|
(写真1枚目)霊琴亭から見た海の風景
(写真2枚目)霊琴亭から見た束草灯台
(写真3枚目)束草漁港の様子
(写真4枚目)束草港国際旅客ターミナル
(写真5枚目)フェトッパプ(白いのはイカの刺身)
11月21日 日曜日(1)
この日はまず宿の近くにある灯台に行った。灯台の近くには霊琴亭(ヨングムジョン)というあずまやがあったので、そこにも行ってみた。
それから束草(ソクチョ)灯台に登った。
束草灯台は朝鮮戦争後、北朝鮮の船がしばしばやって来たため、軍事上の目的で1956年に建設したものだという(1957年から稼動)。
ちなみに韓国最初の灯台は1903年に仁川の八尾島(パルミド)という島に作られたものだという。
日本の最初の灯台が1869年完成の観音埼灯台なので、韓国は日本より灯台建設が30年以上遅かったことになる。
灯台を降りて宿に戻る途中、「束草港国際旅客ターミナル」という建物があったので、どこに行く船が有るのだろうと中に入ってみた。
この日は休日のため誰もいなかったが、ターミナルには所々にロシア語が書かれていたことから、ロシア行きの船が出ることは確かそうだ。
その後、食堂でフェトッパプ(刺身と野菜とご飯とコチュジャンを一緒に入れて混ぜ合わせて食べる料理)を食べた。
束草は港町のため、当然刺身を出す店が多いが、日本とは食べ方が違う。
宿に戻って荷物をまとめた後、部屋の鍵を宿の主人(乾物屋の親父さん)に渡して宿をひきはらった。
どこに行こうかと少し考えたものの、束草を出て、北の杆城(高城郡)に行ってみることにした。
杆城(高城郡)と聞いてピンとくる人はほとんどいないだろう。ここは韓国の最北端に有り、朝鮮戦争によって南北に引き裂かれた町である。
朝鮮王朝時代、杆城と高城は南北に並ぶバラバラの行政区域(邑)であった。
それが日本の植民地統治時代である1914年に杆城と高城が合併して、杆城郡となった。
その後1919年に郡庁舎が高城に移され、高城郡と改名された。
独立後は北朝鮮側に入ったものの、朝鮮戦争の結果、北側の高城が北朝鮮、南側の杆城が韓国の領域に入った。
そのため、南北両方に高城郡が存在するという奇妙な状態が生まれた。
現在韓国は「高城郡」という行政区域名を使い続けているものの、高城という町そのものは北朝鮮にあるため、韓国側の郡庁舎は杆城に置かれている。
私は束草の市外バスターミナルでバスに乗って杆城に行った。
杆城は北朝鮮との前線地帯にあたる韓国最北端の都市である。
そのためか町中には軍人が多く、軍用トラックが走っている姿も多く見られた。
この町は前線地帯であるためか、統一展望台を除いてあまり観光客が来ないらしい。
バスターミナルで観光案内用のパンフレットをくれと言ったら、「ありません」と言われた。
じゃあ観光案内所はどこにあるのか?と聞くと、「そういうものもありません」という答えが返ってきた。
後で調べたところ、高城郡内には何ヶ所か観光案内所はあるみたいだったが、少なくとも杆城には無いみたいだ。
とんでもないところに来てしまったかもしれないと考えたが、「まあ、珍しい体験ができたと思えばいい」と気を取り直して、とりあえず本日泊まる宿を探した。
|