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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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(上の写真)開城工業団地内にあったファミリーマート
(中の写真)朴淵瀑布でバスを降りた観光客たち
(下の写真)朴淵瀑布名物(?)とうもろこしパン!


<北朝鮮入国!>

バスは地下鉄「光化門」駅の近くの「TWO SOME PLACE」という場所。
大元旅館(ソウルでの私の常宿。光化門駅のすぐそば)から歩いて3分の距離。
集合時間が午前6時というとんでもないスケジュールのため、5時半に起床して、準備を整えて現地に向かう。
6時前に着いたが、誰もいない。6時を過ぎても誰も来ない。
さすがに不安になってきたところ、「開城ツアーですか?」と日本語で男性に話しかけられる。
その人が旅行会社(テファ観光)の職員だった。
その人がいうには、ここから北朝鮮行きのバスに乗り込むのは2人しかいないのだが、その一人は来れなくなったらしい(きっと起きられなかったのだろう)。
まさかの単独行!
このままツアー中ずっと一人だったどうしようという不安を抱えながら、バスに乗り込む。
一人きりのバスはやたらに広かった。
一時間あまりバスに揺られ、軍事境界線付近まで向かう。
道は霧だらけで、100m先を走る車の姿さえ見えないほどだった。(この霧は開城でも同じだった。開城の霧が完全に晴れたのはお昼前になってからだった)
韓国側の非武装地帯に入る。
田んぼや畑があるところは普通の農村といった風景だが、看板には「この地域には多くの地雷が埋めてあるため、道路以外は通行しないでください」と書かれていた。
ここの住民達は地雷があるかもしれない地区で農業をやっているのかと思うと、不思議な気分がした。

韓国側の税関(京義線道路南北出入管理事務所)を通る。
そこで簡単なチェックを受けて必要書類を渡され、決められたバスに乗り込む(私は3号車だった)。
開城ツアーに向かう人達がそこに沢山待機していた。
どうやら開城に行くのは私一人ではなさそうだ。(あとでわかったことだが、開城ツアーの集合場所はいくつもあったらしい。ソウル江北地区に集合したのが私一人だっただけなのだ)
バスに乗り込むと、隣に座ったおばちゃん(1944年生まれ。夫婦で来ていたことがあとでわかった)が気さくな人で、仲良くなった。
このおばちゃんはこのツアーに参加するため、前日の夜に江陵からバスに乗り込んで来たと言う。(睡眠不足だといっていた)
このおばちゃんは開城ツアーは初めてだが、金剛山ツアーには参加したことがあるらしく、金剛山ツアーの記念バッグをわざわざ持ってきていた。
バスは軍事境界線を突破する。
とはいってもいつ境界線を越えたのかわからない。
地面に線が書かれているわけではないからだ。
実際には起伏のあるなだらかな丘陵上(木がまばらに生えているだけで特に利用されていない土地)をバスでノロノロと南から北に移動しただけである。
軍事境界線を越えて北朝鮮側に入ると(「開城市」という標識を越えると)、北朝鮮側の税関があった。そこで簡単なチェックを受けてまたバスに乗り込む。
ここから北朝鮮側の案内員が参加する。
現代アサン(開城ツアーを主催している会社)の運営スタッフと北朝鮮側の管理スタッフの共同作業がここから始まることになる。
バスはまず現代アサングループが開発している開城工業団地に向かう。
開城工業団地は北朝鮮の中にできた韓国の都市といった風情だ(一番驚いたのはファミリーマートがあったこと。北朝鮮でまさかコンビニを観ることになろうとは!)。
工業団地の中には韓国の企業が立ち並ぶ。
建国記念日(9月9日)の翌日のため、今日は休みだそうだが、普段は韓国人技術者と北朝鮮労働者が働いているのだろう。
工業団地を出ると、いかにも北朝鮮らしい風景になった。
古びた民家。広漠とした田園風景。どこかしら一昔前の中国を思わせる雰囲気だ。
(民家の形は韓国と同じなのに、何故か中国に似ていると思った。北朝鮮は私が思っていた以上に中国の影響を大きく受けているのかもしれない)
町の中には大人も子供も犬もいた。
町の壁には赤文字で「21世紀の太陽、金正日同志万歳」とか「アメリカ帝国主義に勝とう」といったスローガンが書かれている。
色のない無機質な建物群はいかにも社会主義国的な匂いがした。
軍人が多い、というのは感じる。町のあちこちに軍人が立っている。
驚いたのは、農村集落の入り口に一人ずつ軍人が立っていたことだ(しかも直立不動の姿勢で)。まるでチャンスン(朝鮮の村の入り口に立っている男女一対の木像)みたいだな、と思った。
バスの中から見ていただけとはいえ、実際に北朝鮮の人々の暮らしている様子を見ると、「ああ、この人達も家庭があって、職場があって、日常のさまざまな喜びや悲しみを噛み締めながら生きているんだなあ」なんて当たり前のことを考えてしまう。
もちろんこれは当たり前のことだ。
けれども我々日本人は北朝鮮を語るとき、こういう当たり前のことを考えているだろうか?
北朝鮮の庶民生活を考える際に、「金正日体制のもとで庶民は地獄さながらの生活をしている」といったステレオタイプでしか北朝鮮を見られなくなってしまっていないだろうか?
それは北朝鮮が日本を「侵略者」としてしか見ないステレオタイプな見方と何ら異なるところはないのではないか?
こんな当たり前のことに今さらながら気がつく自分に愕然とした。

  (続く)


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