鉄(Train)なもの

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

去るものあれば、新しきもあり。

惜別ネタが続いておりましたが、新モノに早速乗ってまいりました。

始発の上野駅までわざわざ出向き、そこで乗ってきました。

上野駅には旧スカイライナー(現シティーライナー)と並んで留まっていました。

20分に1本の割合で出発するというのはかなり便利ですね。

上野駅で切符を買うときに飛び乗れば買えるという汽車がありましたが、やめて駅でいろいろとぶらぶらしても20分ならあっという間です。

スタイリッシュな形は洗練されていますね。さすがKANSAIデザイン。

上野駅を出てから日暮里駅まではほとんど地下。昔、上野動物園前駅ってのありましたが、いつの間にかなくなっているんですね。

日暮里駅では下りは高架のホームに入っていきます。ずいぶんと景色がよいですね。日暮里駅は進行方向向かって右側からしか乗車できません。

高砂駅まではいままでの京成線ですからぶっとばすという感じにはなりません。

しかし、高砂駅を過ぎて、新柴又を過ぎたあたりから少しづつ加速していきます。

結構なスピードが出ているのが感じられます。

北総線は踏み切りがないのでガンガン飛ばせる感じですが、ホームはむき出しですからそこがちょっと気になりますね。中央特快みたいに人が吸い寄せられることがないように願いたいものです。

印旛日医大を過ぎるといよいよ新線に入ります。

新線の景色は見るのも初めてなので釘付けですね、しかも景色が良い。

外国から日本に初めて来た人がこの景色を見たら日本の美しさを堪能できるのではないでしょうか。
印旛沼の周りの田園風景は日本らしい風景を絵にしたような風景でした。

それにしてもあっという間の成田スカイアクセスでした。

惜別!201系

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

先日、惜別で餘部鉄橋を取り上げましたが、今日は中央線の201系です。
関西(大阪環状線など)ではまだまだたくさん走っていますが、中央線の201系はその象徴的な存在ですよね。


まだ廃止になったわけではありませんが、すでに1編成を残すのみとなっており、サヨナラ運転などの行事も決まっているようですが、詳しいことはよくわかりません。

いずれにしても、そう長い間、この車両に乗ることはできないのでしょう。

201系はかれこれ私が小学生の頃からのつきあいですから長いものです。
当時はエコという言葉はありませんでしたが、省電力化が図られた画期的な電車が投入されるということで話題になったものでした。

201系は高校時代はほぼ毎日といって良いくらいお世話になっていました。
それだけにこの車両がなくなってしまうというのは自分の人生の一部分が消えてしまうようでとても寂しい気分です。

先日は偶然出身高校が高校野球の予選に出るという日が休日だったので観戦に行ってきたばかりです。
サヨナラ勝ちをして、明日ベスト8を目指します。
日本代表がワールドチャンピオンになるのと同様に、わが出身校が甲子園に出るなどと言うのは夢のまた夢。その夢まであと4勝。
高校時代のことを考えるとどうしてもこの201系とは切っても切り離せない印象があるのです。


今日は図らずも青春18切符の初日ということで、まだ行ったことのない奥多摩方面に行って、さらに武蔵五日市に行ってその帰りに乗った東京行きが偶然にも201系でした。

この日は拝島から八高線で立川に行ってそこから横浜に出ようと考えていたのですが、この車両に乗れるというのであれば話は変わります。

東京に向けて201系をゆっくりと楽しみました。
毎日乗っていた同じ空間ですごすことがこれが最後になるのかもしれないと思うととても寂しい気分になってきました。201系の音というか雰囲気というのを存分に感じてきました。

今の生活圏ではなかなか中央線に乗ることはないので、今回が最後と思っております。

最後に写真を撮るのならば、やはり御茶ノ水の駅の聖橋とセットになっているような写真を撮ってみたいものですが、なかなか難しそうです。

惜別 餘部鉄橋

イメージ 1
 
餘部鉄橋の運用が昨日で終了してしまいました。
 
東京ではそれほどのニュースソースではないらしく、テレビでのニュース映像などもありませんでしたのでかなりがっかりでした。
 
明治時代にできたこの歴史的財産を保存できないというのは本当に残念なものです。
 
先日、時間ができたので、最後にこの鉄橋を渡ってきました。
イメージ 2
イメージ 3
この風景をみることももうないと思うと残念です。
 
来月にはこの鉄橋の隣に作られているコンクリート架橋に切り替わります。
 
イメージ 4
イメージ 5
こうして横手にコンクリ橋を見ることは今後はなくなってしまいます。
 
イメージ 6
工事用の足場が組まれているので綺麗には撮れませんが、この鉄骨美は見る人をひきつけますね。
イメージ 7
見納めのこの光景です。
イメージ 1
まずは、辻堂駅に行って工事の様子を見てきました。
線路はすでにセメントに埋められているところがありました。
イメージ 2
そうすると、貨物線を走る183系でしょうか?
国鉄特急色が走ってきたのはなんだか得した気分。普段でもこの色は滅多にみることできませんからね。
まして、貨物線走っているところはそうそう見られないでしょう。
イメージ 3
線路をはずす作業もしていました。その後ろには今度は普通列車が通過していきます。
イメージ 4
こうして線路を移動させていました。人海戦術なのにはびっくり。
ここの部分はホームがせり出してくることになるようです。
イメージ 5
茅ヶ崎駅から東京行きに乗車します。
本当は平塚まで行って乗ったほうがよかったと気づきましたが、後の祭り。
東京行きは、茅ヶ崎、藤沢、武蔵小杉、品川の順に止まっていきます。
横浜は通過というか経由しないので止まらないのです。
 
