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一枚目はフラゴナールの「ぶらんこ」(1767年頃)。ぶらんこで遊ぶ女性と、その下でスカートの中をのぞき見る男性。
二枚目は申潤福(シン・ユンボク)の「端午風情」(1805年頃)。ぶらんこに乗ったり、髪を整えたり、水浴びをしてくつろいでいる女性たちを蔭にかくれてのぞき見ている男性たち。儒教意識が強かったといわれる朝鮮時代にも、意外にこういう絵はあるものです。
ほぼ同時期に西洋と東洋で、ぶらんこにまつわるエロティックな絵が描かれているのは面白い偶然です。
ぶらんこには性欲を刺激する要素があるのかしらん。
福島原発事故以来、原発ネタ以外書けないくらいに情緒不安定になっていたのですが、最近少しもち直したので、ちょっと違う話を書きます。
今回のテーマは「性欲は何故隠されるか?」ということです。
人間の三大欲求としてよく、食欲、性欲、睡眠欲が挙げられますが、この中で性欲だけは「公然と言うことがはばかられるもの」、「子供に見せたくないもの」、「なんとなく恥ずかしいもの」という風に考えられています。
おそらくこれはほぼ世界共通だと思うのですが、何故人間は性欲を隠したがるのでしょうか?
性欲は、食欲や睡眠欲などと同じように、人間にもとから備わっているものであり、必要なものであるはずです。それなのに、何故「いけないこと」のように考えられるのでしょうか?
そもそも食欲&睡眠欲と性欲は機能的に異なります。食欲と睡眠欲は「個体の生存に必要な欲」であるのに対し、性欲は「種の保存に必要な欲」です。ぶっちゃけた話、食欲と睡眠欲は満たさないと生きていけないものなのに対し、性欲は満たさなくても生きてはいけるのです(子孫が生まれないだけで)。だからこそ、性欲は隠したり禁止したりできるわけです。
でもこれは、性欲を禁止しても大丈夫な説明にしかなりません。性欲が「隠される」理由としてははなはだ不十分でしょう。
たまに、「性欲はなんとなく恥ずかしいものだから隠すようになった」なんて説明する人もいますけど、これは答えになっていません。「何故人間は性欲を恥ずかしがるようになったのか?」がわからない限り、意味のある答えにはならないのです。
他の動物は性欲を隠したり禁止したりはしません。こんなことをするのは人間だけです。
だから、人間だけが持っている文化的特徴から、「性欲」=「恥ずかしいもの」という図式が成立するようになった理由を探さなければならないでしょう。
これは私の個人的な考えなのですが、性欲がタブー視されたそもそもの理由は、性欲が結婚制度を破壊するからなのではないかと思うのです。
強すぎる性欲の持ち主は、配偶者とのセックスだけでは飽き足らず、不特定多数の異性と性関係を持ちたがります。その結果、不倫などが横行し、配偶者以外との子供が沢山生まれる事態になると、結婚生活は破綻し、子供をきちんと育てられなくなります。
これが一人の人間の行動だけならいいのですが、不倫が横行する社会的風潮が生まれたら、家庭の崩壊が相次ぎ、社会は壊れていきます。
もし性欲を煽るようなことをすればそのような社会的危機が起こることを恐れ、人間は性欲を煽るようなものを隠すようになったのではないでしょうか?
ところで、何故人間は「結婚」というものを重視するのでしょうか?
人間以外にもつがいを作る動物はいますけど、結婚という名の一種の契約を社会的・文化的に重視している生物は他にいないと思います。
結婚というのは、ぶっちゃけて言ってしまえば、「自分は配偶者以外と性的関係を持たないぞ」ということを社会に対して誓うようなものであり、その約束を破ると社会的制裁を受けます。
動物のつがいと違うところは、社会によって約束の履行を迫られている点だと思います。
何故人間社会がここまで「結婚」というものを重視するか?というと、人間の子育てにその原因があると思うんです。
人間は、すべての生物のうち、大人になるまでに最も時間のかかる生物です。それは、人間社会がその他の生物の社会(そんなものがあるのかどうか知らんが)に比べてはるかに複雑で、その社会の正式な一員になるまでに習得しなければならないものがあまりにも多いからです。
そのために、人間の親は子供を育てるために、他の生物の親よりはるかに大きいコストを払わなければなりません。
それだけのコストを母親だけが払わなければならないのなら、きちんと子育てできない可能性があります。
そこで人間は、父親の方にも子供を育てる責任がある、として、結婚という制度を作り、父親が子育てを放棄して逃げ出さないように監視し始めたのではないかと思います。
しかし、父親の方にしてみれば、「その子は本当に俺の子か?別の男の子供じゃないのか?」という疑問が残ります。他の男との間に生まれた子供なら、自分が子育ての責任を負うのは真っ平ごめんだということです。
だから、人間社会では、「結婚するまで女性は処女であるほうが良い」という考えが生まれ、処女をやたらにありがたがる傾向が生まれたのでしょう。
結婚するまで処女であったということが、生まれてくる子が間違いなく夫の子であるという証明になるからです。
男性よりも女性の方が、(昔は)性的な情報から遠ざけられたのはそのためでしょう。
男性に子供の養育の責任を果たさせるためには、「私は浮気なんかしていません」ということを行動で示す必要があり、そのために「一婦二夫に見えず」のような貞淑観念が生まれたりしたのでしょう。
だんだん何を書いているのかわからなくなってきましたが、今まで述べたことを整理すると次のとおりです。
(1)人間社会は複雑なため、人間の子供は大人になるために膨大な時間がかかる。そのために、人間は母親だけで子供を育てるのはしんどい。父親にも子育ての責任を負ってもらわないといけない。
(2)父親にも子育ての責任を負わせるために結婚制度が作られた。男性は自分の子供以外を育てたがらないため、女性は結婚まで処女であることが求められたり、貞淑観念を教え込まれたりした。
(3)結婚生活を維持し、子供を安定的に育てていくためには、夫婦が配偶者以外の異性と性的関係を持たないようにさせる必要がある。そのために、子供の頃から性的な情報からは遠ざけさせ、性欲を無駄に肥大化させないようにしていた。
(4)性的なものが隠され、禁止されたりしたのは、性欲は結婚制度を壊しかねない危険なものだから。しかし、隠されれば隠されるほど、希少価値が高まり、性的なものが実際以上に高く評価されるという副作用も生まれた。(最後のところは付け足し)
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