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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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さーて、調子に乗って続きを書いちゃうぞ。
やる気のある時に書いとかないと、一ヶ月以上更新がとどこおったりするかもしれないからね。
この文章は酔った勢いに任せて書いているだけなので、話半分に聞いてね。(まあ、ブログの文章なんてそんなもんか)

朝鮮の歴史をひもといて見る。
そうすると金日成一族と似たような権力者が浮かび上がってきた。
崔忠献(チェ・チュンホン)一族だ。
崔忠献なんて聞いたこと無いよね?(私もこんな文章を書くようになるまで知らなかった)
一体どんな人なのかな?

<崔忠献とは?>
西暦1149年に生まれ、1219年に死んだ。(1192作ろうの源頼朝より2つ年下みたい)
もともとは軍人であったが、軍事クーデタによって国王を傀儡化させ、文武百官の上に立って政治の実権を握った。
国王にはならず、あくまでその臣下としての立場に甘んじながら、実際には最高権力者として君臨し、その権力を子・孫・曾孫にまで世襲した。


ここでみそとなるのは、「王様じゃないのに権力を世襲した」ということ。
この当時の朝鮮は高麗という王国で、国王の下に文武官僚がいるという中央集権国家だった。こういう社会では、官僚は基本的に国王によって任命される。官僚が権力を持ちうるのは、国王から官職を与えられるからだ。
それなのに崔忠献は違った。彼はクーデタで築き上げた権力を勝手に子孫に世襲させた。
政治権力の私物化と呼ばれても仕方がない事態だ。

つまり何が言いたいかというと、
民主主義の建前を掲げながら権力を私物化する金日成一族と、国王の臣下と言いつつも権力を私物化した崔忠献一族は似ているということだ。
(似てるでしょ?・・・似てない?・・・似てると思うんだけどなぁ・・・)

この両者が似ているとして、それがどーしたっ?というところで次回に続きます。

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こんにちは、大変勉強になりました。
朴は韓国の歴史を勉強している者ですが、韓国の歴史では「崔氏武臣政権時代」と呼びます。

後に高麗はモンゴルに服従することになりますが、モンゴルに抵抗した者として崔氏武臣政権はおとしめられてきました。

2009/12/20(日) 午前 8:33 ure*ruh**oshi

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書き込みありがとうございます。
ところで一つお聞きしたいのですが、「崔氏武臣政権はおとしめられてきた」とおっしゃっていますが、誰がおとしめたのでしょうか?
崔氏が批判されたのはモンゴルに抵抗したからというより、国王の権力を奪って私物化したためではないでしょうか?

2009/12/20(日) 午後 0:36 [ 西貢 ]

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