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(上写真)ハノイの歴史博物館でもらったパンフ
第五章、出発の朝
朝の八時前にホテルを出た。
ホアンキエム北のバス停からノイバイ国際空港行きのバスに乗るためだ。
ベトナム航空からリムジンバスに乗れば2ドル(3万ドン以上)だが、ハノイ市の路線バスに乗ればわずか2千5百ドン。破格の安さだ。
ノイバイ国際空港はハノイ市の端にあり、車で大体五十分ほどかかる。私はバスの座席に座りながら、漫然と外の景色を眺めていた。紅河デルタの青々とした稲作地帯が、小雨にけぶっていた。
私はふと昨日のことを思い出した。
昨日私はラン・フウンに連れられハノイの西にあるバクニン省に行っていた。おそらく漢字は「北寧」とでも書くのだろう。
ラン・フウンはバイクが運転できないため、バスでバクニンまで行き、その後はバイクタクシーに三人乗りして(やればできるものである!)あちこち回った。
帰りのバスの中で「またベトナムに来てね。あなたがもう一度来たときには私もヴァンも、マイチーも、みんな結婚してるかもしれないけど・・・」と彼女はささやいた。
――「結婚」――、この言葉が私を現実に引き戻した。そうだ、彼女達はもうそんな年なのだ。周りがどんどん大人びていく中で、自分だけが取り残されているような気がした。
バスを降りると、彼女は私の手を引いて歩いた。
「このあたりは物騒だから。」と、手に力がこもっていた。
「じゃあ、さようなら。」と言ってフウンは雑踏の中に消えていった。
あの後彼女は職場へと向かったのだろう。
ここで出会ったベトナム人達と、次に会うのは何年後になるのだろう。もう一度紅河デルタの地を踏むのは・・・。
バスは10時前にノイバイに到着した。早く来すぎたような気がする。まだ手続きも開始されていない。
ぼんやり新聞を眺めながら回想に耽った。
ハノイの20日間。
長すぎたようで私には短く感じられた。
ある日本人観光客はハノイは三日で飽きたというが、私には20日でも足りないぐらいだった。
入国のときの胸の高鳴りは今でも忘れられない。飛行機が少しずつ高度を落とし、雲間からベトナムの山野が見えてきたとき、「ああ、私は異国に来たのだ」と、叫びだしたいような衝動に駆られたものだ。
今、そのときと同じ空港からまた飛び立とうとしている。
手続きは意外に早く終わった。
来るときは恐く見えた係員達も(いかにも共産党といった制服で、にこりともしない)、帰るときには優しく見えた。
飛行機に乗り込むと、新聞には「台湾総統に陳水扁が当選、連戦・宋楚諭が選挙無効を主張」という見出しの記事が載っていた。
陳水扁、といえばこの前撃たれた人・・・、何故かおかしくなった。
私がぼんやりしてる間にも世の中は動いてるな、と思って外に目をやると、飛行機が少しずつ動き始めたところだった。
加速をつけて機体がふわりと宙に浮いたかと思うと、そのまま春雨の雲に突入した。ハノイはあっという間に雲の中へと消えていった。
また、現実に戻るのかな、と思った。
(完)
あとがき
これはベトナム旅行をした2004年に書いた旅行記です。
とある同人誌に載せたところ、意外に評判が良かった記憶があります。
「西貢」というHNも、この時のペンネームに由来しています。
思えば、この時から、私は旅行記を書くようになったのでした。
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