人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

Jリーグ

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ヴァンフォーレ甲府以外の「Jリーグ」について。。
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松田直樹

「くさちゃん、松田って、そんなにいい選手だったの?」
「松本”サンガ”って、Jリーグじゃないんだよねぇ?」

毎月恒例の、焼肉会。
貸切の個室にはテレビがあって、ニュースは松田直樹のことを伝えている。


当然、「目くじら立てて」憤ることなど、ありません。

「うん。凄い選手だったよ」
「松本”やまが”って、読むんだよ。”山にみやび”って書いて。アレ、選手が通っていた喫茶店の名前なんだ」と、答えました。


長野県松本市出身のカゴタ君が、口を挟みます。
「信大病院には、自分もよく行きましたよ。」

「松本山雅は、自分も応援してました。貧乏なクラブだから。AEDがあったら、ひょっとしたら助かったかもしれないですよね・・」


AEDうんぬん・・という件については、正直、よくわからない。
でもカゴちゃん、ありがとう。



「マリノスで選手生命を全うしていたら、少なくともこんなことにはならなかったよな」。
サッカー通の、スズキさん。

うん。
そうかもしれないよね。
たぶん、そうだったでしょう。

横浜F・マリノスへの「憤り」は、私も未だ、少なからず持っている。

でも同時に、「俺マジ、サッカー好きなんですよ」。
JFLを選んでくれた松田さんの「心意気」、「正真正銘のサッカー愛」もたまらなく嬉しかったし、
心底、「ありがとう」と思ったこともまた、事実でした。



「(チームメートは)俺よりサッカー好きなんだなって。俺も負けないけど。でも、本当にいい。本当に来てよかった。これ伝えたいんだよな、このよさを」

「苦しいんだけどね。『もう辞めてー』とか、ふざけて言うけど、『なんだこれ』みたいな。でも、それって幸せな悩みだよね。悩めば悩むほど、苦しめば苦しむほど、最後笑ったときに、半端ない喜びが待っているだろうなと感じるし。これを打破できるのは自分しかないし、逃げるのは簡単だし、今は、それとの戦いに勝ちたいなと思います」



いま、埼玉県のネットカフェにいます。

涙が、止まりません。
   

俺の悩みなんて、ほんとうに本当に「ちっぽけ」だ。
恥ずかしいです。情けないよ。


「J2に上げる? 馬鹿じゃねぇの。 J1だよ」。

頑張れ、やまが。

松田選手。ありがとう。

合掌。

森孝慈さん

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90年の11月4日、それは冷たい雨の日曜日だった。

その日、三菱は89−90シーズンの日本サッカーリーグ第2節、NKKとの試合を東京の西が丘サッカー場で行っていた。

三菱にとってはこのシーズン初めての「ホームゲーム」だったが、観客はわずか300人。

三菱は広瀬治のゴールで1−0で勝った。

2部から復帰後の初勝利だったが、試合は押しまくられ、寒々としたスタンドは2年後にプロになることなどとても想像できないものだった。


Jリーグ「浦和レッドダイヤモンズ」が本格的なスタートをきったのは、1992年。

私は、新卒の社会人1年生として、東京・池袋から埼玉県への通勤を開始していました。
通勤途中、いつもラジヲで「NACK5」(埼玉FM)を聴くようになった。

「浦和レッズは、県民みんなのクラブです。みんなで育ててやってください」。

人気のパーソナリティ氏が毎朝毎朝、「浦和レッズ・浦和レッズ」と、連呼する。


「浦和レッズ」。
プロ野球のチーム名がみな企業名であることにウンザリしていた身にとって、この名前はとても新鮮で、親しみを覚えるのにもそう時間はかかりませんでした。


