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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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(写真)韓国のお墓。わりと新しいものですね。多分夫婦の墓でしょう。


韓国の若者の生活を見ていると、韓国の男の子たちがやけにガールフレンドとのイベントを大事にしているのがわかる。
ガールフレンドの誕生日にプレゼントするのは当然として、付き合い始めた記念日まで祝ったりする。
(それができないとふられても当然みたいな雰囲気があるのが怖い)
私みたいな気の利かない男には到底真似できない芸当である。

韓国好きな日本女性なんかもよく「日本の男の子は優しくないけど、韓国の男の子は優しいから好き」みたいに言うことがある。
私は日本の男の子が優しくないとは全く思わないのだけど、女性に対するサービスのアピール(ここ重要!サービスはアピールしなければ何の意味もありませんから)という点では韓国の今どきの男の子達に圧倒的に差をつけられているのは同感だ。

ここで多くの日本人が不思議がるのは、「韓国は儒教の国で、男尊女卑の考えが根強いはずなのに、どうして韓国の男の子は女性に優しいのか?」ということだ。
儒教=男尊女卑という短絡的な思考についてはいかがなものかと思うが、韓国で男尊女卑的な考えが根強いのは事実だ。

ではどうして韓国の男の子たちはガールフレンドに優しいのか?

その疑問を解くためには、逆転の発想が必要だ。
「男尊女卑の考えが根強いはずなのに」ではなく、「男尊女卑の考えが根強いからこそ」、韓国の男の子は女性に優しいのだ。

韓国社会では結婚すると、家事労働は女性の負担として重くのしかかってくる。
もちろん現代では夫婦共稼ぎが多いのだが、それでも家事は女性の仕事という考えは未だに根強い。
特にお盆や正月などになると、名家の宗家などではおびただしい数の親戚が集まることになる。
それだけ多くの親戚を迎えてきちんと名節を過ごすため、女性はひたすら掃除や炊事のために働かなければならない。
そのため、盆や正月が近づいてくるとストレスのために憂欝になる「名節症候群」という言葉が生まれるほどである。

そのため、現代の若い女性たちは「結婚すると女の方が不利だ」ということをよく知っている。
だからこそ女性たちは将来の夫を選ぶ際、とてもシビアに観察する。
結婚しても自分を大事にしてくれる人なのか、家事をきちんと分担してくれる人なのか、育児もしてくれる人なのか、自分の仕事に理解のある人なのか、そういうことを見極めようとするのである。

もしそういう人に出会わず結婚の機会を逃してしまっても、現代の女性たちは大抵学歴も高く自分の仕事を持っているので、結婚せずに独身のまま生きることができる。実際に「結婚なんて何のためにするのか?」と考えている女性はずいぶん増えたと聞く。

女性を取り巻く環境と女性自身の意識が変化したことによって、男性の結婚事情も大きく変化した。
昔のように男尊女卑的観念の上にあぐらをかいたままでは男性は結婚できなくなった。
女性たちのシビアな評価にたえられるほど、気遣いのできる優しい(少なくとも表面的には)男性でなければ結婚できない時代に入ったのである。
だから韓国の男の子たちは女性にサービスするのである。
そうしないと結婚できないからだ。特に男の子の場合、「子孫を残せ」という親や親戚からのプレッシャーは女の子より強い。
だから韓国の男の子たちは結婚するために、今日も涙ぐましい努力を続けるのである。

(余談)
しかし結婚市場の中でかわいそうなのは、学歴の低い田舎の青年でしょう。
田舎は都市より女性の負担が大きいため、女性にはまず嫌われる嫁ぎ先です。
さらに田舎の場合、親夫婦と一緒に暮らさざるを得ないことが多いため、「お姑さんと一緒に暮らすなんて・・・」という理由で女性にはなおのこと嫌われます。
だから、韓国の田舎では国際結婚が流行っているのです。

