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神保町も私にとっては人形町と双璧の好きな町ですね。
その神保町でちょっと気になっていたお店がこのTOKUさん。
見た目は、ハンバーガー屋さんかなと思っていたのですが、ホットドッグのお店です。お店のメニューにホットドッグの拘りが書かれています。
パンもこのお店用の特製を使っているようです。
この形を見るとハンバーガーと思ってしまいますが、これはホットドッグなのです。
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2014年02月13日
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人形町のマイブームは続いております。
ランチをいただくとなると、これだけ充実している町はなかなか無いと思います。
お昼に何か食べたくなったらここに行けば、必ず美味しいものにありつけます。
それで今回お伺いしたのは、洋食の老舗芳味亭さん。
人形町には洋食のお店も数々あって、それぞれに特徴がありますが、ここの洋食はまさに日本の洋食といった風情のお店です。
店構からして昭和の香り気高く、お店に入ると靴を脱いで2階の座敷へと案内されます。
洋食弁当をいただきました。
洋食とは言いますが、これを外国で食べることは出来ないので、完全なる和食なのですが、洋食。
お箸でいただきました。
いろいろなメニューがありますので、また近いうちに違うメニューを試してみたいと思います。
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塩釜のすし哲さんには25年ほど前に行ったのが初めてでした。
まだその頃は塩釜の寿司というのは全国区にはなっていないグルメなどという言葉のない時代に行っていたことが奇跡のように思います。
そのすし哲さんは、その後塩釜の寿司文化を牽引するような役割を果たし、塩釜=寿司という図式を全国区にまで知らしめることとなったお店の一角といえるでしょう。
かつて10年以上前に「塩釜すし哲物語」という本が出版されていたそうですが、津波の後の再興についての記述が加えられた「新編塩釜すし哲物語」を昨年本屋で偶然手にして購入し読破いたしました。
新たに津波の章が加えられて新編として出版されたのが2011年の12月。
塩釜のすし屋としてそれまでの道のりの物語に、更に東日本大震災で津波で襲われ、その後の復興までの道のりが描かれています。
このお店の1階部分はほとんど津波に覆われてしまったようです。お店に入るとここまで津波が来ましたの矢印がありました。津波に襲われても無事であった頑丈なビルであったことは(中は津波で滅茶苦茶になったようですが)再興することができた大きな要因のようです。
彩の綺麗なお寿司は健在です。ご主人の白幡さんが目の前にいて緊張しましたが、途中で奥に引っ込んでいかれてしまいましたが、このお寿司のマグロを握ってくれていました。
お店の隣にはかつては「やみ市」と俗称されていた数件のお店があったのですが(かつてツルベのNHKの番組でも紹介されていました)そこは津波でやられてしまったのか更地となっていました。
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ついに、田中将大がニューヨークに行ってしまいました。
高校生の時は何度かそのピッチングを見ることができたのですが、プロに入ってからはその機会がないままでした。
うまいタイミングでシーズン最後の登板を観戦することができました。
このお弁当も来年はないかもしれません。
Kスタでのこのユニフォーム姿を見ることはもうないと思うとちょっと切ない感じがします。
初回・2回と1点づつ取られ、2−1となりなかなか安定しない田中投手。調子があまり良さそうな感じはありませんでした。
しかし、運のめぐりというのは凄いなと感じる出来事が起こりました。
相手の先発西の調子が良かったのですが、アクシデントで急遽降板。
急遽マウンドに上がることになったマエストリが全く冴えずに大炎上。そのおかげで楽天は一気に1イニング6点のビッグイニングを作り上げ、試合の形成が決まってしまいました。
これだけのリードをもらうと安定していなかった田中の調子もどんどんと上がりその後は無失点7回まで投げて失点2自責1のピッチングで後を託し、結局7対3で勝利をし、田中のシーズン連続勝利24となった試合になりました。
24と書かれたプレートを田中投手が掲げています。
楽天のフランチャイズのKスタはJR仙石線で仙台から2駅の宮城野原駅にあります。
試合が終わり、仙石線の終点のあおば通までは3駅。あおば通からぶらぶらと歩いて国分町まで行きました。
球場でお弁当も食べていたので、ちょっとだけ食べたいという気分でしたので、それにちょうど良いお店がありました。
餃子のおゆきさんに入りました。
ビールとの相性は抜群ですね。
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