いいな、浦和レッズ。

「観客数は、おそらくスタンドの6割か7割。プロ野球のパリーグより、少し多い程度になるだろうと思います。皆さんの力が必要なんです」

よし。応援しよう。応援しますよ。


「監督は森」「エースは福田」「ヴェテランの名取」「テクニシャンの広瀬」・・
一生懸命、監督や選手の名前を憶える。特徴を勉強しました。


いくら「サッカー音痴」でも、川崎(読売)や横浜(日産)が強豪であることくらいは、知っていました。

「我が浦和レッズは、2強に対抗しうるに充分なクラブです!」

おお!すごいじゃないか!!
そういえば三菱って、たしかサッカー界では名門だったはず・・だよな。


プロ野球は、タイガースとオリオンズのファン。
「万年Bクラス」。
「揃って最下位」なんて、日常茶飯事。

せめてサッカーくらい、強くて格好良いチームを応援したいもん・・なぁ。


嗚呼!なのに・・。


「3年分、負けた!」

ダントツの「最下位」。
来る日も来る日も、負けばかり。

やっぱり俺は、「こういうチーム」を応援するのが「さだめ」なのか・・。

いや、でも、怒れない。怒らない。
むしろどんどん、「浦和レッズ」が好きになっていきました。

ヴェルディ許せない。
今にみていろ。

森孝慈さんの苦悩の表情をみるたび、いつもいつも、そう思いました。




「プロになるって言ったって、今日のウチの試合、観衆300人だったんですよ・・」

そんなところから、「いまのレッズ」は生まれました。

「産みの親」は、森孝慈さん。
だから、負けても負けても、サポーターは我慢した。

「負けているから同情した」んじゃない。
「森さんだから我慢した」んだ。


元・日本代表監督。
日本サッカーが、史上初めてワールドカップをあと一歩のところまで手繰り寄せたときの、監督さんです。
「ドーハの前」。
まだ、「プロなんて考えられなかった時代」のお話です。



7月18日。
「なでしこ」が、日本サッカー史上初の大快挙。

これ、たぶん「偶然」じゃないと、思います。
日本サッカーを支え、守り、大きく育ててくれた功労者への、「はなむけ」だったんだ。

きっと、そうだ。
そう思います。


「サッカーなんか大嫌い」で育った私に、その素晴らしさを教えてくれたのは、浦和レッズでした。

だから「自分の誕生日が命日」、
あえて「誇りに思います」と、哀悼の意を表したいと思います。

石原裕次郎さんと「おんなじ」なんですよ。森さん。




今週末は、「浦和レッズVSヴァンフォーレ甲府」。

埼玉スタジアム。

行きますよ。
「浦和レッズを倒したい。泣きたい」が、私の最大の「夢」だから。

「憎い」んじゃないよ。
憎いわけなんか、ないでしょう。

「浦和レッズへのオマージュ」「森さんへのオマージュ」です。



合掌。




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ヴァンフォーレ甲府 1 − 1 ヴィッセル神戸

前半41分 大久保 嘉人(神戸)
後半20分 ダニエル(甲府)


Jリーグが、再開しました。

「スポーツの力なんか感じた事がない」

三宅久之。「ナベツネさんのおともだち」。
こういう輩が現れると、俄然「Jがんばれ。野球もがんばれ」と、思えてきます。

ニュースは、「J再開! 仙台も鹿島も・・」。
私はしかし、「一番心配なのはホーリーホックだよ」と、気が気でありませんでした。

「メインスタンドを閉鎖」という、異常事態。

1273人。
寂しいけれど、温かいスタンド。

「危険な雨」「危険な強風」。
「大丈夫?・・」。心配でなりませんでした。

「94分」。大逆転。
心の底から、嬉しく思いました。泣けました。


W画面で、ベガルタも。
太田吉彰。全身全霊。
貴方のお兄さんも、そのむかし「甲府の復興」に力を貸してくれました。
ありがとう。見事なゴールだったぞ。

観ろよ、三宅久之。
避難所で、「生きてて良かった」と泣いたお婆ちゃんを。「元気になったよ」と叫んでいるオジサンを。

政治家が、一体どんな元気をくれる?
こんな元気を、くれますか?

まぁ、いいか。
馬耳東風・・ですよね。



ヴァンフォーレです。

「2000年・ひたちなか」。
あの日も、雨が降っていました。

スカスカの観客席。
ヴァンフォーレ側のゴール裏には、11人しかお客さんがいませんでした。

試合前に、皇后陛下崩御に伴う黙祷の儀式がありました。
もともとが静まり返っていたから、どのタイミングで黙祷していいのかわからず、戸惑った記憶があります。
そのくらい、お客さんが入っていませんでした。

「水戸は参入1年目なのに専用のチームバスがあるし、ユニフォームにスポンサーマークもある。羨ましい」。
甲府の掲示板でそんなことを書いたら、水戸のサポーターさんに怒られた。