日本の田舎でも国際結婚が流行っているのだけど、韓国とは少しお国柄の違いがあるようです。
日本では国際結婚といえばフィリピン人が人気なのですが、韓国ではベトナム人が人気です。
その理由は、「ベトナム女性は儒教的道徳を知っていて嫁ぎ先の家族を大切にするから」だとか。
いかにも韓国らしいですね。

最近覚えた韓国語


韓国から戻ってきてもう半年くらい経ちます。
月日が経つのは本当に早いですね。

そのせいでずいぶん韓国語を忘れちゃいました。
韓国語で話そうと思っても、なかなか口から言葉が出てこないんですね。日常的にそれなりに練習はしているのに・・・。
やっぱり外国語は現地で学ばなければだめみたいですよ。

さて、最近新たに覚えた韓国語について書いておきます。
インターネットスラングなど、辞書にないものもあります。

(1)티끌 모아 태산(ちりが集まって泰山)
→ことわざです。日本語で言うところの「ちりも積もれば山となる」ですね。


(2)(손발이) 오글거리다(恥ずかしい、見るに堪えない、目のやり場に困る、イタい)
→最近できたスラングなので、辞書には載っていません。
「오글거리다」というのは本来、「小さな虫などが一か所に集まってうごめく」という意味ですが、ここでの意味は違います。
「(손발이) 오글거리다」はもともと「(손발이) 오그라들다」(手足が縮こまる)が変化したもので、見るに堪えないものを見てしまって気まずく、恥ずかしいという感情を表します。

(例文)
아무리 연습을 해도 막상 녹음에 들어가면 부를수가 없었던 것인데 그 이유는 가사가 너무 오글거려서 도저히 맨정신으로 부르기 힘들었다고 합니다.
(どんなに練習しても、いざ録音に入ると歌うことができなかったのですが、その理由は歌詞があまりにも恥ずかしく、到底素のままで歌えなかったそうです)

上の例文は、歌手グループ「少女時代」のソヒョンが「OH!」という歌の"오빠 사랑해"という歌詞が恥ずかしくてきちんと歌えなかったという記事です。
歌手のわりにはやたらウブなことを言ってますね。まあ、いいけど。

(3)들키다(ばれる)
秘密などがばれることです。これは辞書にも出ている言葉です。

(例文)
전 선배한테 오타쿠란걸 들키기 전엔 잘 숨기고 살았다고요.
(僕は先輩にオタクだってばれるまでは、うまく隠して暮らしてたんですよ)

これは韓国のウェブ漫画からの引用ですが、オタクだとばれた後輩が先輩に向けて言った言葉です。
韓国でも「オタク」は肩身が狭く、隠して生きている人が多いみたいです。
ちなみに「オタク」は、日本語の発音そのままに「오타쿠」と言うことも多いですが、韓国語風に"오덕"とか"덕후"なんて言い方もあります。それだけ日本風サブカルチャーが韓国に根付いているということでしょうね。

(4)따돌리다([追跡者を]まく)
→"따돌리다"は普通「のけものにする、締め出す」の意味で使います。
韓国スラングの代表格である"왕따"(いじめ、仲間はずれ)は本来「왕 따돌림」(王+のけもの)という言葉の省略形ですからね。。
でも、"따돌리다"にはもう一つの意味があって、それが「まく」という意味です。これは辞書にもありますよ。

(例文)뛰어! 애들을 따돌리는 거야!(走れ![追いかけてくる]子たちをまくんだ!)

これも韓国のウェブ漫画からの引用ですが(どんだけウェブ漫画で勉強してるんだ、自分)、女の子達にモテモテなイケメン君が「この娘たちがついてくるんだけどどうしよう?」と言い出したので、それに対する回答です(ぜいたくなシチュエーションですね)。

(5)정주행(漫画やドラマなどを最初から全部見ること)
→これもウェブ上で生まれた新語らしいので、辞書には載っていません。
何故こう言うのか、私にはまだよくわかりません。

(例文)
어제 드래곤 볼 봤는데 너무 재미있더라. 그래서 지금 정주행 중.
(昨日ドラゴンボールを見たんだけどすっごく面白かったよ。それで今初めから全部見てるところ)