先ほどの工事現場を横目にしながら(徐行していました)通過し、藤沢に到着。
藤沢から武蔵小杉までは結構な時間がかかりました。
車窓は普段見ることのできない位置からのものなので、興味津々です。
そういえば、横浜のあたりには貨物列車通るの見たことないけどどうしたのかと思っていたら、東戸塚過ぎたあたりから地下に入ってしまうんですね。経路もまったく違うようですし。
まあトンネルを通る経験はこれはそうそうできるものじゃないでしょう。
京浜急行の花月園前あたりで地上に出て合流します。
新川崎のあたりは貨物線の一番外側を走るので、見所としてはこのあたりが滅多に見ることができない風景だったように思いますが、日が沈んでしまった時間だったのが痛恨の極み。
イメージ 6
武蔵小杉での電光表示にはまず見ることができないであろう、東海道線の表示。
そういえば、藤沢を出た後は、グリーン車の乗車を確認するランプを消しますとのアナウンスがありました。
あのシステムはもしかしたらGPSで位置と駅間を測っているのでしょうね。そのプログラムにない地域を走ることとなり、変なバグが出てきてシステムエラーが起こる可能性があったのか、電源を落としてしまうという方法をとっていました。ちゃんとそういうことまで、事前に調べて対策を立てているんですね。
イメージ 7
品川駅ではなんと9番線の臨時ホームに入線しました。
このホームに電車がいること自体、珍しいことですからこれはなかなか経験できないことです。
品川で降りようかと思っていたのですが、このホームに入ったということは、これから東海道本線に戻っていくところが見ることができるわけですから、新橋まで行くことにしました。
 
品川駅を出ると、複数の線路を跨いでいくために、かなりの徐行で動き出しました。
品川車庫のすぐ脇を通るので、こうした風景もなかなか見ることができませんね。
回送された列車を横目に、この車両は進んで行き、東海道本線に戻ると、いつものようなスピードで新橋駅に向けて走っていきました。
 
滅多に見られないものだけに、日の昇っている早い時間に乗っておきたかったですね。
 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

「ヨ」を見たことよりも更に驚いたこと。

新小岩駅からまた同じように来た最初の列車に乗ることにしたのですが、来たのが千葉行きの快速でしたのでこれに乗りました。

今来た道を逆戻りする感じになりますが、その途中で、新金線から車両が入ってくるのが見えました。

新金線というのは、新小岩操作場から金町を結ぶ路線なのですが、貨物列車の定期運行と、車両の甲種輸送などがあるときに用いられる路線で、旅客の運用がないので、この路線の近くに住んでいながら、列車の車窓を見たことが私はありません。

新金線を列車が走っていること自体珍しいこと(1日に1桁台の往復本数しかないかと思います。)なのに、さらにそこに人の姿がありました。

新金線はほとんどが貨物列車か甲種車両輸送なので、旅客を乗せて運行するということは年に数回あるかないかといわれており、私もこの路線で旅客が乗っていることを生まれてこのかた見たことがなかっただけに衝撃的でした。

その後、私の乗った千葉行きは千葉に到着し、君津行きに連絡するとのことなので、木更津まで行き、久留里線に乗ろうと考えました。
木更津までその君津行きに乗っても時間があまるので、途中の駅で降りて、駅の降りつぶしをしていたのですが、上り(千葉行き)に乗っていると、先ほど目撃した「やまなみ」が目の前を通りすぎていきました。

???もうこれは久留里線をやめて「やまなみ」の追っかけをすることに方針変更しました。終点の君津にいったら丁度本屋があり、DJ誌があったので、運用を調べてみたら、この後館山まで行き、その後戻ってきて、今日再び新金線を通っていくということが記載してありました。

DJ誌を購入して、地元に戻ってきました。
折角の18切符がもったいないのですが、新金線を貨車以外が走るということは滅多に見れるものではないので、こちらを優先したのです。

まずは、新小岩操作場に入場するところを捉えてから、新金線の象徴的な新中川橋梁で撮影することにしました。

新小岩操作場へ入るところは環七の橋梁から、新中川橋梁は土手からの撮影になりました。
今日は曇っていたので、光が全然足りませんでした。

しかも列車がくる直前くらいまではなんとかなるかと思ったのですが、列車が来たときは完全に暗がりになってしまって、綺麗に撮ることはできませんでした。

しかし、新金線をこうした旅客が走るところを見たことが初めてでしたので、珍しいものをようやくみることができたなという満足感を感じることができました。


.
vic*or*_l*gi*
vic*or*_l*gi*
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事