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今回は、ゼミ前の院生の苦闘について、西の実体験をもとにお話ししたいと思います。
20××年の冬のある日のこと
この日、貢は焦っていた。
明日の午後3時から始まるゼミの準備が終わらないためだ。
今は午後10時。
明日のゼミが始まるまで、17時間ある。
17時間でレジュメを完成させることができるだろうか?
今回のゼミで発表する内容は、英語の文献の要約だ。英語が苦手な貢にとってはつらい内容である。
読む分量は全部で39ページなのだが、まだ18ページしか終わっていない。あとの21ページを残りの17時間で読みきることができるだろうか?
しかも17時間残っているとは言っても、大学に通学する時間とレジュメをコピーする時間を考えれば、遅くとも午後2時には家を出なければならない。
そうなると、実質的な残り時間は16時間である。
しかも明日のブランチ(西は朝食を食べないので、基本的にブランチになるのです)を食べる時間、今の疲れた体を休ませるための仮眠の時間、その他もろもろの時間を考慮すれば、ブランチ30分、仮眠2時間、その他30分としても残り時間は13時間しかない。
貢は残りの時間を残りページ数で割ってみた。
13(残り時間)÷21(残りページ数)
=0.61904761904……(1ページ分を読むのに使ってもよい時間の上限)
(うん・・・?何だ、この数字は?)
(結局1ページを何分以内に読めば、間に合うのか?)
昨日から英語文献と関連資料ばかり読んでフラフラになった頭では、時間を分に直す計算ができない。出てきた数字に60を掛ければ分の値を得られるのだが、今の貢にはそんな計算も浮かばない。
(ええい、どうでもいい!とにかく1ページを30分で読めば間に合うのだろう?)
そう思った貢は計算をやめて、文献の方に再びとりかかった。
どうしてこんな危うい事態になってしまったのかを貢は考えた。計画的に前もって準備をしていれば、前日の夜に焦ることなどなかったのに・・・。
(一週間に二回ゼミ発表が重なったのが悪かったんだ!)
この週は貢にとって運の悪いことに、一週間にゼミ発表が二つも入っていた。
月曜日(一昨日)に別の発表をして、木曜日(明日)にもう一つの発表をしなければならない事態であった。
月曜日の発表は準備に力を入れたおかげで、どうにか無事に乗り切ったのだが、その疲れで次のゼミの準備が遅れてしまったのが問題であった。
月曜のゼミが終わった後は、フラフラになり、その晩は家に帰ってそのまま寝てしまい、火曜日は疲れのためか、英語文献を2ページ読んだだけで力尽きた。
水曜日(つまり今日)になってようやく時間が無いことに気づき、その日友人と会う約束をキャンセルし、朝起きてから今までひたすら文献を読み進めた。それでもまだ全体の半分も終わらず、貢は絶望的な気分になったのである。
貢は自分の英語力の無さを悔いた。1ページを30分で読めばいいといっても、そんなに速く読める能力があれば、こんなゼミで苦しんではいない。貢の能力ではどんなに速く読んでも、1ページ45分が限界であった。
「theravada・・・?何だっけ、これ?」
貢はそばに有った小さな辞書で単語の意味を調べてみたが、そんな単語は載っていない。
本の山の下に埋もれた大きな辞書を取り出そうかとも思ったが、そんなことをしたら本の山がくずれて、元に戻すために30分くらい貴重な時間を使ってしまいそうな気がした。
(大きな辞書を取り出すのは面倒だし・・・。文脈から考えてみよう・・・。東南アジアで宗教的に大きな影響を与えたものといえば・・・)
「・・・上座部仏教!」
貢は思った。文脈から推測できる単語を辞書で引くのは時間の無駄だと。
それからしばらくは黙々と作業を続けた。
日が替わって木曜日となった。
木曜日の午前3時になったあたりから意識が朦朧とし始めた。明らかに読むスピードが落ちている気がする。単語を見ても訳語が思い浮かばなくなってきた。英語力だけでなく、日本語力まで落ちてきているらしい。
(あと残り時間は12時間・・・。残ったページは14ページ・・・)
体力・気力が落ちてきては、能率がまったく上がらない。これはまずい。仮眠をとるべきだろうか?
貢は仮眠をとることにした。目覚ましを5時にセットして、ベッドに倒れこんだ。
(5時に目を覚ましたら、残り時間は10時間・・・。家を2時に出るとしたら、実質的な残り時間は9時間・・・。9時間で残りの14ページを終わらせることができるのか・・・?)
もし間に合わなかったらどうしよう、という考えが頭に浮かんだ。
ゼミの担当教員に頼んで、終わらなかった分は来週にさせてもらおうか?
(いや、それはだめだ。今までの報告担当者はみんな1回のゼミで終わらせてきたじゃないか。自分だけが特別に便宜をはかってもらうことは避けるべきだ・・・。たとえ内容が悪くても、当日までに間に合わせることが一番大切なんだから・・・)
ああ、あと一日余裕があれば、こんなに苦労することはなかったのに・・・と貢は思った。
このまま逃げ出せるならば、逃げ出してしまいたかった。
そんなこんなを考えているうちにいつの間にか眠りについていた。
(続く)
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