(6)짠돌이(けちんぼ)
→これは辞書には出てきませんが結構有名な言葉みたいです。私も聞いたことはあるのですが、今までスペルを知りませんでした。お恥ずかしい・・・。

(例文)
우리 점장님 짠돌이인 줄만 알았는데 의외네. 다시 봤어.
(うちの店長けちんぼだとばかり思っていたけど意外だなあ。見直したよ)

→これはアイスコーヒーを作る際に店長がバイト君に「氷をたくさん入れて作るように」と指示したことを受けてバイト君が述べた感想です。(「ワラ!ピョニジョム」331話、アイスコーヒーhttp://comic.naver.com/webtoon/detail.nhn?titleId=26316&no=331&weekday=wed

(7)꼴 좋다(いい気味だ。ざまあみろだ)
→これは辞書にも出てくる言葉でしょう。
嫌いな人がひどいめに合っているのを見て「いい気味だ」とほくそ笑んでいるときに出る言葉ですね。

(例文)
걔가 학교에서 왕따당했다던데 꼴 좋다.
(あの子が学校でいじめられたらしいけど、いい気味だわ)

自分で書いておいて何ですが、こんなことを言う人間にはなりたくないですね。
中島みゆきの「怜子」という歌で、「他人の不幸を祈るようにだけはなりたくないと願ってきた」とありますが、その気分です。
他人の不幸を祈るのではなくて、他人の幸福を祝える人になりたいものですね。

言葉の世界は奥が深いです。
いくら勉強しても次々と新しい言葉が出てきますね。
だからこそ辛くもあり、面白くもあります。


友人に貸してもらってドフトエフスキーの「白夜」(小沼文彦訳。角川文庫)という小説を読んでみました。
思いっきり飛ばし読みした感じでは、少し前に流行った「電車男」に似ているな、と思いました。

ネタばれをあえて承知で書くと、主人公は二十六歳の非モテの青年。
年齢=彼女いない歴であることは、作品中の主人公のセリフから明らか。

主人公「いやぼくはたとえ夢のなかでも、誰か女の人と話をすることがあろうなどと思ったことはありません」(p.16)
主人公「いや、女の人と親しくしたことなんかまるでなかったんです。なにしろぼくは一人っきりで・・・。ぼくには女の人とどんな話をすればいいかもわからないんですよ」(p.17)
主人公「とにかく嘘じゃありません、女性は一人も、それこそ一人も、ぜんぜん知らないんです!まったくつき合ったことがないんですよ!」(p.18)

読んでいて哀れになるくらい女性に免疫のない主人公です。(笑)

一応どこかで働いているらしいので、ニートではないようだけど、友達は全くいないらしい。

なにしろ私はこれでもう八年もぺテルブルクに住んでいながら、ほとんど一人の知人をつくる才覚もなかった男なのだから(p.5)

さらには、人並みはずれた妄想癖を持つ自称「空想家」である。

主人公「ああ、あなたはご存じないでしょうが、ぼくはそれこそ何度今までにそんなふうに恋をしたか知れやしません!・・・」
ナースチェンカ「というと、誰にですの?・・・」
主人公「なに相手なんかいやしません。理想の女性に、夢にあらわれる女性にですよ。ぼくは空想のなかで無数の小説を創作するんです」(p.18)

主人公「彼の空想はふたたび調子を取り戻し、刺激され、不意にまた新しい世界、新しい、魅惑的な生活が、彼の眼の前の輝かしい遠景の中にひらめく。新しい夢―新しい幸福!デリケートな、心をとろかすような毒薬がふたたび服用されたのです!おお、彼にとってわれわれの現実生活がなんでありましょう!空想のとりことなった彼の眼からすればですね、ナースチェンカ、ぼくやあなたなんかは、じつに怠惰な、のろのろとした、元気のない生活を送っているんです」(p.41)

