本 61点 3.D・J .266 16本 60点 4.T・ニール .244 27本 70点 5.藤井康雄 .237 14本 49点 6.小川博文 .272 6本 38点 7.馬場敏史 .262 1本 33点 8.中嶋 聡 .267 3本 33点 9.勝呂壽統 .225 1本 21点 福良淳一 .278 4本 19点 風岡尚幸 .103 0本 2点 松山秀明 .237 1本 4点 本西厚博 .234 1本 24点 高橋 智 .262 5本 14点 三輪 隆 .246 1本 17点 P.長谷川滋利 12勝 7敗 2.89 星野伸之 11勝 8敗 3.39 野田浩司 10勝 7敗 3.08 小林 宏 8勝 3敗 2.68 高橋功一 7勝 6敗 2.67 伊藤隆偉 6勝 2敗 2.96 鈴木 平 2勝 4敗 3S 1.83 野村貴仁 3勝 1敗 2S 0.98 平井正史 15勝 5敗 27S 2.32 監督・仰木 彬 82勝47敗1分 勝率.636(1位) 兵庫県淡路島で発生した、震度6の大地震。 被災された皆様には、心よりお見舞いを申し上げます。 金曜日から始まった、「ブルーウェーブ・クラシック」。 なんでよりによってこのタイミングで、また地震が・・と、思わずにはいられませんでした。 「がんばろう神戸」。 大震災で傷ついた多くの被災者の皆さんを元気にしようと、ブルーウェーブが大躍進。 彗星のように現れたニュー・スターを先頭に、パ・リーグをぶっちぎりました。 阪急ブレーブスのファンだった私にとって、「ブルーウェーブ」などという名前は、どうにも許し難いニック・ネームでした。 「もうエエわ。許したる」。 この年からです。心からそう、思いました。 主催者発表とはいえ、年間入場者数でもタイガースを上回った。 前身の阪急時代には一生に一度もないだろうと思われていた、大快挙でした。 勢いは止まらず、翌年もリーグ制覇。日本一。 このとき、「真の市民球団化」を目指して大改革を推し進めていてくれたなら、その後に待っていた「悲劇」の多くも、恐らくは喰い止められていたに違いない。 今でも、残念で悔しくて仕方がありません。 今日は、今季から新しくスカパー野球中継に加わった「FOXスポーツ」で、神戸のブルーウェーブVSファイターズを楽しみました。 このチャンネルは、NHK・BS同様に「球場内音声のみ」を選択できる。 パリーグの特定球団限定の中継しかないけれど、試合中継が見られるときはいつもこのチャンネルを選択しています。 スタジアムが天然芝で、青空があって、余計な実況がないと、「野球ってやっぱり楽しいなぁ。最高だよなぁ」と、心から実感することが出来ます。 復活したD・Jキムラのアナウンス。 全然、変わらんな。相変わらず恰好エエな。 貴方の「ナマ声」を聴きたいがためだけに、何度も行きましたよ。神戸に。 「95年の優勝はテレビで観ていた。大好きなチームでした」。 綺麗な天然芝の上で、気持ちよさそうに鮮やかなスライディング・キャッチを披露した糸井嘉男。 京都出身やもんな。 「背番号7」。期間限定で(笑)許したるわ。 インコース低目の変化球を鮮やかに捌いた西川遥輝のホームラン、見事でした。 「復刻祭バージョン」の応援歌(ありがとう)に乗って飛び出した、中田翔のホームラン。 外野席後方の緑の木々に向かって、その上の青空に向かって。 なんとも美しく、力強い一発。 神戸に行きたかったな、ビール美味かったろうな・・と、思いました。 ファイターズのベンチには、「炎のエース」ジョニー黒木さんがいました。 このひとにとっても、「忘れられないユニフォーム」・・だよね。 やっぱり、野球は・パリーグは面白い。 いい日曜日になりました。ありがとう。 さぁ・・! 「今週」は、いよいよ・・・です。 |






