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昨晩のごはんも美味しかったのですが、朝ご飯も美味しかったです。
 
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テンションの上がる、朝食の配膳でした。
 
 
ずいぶんと強行軍の旅でして、陸前高田を後にしてからは、ほとんど立ち寄ることもなく、雫石にまで足を延ばしました。
 
雫石についたときには周りは真っ暗でしたので、ホテルの周りの景色などは全く分からないままでした。
 
着いたら直ぐに夕食をいただきました。
 
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ずいぶんと豪華な夕食でした。
 
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焼き物と日本酒の絵は後からみても垂涎の図柄です。
 
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新米は本当においしいですね。
 
気仙沼を後にして、さらに北上しました。
 
途中、町の真ん中でこんな解体現場に出くわしました。
 
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第18共徳丸の解体現場です。
船が津波で丘にまできて座礁し、これを解体するしかないのでしょう。海からはかなり離れた場所にこのような現場がありました。
 
次の目的地は舞根湾。
ここはかなりマイナーな場所ですが、牡蠣の養殖がおこなわれているところです。
 
私の愛読書「牡蠣礼賛」の著者畠山重篤氏の養殖所があるところです。
「森は海の恋人運動発祥の地」であるこの地を一度見ておきたかったのです。
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森に囲まれたこの海は森から沢山の栄養を供給してもらい、美味しい牡蠣が育つのです。
この地は70cmほどの地盤沈下があり、以前は道路だったところが、海面に沈んでいる場所も見受けられました。
 
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完全に水没しています。
 
牡蠣は10月初旬でしたので、まだ育っていないとのことで、入手することはできませんでしたが、今では出荷することもできるようになっているようです。
 
次に向かったのは、岩手県に入り、陸前高田に足を延ばしました。
ここにはあの有名な奇跡の一本松があるところです。
 
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高田の松原は防風林としての役割をしていたようですが、数多くあった松林もこの1本を残してすべて流されしまいました。この残った1本も懸命の保存作業に拘わらず枯死してしまい、保存のための様々な工夫がなされているようです。
 
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地震の前の松原の様子の写真が展示されていました。
 
私の知人もこの高田出身の人がいて、ご両親がこの地こ住まわれていた方がいたので、安否を心配したのですが、ご無事であったようです。
 
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復興のためのトラック(前面に緑のフラッグが掲げられています)がこの辺りはかなりの数が走っていました。
 

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