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滋賀の古寺巡りではありませんが、滋賀の戦場となった地の余呉に行ってきました。
滋賀県の湖といえば琵琶湖ですが、琵琶湖の北に小さな余呉湖というのがあります。
琵琶湖とは寸断されているので、完全に独立した湖です。
琵琶湖は日本で一番大きな湖ですが、そのほかに誇るべきは、世界で三番目に古い湖とのこと。意外と知られていないのですが、世界一古いのはバイカル湖でその次がアフリカのマラウイ湖、その次に古いのが琵琶湖で約400万年もの長きにわたる湖とのこと。湖は長くても数千年から数万年で地形などの変化で干上がったり、湖から海になったりするようですので、400万年も湖であり続けるというのは相当凄いことのようです。
それでこの余呉湖は琵琶湖のすぐ脇にあるので、同じような歴史をたどってきたのか、それとも全く新しい湖なのかはよくわかりませんが、滋賀県にある湖として存在しているのは事実です。
上図は観光地図の写真ですが、琵琶湖に比べるとその規模は比べるべくもなく、自転車で一周すると20分くらいでできてしまうくらいの大きさです。
この余呉湖を語る上で忘れてはならないのは、この賤ヶ岳。正面に見える山で、この奥に琵琶湖が広がっています。
戦国時代に、豊臣秀吉と柴田勝家の戦いで、この戦いの際にはこの余呉湖が血で赤く染まったという伝説も残っているような苛烈な戦いであったようです。
賤ヶ岳のふもとのあたりから、対岸を見渡すと北陸本線を走る「しらさぎ」でしょうか、見ることができました。 |
滋賀 古寺巡礼
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安土城に行った後、西国33ケ寺の一つ観音正寺に行くことが目的の一つだったのですが、その前に桑實寺に寄り、そこから観音正寺へと向かいました。
桑實寺
白鳳6年(677年)に創建
天智天皇の第四皇女が病床で見た夢(琵琶湖に瑠璃の光が輝き薬師如来が現れた)がきっかけとなって、天皇の勅願によって創建された。この逸話を描いた桑實寺縁起絵巻は重要文化財。
信長がいた時代ですでに古刹として建立されていた由緒あるお寺です。
この石段を昇ることひたすら上りだけで15分くらいあったでしょうか。
お寺に着くころにはヘトヘトになるような感じです。
本堂は室町時代前期に建立されたもので国の重要文化財に指定
ここからさらに山道を登っていきます。
こうした山道を登ること20分くらいだったでしょうか。
日本有数の山城と言われていた観音正寺城祉。
鬱蒼とした山の中にあり、石垣が残ってはいますが、時間が無かったこともあり、ゆっくりと見ることが出来ませんでした。
南北朝時代からすでに築城されたとのようで、応仁の乱では戦場にもなっていたようです。
それ以後色々な戦争がここで繰り広げられていたようです。
この城は最後は、織田信長により攻められて落城したとのことです。
城祉のそばに観音正寺があります。
ここは33ケ寺になるので、たくさんの参拝客があるようです。
ここの創建は桑實寺よりも古いようですが、本堂は平成5年に焼失して建て直されたとのことです。
本堂の脇にある石組みはこのお寺のランドマーク的な風景かもしれません。
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夏を迎えるちょっと前に、滋賀県をいくつか訪問する機会がありました。
東海道線に乗っていると看板が見えるので幻の安土城はここにあったのか、というのは知っていたのですが、訪問するのは初めてでした。
JRの安土駅で自転車を借りてしまうと10分足らずで城址まではつくことができます。
安土駅前には信長像が立っています。
城址を登っていくと、石段が意外ときれいな形で残っています。
石段はまっすぐではなく、くねくねと曲りくねっていて、まっすぐに攻めてこられないような工夫がされています。
信長公の廟も山頂近くにありました。
天守閣があったのがこの場所で、礎石がこうして保存されています。自由に立ち入ることができます。
天守閣の跡から見た景色です。天守閣があればもう少し高い位置から俯瞰ができるのでしょう。
織田信長をはじめ、豊臣秀吉や黒田官兵衛などもこの地を行き来していたかと思うと、歴史を肌で感じられるような場所だと思いました。
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