「無数の小説を創作する」のくだりはちょっとイタすぎますね。自分を主人公にして架空の恋愛小説を創作するなんて、「ラブプラス」にはまっているオタクたちと何ら変わりがないじゃありませんか。
「彼の空想は〜」以下のくだりは、「彼」と三人称を使っているものの、主人公の自分語りです。
主人公にとっては、現実生活なんてつまらないものらしいんです。
「現実(リアル)なんてクソゲー」というやつですね、わかります。

ちなみに「ナースチェンカ」というのは一応本作のヒロインです。(というよりこの作品で名前が出てくるのなんてこの娘とメイドのマトリョーナくらいしかいないんですけどね)
主人公の妄想小説のヒロインではなく(苦笑)、一応生身の女性として登場します。

こうやって見てみると、主人公のスペックは「非モテ」「友達いない」「空想家」(笑)であることがわかります。
うん、完璧ですね。まるで絵に描いたかのように「典型的な」オタク青年ですよ。

そんなオタク青年が、ある日酔っ払いにつきまとわれていた女性を助け、その女性と親しくなります。
その少女の名前が「ナースチェンカ」。この作品のヒロインです。

ここまで読んだ時、「おいおい、電車男かよ」と思いました。中野独人さんも「白夜」を読んでいたのかもしれませんね。

ちなみにナースチェンカは十七歳。現代なら「女子高生」と言われるお年頃です。
二十六歳の青年が十七歳の少女と交際するなんて、現代なら「犯罪」と揶揄されそうなものですが、この時代には特に問題はなかったみたいです。
おおらかな時代だったんですね。

主人公はナースチェンカと出会い、生身の女性と触れ合うことで、今までの自分の妄想生活がいかに馬鹿げており、いかに現実が素晴らしいものであったかに気付きます。
現代風にいえば、「脱オタ」したわけです。

まあ、結局ナースチェンカには他に好きな人がいて、主人公はふられちゃうわけなんですけど、やっぱり三次元(現実)は、二次元(妄想)のようにうまくはいかないものですね。

ストーリーはきわめて単純で、特筆すべき部分もないのですけど、19世紀ロシアのオタク青年物語としてはそれなりに楽しめました。
もちろん19世紀のロシアに現代のような「二次元」は存在しませんが、小説という形の「二次元」は存在したし、何より妄想を生み出す想像力というものは時代を問わず存在しています。
目の前にある現実から目をそむけて、妄想の世界に逃避するという行為は、いつの時代でもどこの国でも共通した行いなのかもしれません。

そう考えると、オタクなんてものは現代社会特有のものではなく、似たようなものは時代や地域を超えて普遍的に存在するものと言えるかもしれません。
現実には存在しないものを想像し、その想像で心を満たす行為はおそらく人間にしかできないものでしょう。
そういう意味で、妄想の世界を生きるオタクとは、最も人間らしく進化した人々といえるのかもしれません。
(きれいにまとまったかな?)


今朝yahooジャパンの記事を見ていたら、台湾の馬英九総統が「尖閣はわが国の領土」と主張したという。
参考URL:http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110722-OYT1T00130.htm

台湾が尖閣諸島を自国の領土と主張しているなんて話は中学生の時から知っていたので、私は別に驚きもしなかった。単に台湾の総統として政府の公式見解を述べたまでだろう。

しかし、結構多くの日本人がこの発言にショックを受けていたみたいだ。
ネット上の意見を見てみると、「台湾は親日国だと思っていたのにどうしてこんな反日的な発言をするのか」というような書き込みがあった。

こんな発言ができるなんてよっぽどおめでたい人たちだと思う。
どうして台湾は親日国だから、「尖閣は台湾の領土」と言わないと思ったのだろうか?

