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1. こえられないなら、くぐっておいで(愛すべき不器用な大人の話)
初めに言っておくと銀色夏生の作品を読んだことがない。読んだことはないが好きだと思う。思いはするが読もうとはしない。ずいぶんと捻くれた考えだとは思うけれど「そうしたい」のだから仕方がない。その世界に「どっぷりと浸る」よりも「触れた瞬間に感じる」方が快感だ。自分勝手で独り善がりだろうとそうする。だって大人だもん。
ところで、このフレーズ。どうだろう。素直に笑ってしまった。そりゃそうだ、「こえられない」高さがあるなら「くぐる」スペースがあるはず。かんたんなことのはずなのにこんなにもせつない気持ちになるのは、「わかっているのにどうしてもそうすることができない不器用な人」を想うからに違いない。
私を含めて「いい年齢」になった人の「不器用さ」と言ったら呆れるよりも愛しさを感じる。諦めたほうが楽なのに諦めきれずにあがいているその人の傷を「やめちゃえば」と舐めれば、「やめちゃおうかな」と呟いて。それでも時間をおいて「やっぱり・・・」と顔をあげ、照れたように笑う。
その昔には確かにくぐったことがあって、その道のあることを知っていて、それが可能であることを確かめさえしたのに。それでもくぐろうとしない強くて優しい背中を両手でドンと押したい。こえられない背中を「くぐっていいよ」と抱きしめたい。どうか愛しい人たちに「こえられないなら、くぐっておいで」ということのできる場所に私が存在できますように、押しては伝えることを繰り返せますように。神さまがいるなら願って止まない。
でも、あっさりくぐる場合もあるよなぁ・・・これがオチ。
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