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イエス・キリストの言葉です。今から二千年前、ユダヤの人々はイエス様の語る言葉に驚嘆していました。その言葉には勢いがあり、分かりやすく、心から納得できるものだったのです。人々は、ユダヤ教の経典である旧約聖書を読んだことはありませんでした。旧約聖書は、とても高価なものであり、礼拝堂に置かれて司祭が保管しており、礼拝の時に語られるのを聞くだけだったのです。そして歴史があり難解で、律法学者という専門の学者がいるほどでした。日本人の多くのが仏教徒というものの、経典を読んだことのある人はほとんどいないのと同じようなものでした。
イエス様は、病気を治し、悪霊を追い出し、死人を生きかえらせさえしました。ですから、イエス様は神様から遣わされた預言者ではないか、この方こそ救世主ではないかとも思われました。しかし、旧約聖書を教え、守る立場の人々は、名門の司祭の血統から現れたわけでもなく、神学校の卒業生でもなく、大工の息子だったイエス様を受け入れるわけがありませんでした。その時、イエス様は「わたしはひとりではなく、わたしをつかわされたかたが、わたしと一緒だからである。わたしをつかわされた父も、わたしのことをあかししてくださるのである」と語られたのです。 |
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でも、最後まで付き従えたのは極々少数・・・
肝に銘じておく必要がありそうです。
2016/10/4(火) 午前 11:16