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(写真)本文とは全く関係ないけど、韓国のお寺。写真は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)を安置した毘盧殿。
ものの本などによると、外国人と話すときに政治と宗教の話はするな、と言われているそうだ。
でも私はよくしちゃうな。
韓国人と植民地問題の話をしたり、中国人とチベット問題の話をしたり、アメリカ人と太平洋戦争の話をしたり・・・(笑)。結構危ない話題をしちゃってるのかもしれない。
つい先日ロシア人と話をしたのだが(かりにAさんとしておきましょう)、Aさんが突然こんなことを言い出したので、驚いた。
「日本には天皇がいてうらやましい。私も日本みたいな王様のいる国に生まれたかった」
どういう意味なのかよくわからなかったので、さらに聞いてみると、Aさんの意見は次のようなものだった。
国家というのは個人にとっては大きすぎるもので、自分が国家の一員であるという帰属意識を持てないのが普通だ。だから国家には国民を統合するための中心となる存在が必要で、天皇はまさにそういう存在としてふさわしいのだという。
(Aさんは「家族の中における父親のように」という表現を使っていた。ロシアの父親はそんなに存在感がでかいのか?家庭不在の日本の父親とはずいぶん違うようだ)
大統領は任期があって、辞めたら全く関係ない人が後を継ぐので、継続性が無い。
王家のように連続性があってこそ初めて、国民統合のシンボル的役割を果たすことができるのだという。
ロシアは1917年の革命によって王家を失ったが、日本には革命が起こらず、王家(=皇室)が維持された。そのことがうらやましいのだとAさんは言う。
ロシアがそれほど国家としての統一がとれていないのかどうか、私にはよくわからないのだが(チェチェン問題なんかで騒がれているから実際そうなのかもしれないけど)、少なくともAさんは日本が天皇を中心として統一がとれていることをうらやましがっているようなのだ。
そしてさらにAさんは、私に天皇を尊敬する心が不足していると指摘した。
まさかロシア人にそんなことを言われるとは思っていなかったので驚いたという話なのだが、ロシアという国が現在どういう状況にあるのかと少し考えてしまった。
私はロシア革命がそんなにいいものだとは思っていないのだが、一昔前の日本のインテリ達は「ロシアには革命が起こったのに、何故日本では起こらないのか?」と慨嘆したものだ。
そのために昔の学生達の間ではロシア文学やロシア民謡などが流行り、革命の先進国としてロシア(当時はソ連)にあこがれる人々も多かったという。
そうやってかつて日本の知識人があこがれたはずのロシアの人から「日本には天皇家があってうらやましい」と言われると、正直驚く。
最後に私は「ロシア革命が起こらずにロマノフ王朝が続いていたら良かったと思うか?」と聞いてみたところ、「そう思う」と答えてくれた。
革命のあった国は革命によって失われたものを嘆き、革命のなかった国は革命によって得られなかったものを悲しむ。
人間は無いものねだりをする生き物なのだろうなあと思った。
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