ハニワ堂古書店

店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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(上)旅行中に使ったハノイ地図

第二章、再会
 他の東南アジア諸国はどうだか知らないが、ハノイはバイクの町である。
 自動車などは数えるほどしか無いのに比べ、バイクだけは数え切れないほどある。
 そのバイクがほとんどホンダであり、ヤマハであり、スズキであるのが面白い。
 ハノイでは老いも若きも男も女もみんなバイクに乗る。運転できない人はバイクタクシー(そういう物があるのだ)に乗る。バイクがハノイっ子の足になっている。
 しかしヘルメットをかぶっている人間は誰もいない。少なくとも見たことがない。フンも鼻歌を歌いながら、よそ見をしながら、片手を離しながら気楽に運転していたが、一緒に乗っている身からすればとても危なっかしい。せめて事故は私のいない時に起こしてほしいものだ。
 無数のバイクが光の川となって闇のハノイを流れてゆく。何だか不思議な気分になってぼんやりしていると、音を立ててバイクが止まった。小ぎれいな喫茶店の前だった。
 さあ入ろう、とフンが手招きした。二人の女の子も私に入るよう促した。
 喫茶店の中は薄暗くライトアップされ、しゃれた音楽が流れていた。こざっぱりした身なりの若者達が優雅に談笑していた。昨日までのビンザンとは随分違うな、と思った。
 ビンザンはベトナムを語る上での一つのキーワードである。漢字では「平民」と書き、一般庶民の事を指す。
 ここで言うビンザンとは大衆食堂(クアンコム・ビンザン)のことである。似た意味の言葉としてニャンザン(人民)があるが、これは共産党政府が好んで使うため、一般のベトナム人にとってはビンザンのほうが馴染み深い。ちなみにベトナムの政府公認新聞の名前は「ニャンザン」である。
 店の中はたいして混んでいなかったので、空いてる席に適当に座ってみた。あとの3人も私が腰掛けた席のそばに座った。
 一つのテーブルに4人が顔を合わせたが、短い沈黙があった。それを破ったのがフンである。
 「西、よく来たな」そんなことを言ったと思う。それとも、「会えて良かった」だったかも。まあ、どちらでもいいことだが。
 「僕らは君を心から歓迎するよ。」
 本当にそんなことを言ってたのだろうか?英語で話していたので思い出せない。
 「明日から僕らが時間のあるかぎり君の案内をするからね。」とフンは言う。
 「明日は僕が案内しよう。」と、フン。「ホーチミン廟は行ったことがあるかい?」
 ない、と首を振ると、「よし、じゃあ決まりだ。明日はホーチミン廟!」呆気なく決まった。
 「じゃあ、明後日は私が案内するから・・・」と言って髪の長い女の子が言う。彼女は私の手帳に自分の名を書き込んだ。「ヴァン」それが彼女の名前だった。
 彼女がもう一人の娘を指して、「紹介するわ。これ私の妹のフック。」
 はじめまして、とフックが挨拶した。フックはあまり口を開かず終始控えめにしていた。
 「何を飲む?」と聞かれたものの、ベトナム語が読めないので何が出てくるのか見当もつかない。
 Lipton(紅茶)やCàphê (コーヒー)やtrà(茶)くらいはわかるものの、知らない飲み物を頼んでみたかった。結局選んだのは熱い生姜湯みたいなもので、とても飲み辛かった。
 「氷を入れればいい。」と彼らは主張するが、東南アジアで氷は大敵である。東南アジアに行った日本人が食中毒でやられる原因の多くは生水、氷、生野菜である。
(・・・でも結局このお店の衛生管理を信用して、氷を入れました。)
「ハァーイ」と女性の声がして、私の隣に座った。
 「久しぶりね、西」メガネをかけた丸顔の女性。顔に残る火傷の痕が生々しい。
 「久しぶり、ラン・フウン!」私は目を丸くした。
 彼女の名前はラン・フウン。熱帯的な顔立ちと火傷の痕を負った女性。連絡がとれなかったので、おそらく会えないだろうと予想していたのだが、誰かが彼女を呼んでくれたのだろう。
 「フウン、私が以前にあげた折り紙を覚えてる?」
 私は以前、ラン・フウンに折り紙を教えようとして、返り討ちにされた経験がある。私よりずっと早く鶴を折りあげて、「私は折り紙が好きなの」と気勢を上げていた。私はすぐさま白旗をあげ、彼女に折り紙をプレゼントしたのである。
 フウンは何の事だろうとしばらく考えてから、「ああ、あれね。」と言ったが、それ以上は語らなかった。
 彼女は一年半前に会った時に比べて遥かにおしゃれになっていた。かつての素朴な面影は見られなかった。
 「久しぶり〜」と、もう一人やって来た。
 「おー、マイチー」と歓声があがった。端正な顔立ちで、フンからは「僕らの仲間うちで一番きれいな娘」と言われているマイチーだった。以前より髪が伸びて記憶の中のイメージとうまく重ならなかったため、一瞬戸惑いを覚えた。
 「西、久しぶり。他の日本の友達は元気にしてる?」
 うん元気だよ、と答えて、胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
 これで私を迎えてくれる人が5人になった。私という一人の日本人のために、これだけの人数が集まってくれた事に私は素直に感謝していた。生来涙もろい私はついホロリとしてしまいそうで、あわてて目元をぬぐった。
                        (続く)


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