私がこのような日本人の意見についておかしいと思う点は、二つある。

一つ目は、台湾の国民がいくら日本統治時代をなつかしがり、日本文化に共感とあこがれを抱いていたとしても、そのことと領土問題とは全く別物だということである。「それはそれ、これはこれ」という発想である。
台湾は親日国だから日本にとって都合の悪いことは言わないはず、なんていうのは日本人の勝手な願望でしかない。

二つ目は、ある国を「親日」だとか「反日」だとかレッテルを貼ること自体がナンセンスだということである。
一つの国の国民がすべて同じ考えを持っているなんてことはあり得ない。日本人に色々な考えの人がいるように、台湾にだって色々な考えの人がいる。
元台湾総統李登輝は以前に「尖閣は日本の領土」と主張して日本人を喜ばせたというが、それは李登輝がそういう考えの人だったというだけである。全ての台湾人の意見を代弁していたわけではない。

さらにいえば、一人の人間にしたって、100%親日的(反日的)な人間などいない。
ある程度日本のことを知っている人なら、「日本の〜なところは好きだけど、××なところは良くないと思うな」となるのが当然である。
それを、「〜なところは好きだ」のみを取り上げて「親日」だとか「××なところは良くない」のみを取り上げて「反日」だなんて言ってみたところで、むしろ現実認識を曇らせるだけで、何の役にも立たない。

台湾の「親日問題」をめぐる日本人の発言を見ていていつも気持ち悪いと思うのは、日本人があくまでも日本人の利益のために台湾人の「親日」を褒め称えている点である。
そういう言論の中に登場する台湾人は、日本の支配をなつかしがる親日的国民であり、外省人と中華人民共和国に圧迫されているあわれむべき人々であり、日本が独立を応援してあげなければならない存在として描かれていることが多い。

私は以前からずっと、日本人のもつそういうステレオタイプ的な台湾イメージに違和感を感じてきた。
その違和感の原因は、このような台湾イメージを通して、日本の脆弱な自我が透けて見えるためだと思う。
よく知られているとおり、日本は近代化の過程で台湾・朝鮮を併合し、中国への侵略戦争をおこなった。
その結果、韓国・中国に今に至るまでその責任についての謝罪を求められている。
しかし日本は韓国と中国の謝罪要求に対して真摯な対応を行なっていない。
それは、自分たちの過ちを認めると、近代日本の歩みそのものを否定しなければならなくなり(実際にはそう思い込んでいるだけなのだが)、日本の脆弱な自我が崩壊しかねないからである。

実際には他国に対して過ちを犯していない国など存在しない。どこの国も多かれ少なかれ他国に迷惑をかけながら生きている。
しかし日本は、「他人様に迷惑をかけることは最大の罪」という文化のためか、それとも他国との交渉が圧倒的に少ない島国的歴史経緯のためか、他国に迷惑をかけたという事実の重さに恐怖し、過剰に反応することが多い。
自分たちの過ちを認めようとせず「いいこともしてやったじゃないか」とか「他の国だって似たようなことをやったのに何故ウチだけが謝らなければいけないんだ」といって謝罪を回避する日本政府のかたくなな態度は、一部の「進歩的知識人」が日本の侵略行為を過剰に告発する態度と、基本的には同じ過剰反応の表と裏に過ぎない。

日本人は過去の過ちに対する怯えから、謝罪を回避しようとあれこれ画策するものの、韓国・中国は日本のそんな態度を許してはくれない。
そんな状況下で「日本人はいいこともしてくれた」と日本をほめてくれる台湾は、日本人の傷ついた自我を癒してくれる唯一の存在なのだろう。

日本の「親台派」を自称する人士の中には、台湾を日本の属国程度にしか考えていない人がかなりいる。
そういう人はあくまでも「日本の利益のために」台湾の独立を応援する。
だから台湾の政治家が中国との関係を重視し始めると、その政治家を批判する(馬英九総統もそのためによく批判されている)。
このような日本人は真に台湾を愛しているのではない。自分たちの思い通りに動く「親日国」を愛しているだけであり、それは台湾を対等の独立国と見なしていない態度である。
だから私は台湾独立を訴える日本人の「親台派」に違和感を覚えるのだ。

台湾が独立するか否かはあくまでも台湾人自らが選択すべき問題である。
日本人が日本の利益のために台湾の独立を主張するのはただのエゴイズムでしかない。

台湾人は日本人のために生きているわけではない。
彼らにとって大事なのは日本がどうなるかではなくて、自分たちがいかに生きていくかである。
自分たちが生き延びるためには日本に接近もするし、状況に応じては中国(大陸)との関係の方を重視したりもする。そして、領土問題に関しては自分たちの立場をはっきり伝えることもする。