「なに言ってんだ。甲府市のほうが、よっぽど”可能性”がある。恵まれてる。ウチはこれから、本当に心配」・・。



きょうの、試合前。
震災犠牲者の方々への黙祷の儀式を見ながら、そんなことを思い出してしまいました。


「6893人」
「ホームゴール裏に空席」なんて、久しぶりに見ました。

「危険な雨」も、影響したのかもしれません。
いや何より、「まだそんな気持ちにはなれない」という方々が、多いのかもしれません。


これまた久々に見る、「2トップ」
いろいろとご意見はあるのでしょうけど、やっぱり違和感。

中盤に問題があったのも無論なのですが、最前線に人数が足りていない。迫力が足りない。
それはやっぱりちょっと、残念でした。

パウちゃんが入ってから、流れが変わった。
石原克ちゃんは、相変わらず元気一杯。MVP。
DF陣も悪くなかったし、ダニの”技あり弾”も、見事でした。

5年ぶりの、「勝ち点1」。
ありがとう。前向きにいきましょう。

「特製Tシャツ」「横断幕」。
きっと、東北&釜石にも届いている。
三浦さん&サポーターの皆さん、ありがとう。


サッカーが出来る。観られる。

高揚感は正直、あまりなかった。
でもやっぱり、嬉しいです。

がんばりましょう。




※写真。

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日本に「プロのサッカー」が誕生してから、19年。
 
19年前、「知ってるサッカー選手の名前を言ってみて」と聞かれたら、ほとんどの人が5人言えるかどうか・・だったのではないかと、思います。
 
少なくとも、私の周囲はみな、そうだった。
「国内のサッカーなんて、ちゃんと観たことないし・・」。
 
でも、どんな「サッカー音痴」のひとびとの答えにも、「必ず入っていた名前」。
そして「その名前」は、今でも誰でも知っていて、誰からも愛されていて、誰よりも尊敬を集めている。
 
凄いよね。
凄いです。
 
「オー・エヌ」です。
「力道山・馬場・猪木」です。
 
「にっぽんサッカーの宝もの」。
同性としては、ちょっと憎らしいくらいに「格好良い」。
 
19年前と、少しも変わらない。
いや、あの頃の何倍も、格好良い。
 
ありがとう。
 
 
 


 
愛媛の話題といえば、県内の西条市出身の長友佑都選手がインテル・ミラノに移籍しましたね。
 
世界中のサッカーファンなら誰もが知っているビッグクラブへの移籍ですから、本当に素晴らしいことです。
愛媛県出身の選手が、あの青と黒のユニフォームを身にまとうのは本当に誇らしいですね。
 
長友選手には、いつか愛媛FCでプレーしてほしいと思います。
何年後になるかわかりませんが、彼の経験は大きな財産になるはずです。
 
故郷に錦を飾る意味でも、いつかそんな日がきたらいいですね。
 
(愛媛FC・福田健二)
 


 
長友佑都さま。
 
「もうやること・やりたいことは全てやった」となったら、「エリエール」のユニフォーム、着てほしいな。
 
「地球上ビッグ3のクラブから、愛媛FC?!」
 
誰もが、そう思います・・よね。
私もそう、思います(笑)。
 
 
でも、でもね。
 
「日本サッカー史上最高のスーパー・スター」はいま、J2のピッチで戦っているんです。
 
そのことに、誰も違和感を持っていない。
いまなお、誰よりも大きな声援を受けて、誰よりも輝いています。
 
貴方もぜひ、そんな選手になってください。
 
才能溢れる選手には、どんどん海外に行ってほしい。
そしてその「財産」をまた、「にっぽん」に還元してあげてください。
それもまた、「がんばろう日本」に、なります。
 
10年後でも20年後でもいい。待っていますよ。
  
 
 
「ハーフナー・マイク」。
 
「クサちゃんとこの選手って、あの”でっかいガイジン”のこと?? なんか、モタモタしてただけだったねぇ・・」
 
・・そんなこと、言われちゃったよ(笑)。
でも、どうでもいいです。
 
サポーターになって初めての、「俺たちの代表」
 
嬉しかったよ。
こんな大きな・大切な大会に、「俺たちの代表」。
 
「初体験」。誇らしかったよ。
ピッチに立ってくれただけで、じゅうぶんです。
「ヴィッセル神戸のハーフナー・・」なんて、言われちゃったけれど(笑)。
 
いつの日か、こんどは「ブルーのユニフォーム」を着られるように、頑張ってください。
出来ることなら、「俺たちの・・」で、いるうちに。
たとえどこに行っても、この日のことはずっと忘れずにいてあげてください。
 
