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気仙沼を後にして、さらに北上しました。
途中、町の真ん中でこんな解体現場に出くわしました。
第18共徳丸の解体現場です。
船が津波で丘にまできて座礁し、これを解体するしかないのでしょう。海からはかなり離れた場所にこのような現場がありました。
次の目的地は舞根湾。
ここはかなりマイナーな場所ですが、牡蠣の養殖がおこなわれているところです。
私の愛読書「牡蠣礼賛」の著者畠山重篤氏の養殖所があるところです。
「森は海の恋人運動発祥の地」であるこの地を一度見ておきたかったのです。
森に囲まれたこの海は森から沢山の栄養を供給してもらい、美味しい牡蠣が育つのです。
この地は70cmほどの地盤沈下があり、以前は道路だったところが、海面に沈んでいる場所も見受けられました。
完全に水没しています。
牡蠣は10月初旬でしたので、まだ育っていないとのことで、入手することはできませんでしたが、今では出荷することもできるようになっているようです。
次に向かったのは、岩手県に入り、陸前高田に足を延ばしました。
ここにはあの有名な奇跡の一本松があるところです。
高田の松原は防風林としての役割をしていたようですが、数多くあった松林もこの1本を残してすべて流されしまいました。この残った1本も懸命の保存作業に拘わらず枯死してしまい、保存のための様々な工夫がなされているようです。
地震の前の松原の様子の写真が展示されていました。
私の知人もこの高田出身の人がいて、ご両親がこの地こ住まわれていた方がいたので、安否を心配したのですが、ご無事であったようです。
復興のためのトラック(前面に緑のフラッグが掲げられています)がこの辺りはかなりの数が走っていました。
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東北紀行
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