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前回の記事で宣言していたとおり、新しいメガネを作りました。
新しいメガネになって色々なものが鮮明に見えるようになって、自分の顔の汚さに気付き、ちょっと凹んでいます。(笑)
最近モンゴル語を勉強してるんですが、モンゴル語の先生が面白い話をしてくれました。
「モンゴルではチンギス・カンは人気あるが、クビライ・カアンは人気がない。チンギスはあくまでもモンゴル人のやり方を貫きとおしたが、クビライは中国側に拠点を置いて、中国式のやり方を取り入れたからだ。モンゴル人から見ればそれは裏切りに見えるのだろう」
クビライというのは、「フビライ・ハン」のことです。
昔のモンゴル語ではK音が脱落していなかったので、「クビライ」と呼ぶのです。
ちなみにチンギス(いわゆる「ジンギスカン」)は「カアン」になっていないので、「チンギス・カアン」ではなく、「チンギス・カン」と呼ぶのが正しいそうです。
さらにその先生はこう続けます。
「それと同じで、モンゴルでは朝青龍は人気だが、白鵬は人気がない。朝青龍は横綱になってもモンゴル式のやり方を貫いたが、白鵬は日本人と結婚して日本人らしくなってしまったから」
だそうです。
なるほど。
そうなると、朝青龍=チンギス・カン、白鵬=クビライ・カアンになり、日本の相撲界は中国にあたるわけか。
朝青龍は横綱時代、「横綱としての品格が足りない」と相撲協会からずいぶん叩かれたものだが、彼がチンギス・カンだったと考えてみればその理由がよくわかる。
彼は日本の相撲部屋に入門したというより、日本の大相撲を征服しに来たのではないか?
大相撲の征服者である彼が、征服された相撲協会の言うことを聞くなんて思いつきもしなかったのではないだろうか。(笑)
中国の地を征服しても全く中国化せず、あくまでもモンゴル人を貫いたチンギス・カンの姿とたしかに重なる。
それに比べると白鵬はもっとしたたかだ。
あくまでも日本の大相撲の世界で生き続けようとするなら、日本式のやり方も身につけなければいけない。
だから生活の拠点を日本に移し、日本人になる努力をした。
それは中国に拠点を移し、表面上は「元」という中国王朝の装いをまとったクビライ・カアンの姿に似ている。
彼らモンゴル人力士たちは、日本の「国技」である相撲を征服することで、700年前に成し遂げることができなかった「日本征服」の夢をかなえようとしているのかもしれない。
なんてことをニヤニヤ考えながら、遥かチンギス・カンの時代のモンゴルに思いを馳せたりしている。
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