 
 
長居陸上競技場・使用料免除。
倉木麻衣ちゃんも、ノーギャラ。
 
遠路はるばる駆けつけてくれた、ヨーロッパ組。仙台の・全国のサポーターさん達。
Jリーグの選手も、ザッケローニさんもピクシーも。
 
関わってくれたみんなに、ありがとう。
 
 
にっぽんは絶対、死なない。
 
 
 
 
 
 
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「降格したら、やれ”地獄”だの”この世の終わり”だのと・・。じゃあ、その”地獄”で必死にやってるワシらって、一体何なんだよ」

「そんなちっぽけなことじゃなく、Jリーグの存在意義とか大事なことって、もっと別のところにあるんじゃないのかって、ワシは思うんだけどな」


元・大分トリニータ監督、石崎隆之さん。

私はこのコメントの「重み」を、ずっと大事に大事に思ってきました。


たしかに、「ショック」でしたよ。
「東京でJ1甲府のゲームを観る」というのは、昇格前からいちばん楽しみにしていたんですから。

「あり得ないよ。こんなの・・」って、思いました。
「嗚呼! またこれで当分の間、東京とは”すれ違い”なのか・・」とも、思いました。
(↑”意味”を詮索して怒ったりしないでくださいね)


いやでも、ね・・。



「大幅収入源! 選手大量離脱へ!」
「J2定着&クラブ崩壊の危機!!」

毎年・毎年の、「お決まり見出し」。

アホか。

必ず毎年、「こういう大騒ぎ」をするんです。不必要な「危機」を煽るんです。

サンフレもセレッソも、ちゃんと戦力を「維持」して、キチンとしたチームを再構築したじゃないですか。
胸を張ってJ1に戻り、何の違和感もなく「溶け込みなおして」いるじゃないですか。


数年の例外を除いて、「前年降格→翌年昇格」という流れが、当たり前のように続いているじゃないですか。

たかだか1年や2年「地獄」に居を移しただけで「崩壊」するようなクラブなんて、そもそも「”天国”で戦う資格」なんかない、ということなんじゃないですか。


「30億の運営費」が20億や15億になったって、それでも「じゅうぶんな予算」じゃないですか。
(今年の「ヴァンフォーレの運営費」はいくらだったのかって、知ってますか?)

”責任”を他人に押し付けて、「私はJ2なんかでやりたくない」というような選手は、「出て行ってもらって結構」じゃないですか。



J2リーグは、「リハビリリーグ」でも「罰ゲームリーグ」でも、ありません。

「現実を真摯に受け止め、チームを作り直します。またJ1に帰ってきます」。
ただそれだけで、いいじゃないですか。
また頑張ればいいだけじゃないですか。

そもそも貴方たちは、「J2一期生」「J2育ち」なんだから。






「残った残った」って、大騒ぎ。大泣き。ベンチから飛び出して。
「”15位”確定祝いの胴上げ」なんて、初めて観ました。

ヴァンフォーレのような「小さな小さなクラブ」がやるのなら、微笑ましい光景なのかもしれないけれど。

なんなんだろう。
「地獄に落ちずにすみましたぁ!!」って、ことなのか。

サポーターさん達が泣いたり万歳したりしているのは、ある意味当然のこととは思う。
でも、選手がいつまでも泣き崩れていたり「大はしゃぎ」しているというのは、どう観たって不自然にしか思えない。

「みなさんごめんなさい。来年はもっともっと頑張ります」。

静かに、厳粛に。
そのくらいが、「自然」なんじゃないですか。


なんだか、よくわからない。


「もともとがJ2のサポだから」って、実はとっても幸福なことなのかも・・って、思ったりします。




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ヴァンフォーレ甲府。

「監督・元大宮」

たとえ「まだ噂の域」であっても、受け容れたくない。信じられない。


「なんでもいい。残ってくれれば」。
「つまらんサッカーだけど、”定着第一”だから」。

ただの1パーセントも、そんなチームにはなってほしくありません。



それこそ、「正真正銘の”地獄”」ですよ。佐久間さん。





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