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韓国語の論文+英文要約を提出し終えてほっと一息ついている西です。
提出期限が少し過ぎてるって?
・・・何それ?ワタシソンナコトシラナイ・・・
提出期限が少しくらい過ぎてたって、相手が受け取ってくれたなら、間に合ったことと同じだよ!
(すみません。不真面目な奴で)
こないだ論文の英文要約を作った時には1週間かかった。
英語が絶望的に苦手なもんで、こんなに時間がかかってしまったんだが、今回は三日でできた。
英語の実力が伸びた気はしないのだが、「慣れた」ことは確かなようである。
そうやって英語で論文の要約を書きながら、「これをもっと長くすれば論文になるんじゃないか?」と思った。
論文本文だって要約文だって、どちらも英文であることには変わりはない。
英文要約が書けるなら、もっと努力すれば英語論文だって書けるはずだ。
もちろん英語が苦手な私に、それはかなり難しいことだということはわかっている。
でも少しずつ慣らしていけば、作成時間さえ長くとれるのならば、英語で論文も書けるはず。
いつ実現するかはわかんないけど。
でも何となく、「やりたい」という思いが湧いてきた。
この思いを大切に温めながら、いつかはその夢を実現させてみたいと思う。
全てはまず「やりたい」という思いから始まるものなのだから。
・・・ここからは余談です。
昨日の台風で強風にあおられて、私はメガネをなくしてしまいました。
それで今メガネ無しの状態でこの文章を書いてるのですが、ものすごくやりづらいです。
自分の書いた文字がきちんと見えないので(ぼやけたりぶれたり見える)、思わぬ書き間違いをしていないか心配になって仕方がない。
やっぱりメガネが無いと不便だね。
明日さっそくメガネ屋に行ってメガネを作ろうと思います。
メガネが無くて不便なのになぜあえてこんな文章を書いているのかというと、自分がいかに日頃メガネに頼っていたかを実感するため。
目が不自由だというのがどれほど不便なのかを実感するため。
日頃当たり前に享受していたものがいかにありがたいものであったのかを実感したかったから。
それで結論としては、「大事なものってのは、無くなった時にはじめてその価値に気付くんだよ」ということ。
メガネに限らず、できればなくす前にその価値に気付きたいものだ。
特に大事な人に関しては。
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多言語の世界
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