鉄(Train)なもの

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この3月のダイヤ改正で、いろいろなものがなくなってしまいました。
 
毎年この時期にはその手の葬式鉄の話が出てきますが、最後の日には行くことができなかったので、惜別のために広島に行ってきました。
 
まずは、500系。
 
こだま723号です。
 
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これはまだなくなりませんが、JR東海では見ることはありません。
 
続いて、こだま725号、100系の運用で広島止まりの運行です。
このダンゴ鼻は0系の色が濃く残されている新幹線です。
 
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近くでみると、今もって近未来を感じさせますが、これはもう過去の遺物となってしまいました。
 
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そして、鉄仮面、300系
 
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これは私が社会人になったときに誕生した車両です。
ついこの間誕生したと思っていたらもう引退です。
 
当時は大阪に住んでいて、朝一番の「のぞみ」に乗って大阪に行ったこともありました。
「名古屋」を通過するという画期的なこともありましたが、名古屋人の逆鱗に触れてその後はそうしたダイヤは組まれていませんね。
 
なんか、同期が会社を辞めてしまうような惜別感を感じてしまい、他の型の新幹線の引退よりも寂しい感じがしてしまいました。
 
げこ亭に行った後に、阪堺電車の終点である浜寺公園に行って、南海線に乗り換えました。
 
この南海線の浜寺公園駅は明治40年に出来た駅舎とのことです。
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私鉄最古の駅舎がここだとは知りませんでした。

北の国から 狩勝4号

BSフジで毎週月曜日の夜10時からは「北の国から」の再放送をやっています。
 
今日は、印象に残っている名シーンの一つが放送されました。
 
離婚が正式に決まった五郎と令子。
 
富良野から札幌に向かう令子が乗った汽車が「狩勝4号」でした。これは富良野駅の駅アナウンスでも聞こえるし、その後のシーンで草太が「15時34分富良野発の汽車」というせりふもありました。
 
令子の見送りに蛍は富良野の駅には現れませんでしたが、草太に頼んで、汽車が通る河川敷につれてきてもらいます。
 
汽車が来ると、河川敷を蛍が走って令子を泣きながら見送り、それに気が付いた令子が車窓から身を乗り出して手を振るといったシーンが印象に残るシーンで、その後のドラマの回想シーンでも多く使われていたように思います。
 
こうした汽車の名前や時間は実在しており、ドラマといえどもこうしたものにリアリティを持たせていることに驚きました。
 
手元に1980年10月号の時刻表があります。
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何年か前に、神保町の古本屋で見つけて衝動買いしてしまったものです。
この頃はブルトレ全盛期で沢山のブルトレが走っているのと、北海道などの赤字路線がまだ現存しており、びっくりするようなローカル線の時刻も載っています。
 
先ほどのシーンで出ていた「狩勝4号」を調べてみるとありました。
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根室から出発して釧路〜帯広〜富良野〜滝川〜札幌を結ぶ列車で、根室発8:32、札幌着17:56となっています。
 
そして富良野発の時間を見てみると
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15時34分発となっています。当時でも2時間20分程度で結んでいたのですね。
 
ドラマが放送されて既に30年以上経ちますが、この列車が実物であるかどうかを古い1冊の時刻表で実証できたことに驚き、記事にしてしまいました。
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この週末に113系のさよなら運転が行われたようですね。
 
私は最後の運行されているところを見ることはできませんでした。
 
しかし、9月23日の朝に総武快速に乗り、錦糸町駅で夥しい数の人がカメラを構えているのを目にして、もしや?と思い、車窓をずっと眺めていたところ、錦糸町から馬喰町へ向かう途中、地下に潜る直前に両国駅に113系が鎮座しているのを目のあたりにして、「あ〜、最後の運転してるんだ」と気づいて感傷的になりました。
 
この113系のこの色は、私が物心ついたときからずっと走っている車両です。
 
子供の頃に、4歳の頃ですね。快速電車が走りだすというので、近くの鉄橋のところまで快速電車を見に行ったのを覚えています。そのときに走っていたのが113系。
 
それから今日までといっても総武快速からはもう既に撤退していますが、長きに亘って走り続けてきましたが、先日、最後の編成が総武・房総から撤退していってしまいました。
 
これに最後に乗ったのは、昨年の3月に千葉に行ったときでした。
このときはまだ沢山の113系が走っており、こんなに早く撤退していってしまうとは思いませんでしたが、京浜東北線から209系がいなくなり、これを改造したものが千葉・房総に投入されるという話は聞いていたので、そんなに遅い時期ではないのだろうなとは思っていましたが、引退に関しては全く意にしていなかったので、201系のように最後を味わうようなことはありませんでした。
 
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この車両が最後に乗った113系になりました。
 
この車両に昔はグリーン車の編成がありました。
 
当時は画期的な出来事で、いつかこのグリーン車に乗ってみたものだという羨望がありました。
 
最初は平屋でしたが、後に2階立てのグリーン車が登場し、古い車両にスタイリッシュな2階建てグリーン車というアンバランスな編成での運行が長く続きました。
 
あまり知られていませんが、この総武快速のグリーン車を舞台にしたゴルゴ13の話があるのです。
1993年の作品で「呉越同舟」という話の中で、成田エクスプレスでの映画撮影と偽って、車両の中で銃を発砲するという許可を得ます。しかし、直前になって成田エクスプレスではなく113系のグリーンで撮影を急遽行うということに予定を変更する。しかし、成田エクスプレスでも映画撮影は行われ、このNEXでの撮影はダミー、総武線快速に乗ったゴルゴ13は、グリーン車の2階窓ガラスが屋根付近まで広く広がっていることを利用し、総武線沿線に住んでいるターゲットをスナイプするといった話でした。
 
ラーメン屋さんや古本屋さんで、この「呉越同舟」を見かけたら是非読んでみてください。
113系のノスタルジーを感じることができます。
 
 
 
 

弘前弘南鉄道で黒石へ

青森民鉄めぐりとでも言いましょうか。
 
津軽鉄道のあとは、また弘前に戻ってきて、今度は黒石行きの弘南鉄道に乗ってきました。
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弘前から黒石を結ぶ路線と大鰐から弘前市内に行く2系統がありますが、大鰐からのには時間がなくてのれませんでした。
 
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車窓からは岩木山が綺麗に見えます。
本当にのどかな風景です。
 
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黒石の町並みはどこか風情があります。
津軽三味線の演奏も聞こえてきました。
 
 
 
 
 

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