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今朝バイト先に向かう道すがら「法とは何か?」と考えながら自転車をこいでいた。
ここでいう法というのは、仏教でいうところの法(ダルマ)ではなく、法律の法のことである。
法というのはある社会・共同体の中で共有される約束事・決まりごとの一種である。
社会というのはそれぞれ異なった意思を持った個人の寄せ集めである。
各個人が自分の意思に100パーセント従って行動したら、社会は一体性を保てずあっという間に空中分解してしまう。
だから社会は、分解してしまわないように決まりごとを作って構成員の行動をある程度規制しようとする。
たとえば学校という社会ならば校則というものを作るし、アイドルのファンクラブのような社会にですら会員規約なるものが存在したりする。
そのような社会の決まりごとのうち、特に公的権力によって制定され、守るように強制されるものを法という。
法というものがその効果を発揮するためには二つの条件が必要である。
一つ目は、個々人に法を守ろうという気を起こさせる動機づけである。たとえば、「法律を破るとおまわりさんに捕まるよ」というのは、「おまわりさんに捕まらないように法を守るようにしよう」という法令遵守のモチベーションを与えるものであり、負の方向性の動機づけである。(正の方向性の動機づけはあまり無いとは思うが)
二つ目は、その法が社会の構成員すべてに適用されるという平等性である。たとえば、他の人は法を犯してもお咎め無しなのに、私ばかりが法律を守るように強制されるという状況だと、人は真面目に法律を守るのが馬鹿らしくなるだろう。「誰も見てなきゃいいや」という感じで監視さえ無ければ誰もが法律破りを平然とやるようになる。
とはいえ、社会の中で全ての人間が法の適用を受けるという状況は、実は結構新しいものと言えるだろう。
たとえば前近代の君主制社会においては、法を作るのは君主の仕事であった。
君主は民衆を支配するために法を作って民衆に守らせ、その法を破った者には厳罰を与えた。
このような社会において法は君主には適用されない。君主はいつでも法を作る側であり、自分がその法によって裁かれることはなかった。
また、ひどい場合には君主の命令がそのまま法となり、君主の考え次第で法律が何度でも作りかえられることがあり得た。
前近代の君主制社会においては、万人に適用される客観的・非恣意的な法律運用は難しく、法治支配というよりは君主による人治支配という側面が強かった。
その後市民革命などによって君主制が次第に否定されていく中で、君主の恣意的支配から万人に法律が適用される法治支配へと体制が変わっていった。
「王から法へ」
前近代君主制から近現代の民主主義社会への転換は、この一言で言い表せるのではないか。
もちろん民主主義社会における法といえども人間が作るものである以上、ある程度の恣意性が入り込むことは避けられない。
だからこそ、政治権力(行政)と法の作成者(立法)と法の執行者(司法)を分けて相互に牽制させ合うことで、恣意的な法律運用がなるべく行われないようなシステムが作られたのである。(三権分立というやつですね)
どうやら法の民主的な(非恣意的な)運用のためには権力の分立と相互牽制が不可欠なようである。
ほとんどの前近代君主制社会では、法は君主が作るものであり、君主が法によって縛られることはなかった。このような状況下では権力の分立と相互牽制にもとづいた法の概念は登場してこないだろう。
唯一例外があるとすれば、13世紀にジョン王の恣意的な権力乱用を規制しようとしたマグナ・カルタである。
これは最高権力者たる君主を法によって縛ろうとする画期的な試みであり、マグナ・カルタが近代法の起源のように見なされているのも当然といえるのかもしれない。
なんてことを考えているうちにバイト先にたどり着いた。
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