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どうも、皆様こんばんは。
最近論文執筆のためにやたら忙しくなった西貢です。
今韓国は秋夕(チュソク。韓国版「お盆」ですね)でして、ソウルの町はずいぶん静かになりました。
多くの韓国人は田舎に帰っちゃったみたいです。
閉まっている店も多くて、いわゆる「寂しい」雰囲気ですが、私は全く平気です。
騒音に悩まされずに論文執筆が続けられて幸いです。
本日は一日かけて論文に使う(かどうかわからない)地図を作成していました。
論文執筆ってのは究極の一人遊びだなあ、と思います。
私って昔からこういう一人遊びは好きだったんですけど、研究者としての適性があるのかもしれません。(何をいまさら、って話ですが・・・)
ただ論文の進捗状況はまだまだなところにとどまっておりまして、いつ完成するかよくわかりません。
今年中の完成を目指してがんばりたいと思います、はい。
さて、前置きが長くなりましたが、今日は論文とは何かって話をします。
これは超個人的な見解なので、話半分に聞いてくださいね。
さて、「論文って何ですか?」っていう質問を受けたらあなたはどう答えますか?
私ならこう答えます。
「自分の発見した事実がいかに正しくて、自分以外の人の意見がいかに間違っているかを証明するための文章」
私の性格の悪さがにじみ出たような回答ですね(笑)
でも本当に論文を書くときって、こういう精神状態になるんですよ。
だって自分の意見が正しくて、他人の意見が間違っていると信じなければ、わざわざ論文なんてダルいものを書こうなんて気になりませんよ。
だから論文にとって一番大切なものは、「自分が最初に発見した事実」です。
どんなに小さなことでもいいから、自分だけが知っている新事実を盛り込むことができれば、その論文には学術的意義があると言えましょう。
すでに誰かが見つけたものを得意になって何百回繰り返したところで、何の意味もありません。
そういう意味で、研究者というのは知の世界の探検家なのですよ。
自分以外の誰も到達したことがない、いわば「あなただけの知る世界」を見つけ出し、それを論文という形で他の人達に知らせることが研究者の仕事です。
そういう意味では知的刺激に満ちた面白い仕事と言えるのかもしれません。
ただ、見つけ出した新事実が他の人たちの興味を引くかどうかはまた別の問題なんですけどね。
(まあ、それは言わない約束ですね。)
私が今やっている研究は、数百年前の古地名に関する話です。
研究している本人にとっては面白いテーマなのですけど、一般の人にとってはどうでもいいテーマなのでしょうね。
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