そんなのは当たり前のことなのだ。
どこの国もやっていることであり、台湾だって同じことをやっているだけなのだ。
なのに何故台湾が「尖閣諸島はわが国の領土である」と主張しただけで、「台湾は親日国だと思っていたのに」とまるで裏切られたかのようなことを言うのだろうか。
台湾は日本の属国じゃない。(国際的に国家として承認されてはいないが)実質的に独立国なのだから、たとえ日本の国益に反したとしても、自分たちの都合で動いて何が悪いのか。


「親日国」とか「反日国」なんていうレッテルを貼るのは、国際関係を見るうえで、百害あって一利無しである。
100%親日な国や100%反日な国なんてものは存在しない。
全ての国は、(自国の利益のために)協力できる部分では協力し、対立すべき部分では対立する。それは時と状況に応じた打算的な行為であり、ギブアンドテイクで動く「大人の付き合い」である。
「あの国は反日国だから、付き合うべきではない」、「あの国は親日国だから協力してくれるはずだ」なんていう極端な意見(実際によくあるから困るのだが)は、「○○ちゃんは私のこと馬鹿にするから一緒に遊ばない」、「××ちゃんは友達だから私と遊んでくれるはず」なんて言っている小学生の仲よしグループとほとんど変わらない。

日本のやることを全て肯定してくれる100%の「親日国」なんて存在するはずはないし、日本を批判する国を全て「反日国」とレッテル貼りして敵視していたら、まともな外交関係なんか結べるはずはない。
それがわからないから、日本はいつまでも「外交音痴」と言われ続けているのではないか。

歴史とは何か

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千年以上の風雪に耐えてきた石仏は、首のないその姿で、人の世の移り変わりに何を思うのか?


歴史とは何か。

それは失われゆく過去に対する愛惜である。
過ぎし日の思い出の集合である。

失われたもの、死んでしまった人、二度と戻れない日々をなつかしみ、それを記録の形で残そうとする行為である。
それは本質的に過去への感傷(センチメンタリズム)であり、昔をなつかしむ懐古趣味(ノスタルジア)である。


時間は魔物である。
一秒たりとも静止せず、人々を常に未来へと向けて押し流す大河の如きものである。

人はすべてこの時間の横暴に抗うことはできない。
未来はいつの間にか現在となり、現在はすぐに過去へとなる。人は時間にせき立てられて、「現在」という一瞬にとどまることはできない。
いかにその場を離れたくなくとも、時間は暴力的に人を未来に向かってせきたてる。
過去の記憶は雪のように降り積もり、古い層から消えていく。
どんなに幸福な経験も、どんなにいとおしい人々も、やがては遠い過去の記憶となり、まるで初めからそんなものは無かったかのように忘れ去られていく。

歴史を記録するという行為は、時間という魔物に対するささやかな抵抗である。

忘れたくない過去を、忘れてはならない過去を、そのままのかたちでとどめておけないのならば、せめて記録として残そうとする代償行為である。

歴史とは、過去のできごとを忘れないようにするために書き残す備忘録である。
また、自分が死んだ後にも、誰かが自分のことを思い出してくれるようにと残す子孫たちへのメッセージである。

人々は忘れたくないのだろう。過ぎし日の幸福やいとおしい人々を。

人々は忘れられたくないのだろう。自分がこの世界に刹那でも存在していたことを。

だから記録として書き残すのだ。忘れないように、忘れられないように。

歴史とは過去の思い出の集積である。
過去をふりかえり、思い出の中に生きることは後ろ向きで非生産的な行為かもしれない。
しかし、そうであるからこそ、歴史には意義がある。
人はいつだって前だけを向いて生きていけるほど強くはない。
時には過去をふりかえって思い出をなつかしむことで、今日一日、明日一日を生きていく力を得ることだってある。

思い出が、人を活かすこともあるのだから。


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