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(上写真)ベトナム初の大学、文廟(ヴァンミュウ)
はじめに
これは、2004年にベトナムに行った時の旅行記です。
20日間もハノイにいたわりには、あまり遊ぶ時間はなく、帰国前の四日間だけフリータイムとなり、現地人の知り合いを訪ね歩いたりしました。
フンやトゥーやチャン、フウンやマイチーたちとはもうしばらく連絡をとっていませんが、彼等も元気にしているといいなあ、と思います。
第一章、ハノイの夜風
どれだけ眠っていたのか覚えていない。昨日までの疲れが、堰を切ってあふれ出たように、私の全身に回りきっていた。
疲れは背中に降り積もり、肩の上に上がりこんで頭の中に靄をかけたかと思うと私の目をふさぐ。そうなったら私の負け。疲れが気分を変えてどこかへ行ってしまうまでは大人しく寝ていなければならない。
目が覚めたときには空高く上っていたお日様が半分顔を隠していた。
(いつの間にこんなに寝ていたんだろ・・・)寝ぼけ眼でぼんやりテレビ画面を見つめた。
テレビの中のアングロサクソンのお兄さんたちが私の気を知りもせず、ぺちゃくちゃとしゃべり続けている。
困ったな、もう銀行もしまっただろうなと思い、ベッドに横になった。「あー、どうしよう。お金が無いのに」声を出すと部屋が余計に広く感じられた。
この部屋に泊まっているのは私一人だが、ベッドは三つ。アンバランスな広さである。ベッドには赤や青の鮮やかなシーツがかけられ、花柄のカーテンは夕方の風に揺れている。
ベッドから身を起こして考えた。何をすべきだろう?
しなければならないことは一つだが、それに先立つ物がない。お金だ。
とりあえず電話をかけるだけのお金があることを確認してフロントに下りた。赤いカーペットの階段がいやに薄暗かった。
ここはベトナム社会主義共和国の首都ハノイである。ベトナムというとホーチミン(サイゴン)が有名だが、私が来たのはマイナーなほうだ。軽い観光旅行のつもりで入国したのが運のツキ。昨日までの苦労が骨身にこたえていた。
私にはハノイに住んでいる知り合いが何人かいた。全員ベトナム人で日本語はできないが、入国前に行くことは知らせておいたし、入国後もネットカフェのEメールで連絡を取り続けていた。
ホテルの従業員が私の顔を見て「ハロー」と言った。その口元に笑みがあった。「May, May I use phone?(で、電話を使ってもいいですか?)」間の抜けた私の下手くそな英語。それでも従業員は笑顔で「OK」。受話器を差し出した。受話器を受け取ると私はメモ帳を開いた。彼が教えてくれた電話番号・・・。
一つ一つの数字を間違いのないように丁寧に打ち込んだ。かかってからしばらくして「アロー」という女性の声がした。しまった!間違えたか?
私はフンという名の男性にかけたはずなのに・・・。間違えたのか、それとも彼が誰かと同棲しているのか。頭の中はこんがらがったが、動揺を口調に出してはいけない。なるべく冷静を装いながら、フンさんはいますかと尋ねたところ、男の声が聞こえたので、ためしに言ってみた。
「Hi, this is Nishi. I’m your Japanese friend・・・」
電話の奥の声がクスリと笑った。やはりフンだった。
彼は今夜私に会いたいからヴァンミュウに来てくれと繰り返した。
「Van Mieu?(ヴァンミュウ)」
「Yes, it’s the first national university!(そう、ベトナム最初の国家大学だよ!)」
ヴァンミュウは有名な観光スポットなので知っている。しかしそこまでどうやって行くのか。タクシーを使うとしてもお金が無い。
それでも、とりあえずそちらに向かうよ、と言って電話を切った。顔を上げると授業員がニヤニヤしながら電話代を請求してきた・・・。
日本円はあった。しかし現地通貨は無かった。これではタクシーにも乗れやしない。仕方なく、レートが不利だとは知りつつもホテルで両替してもらうことにした。
ここで注意しなければならないのは、ホテルの支配人と従業員で相場が違うことだ。もちろん従業員はわざと高い交換比率をふっかけて、余剰分を着服しようとしているのである。
私の場合、さっき支配人が言ってた交換比率と違う、と言って適正価格に下げさせた。
その後タクシーに乗って、ヴァンミュウへと向かった。
Van Mieu(ヴァンミュウ)は漢字で書くと「文廟」である。孔子を祀るための廟で、かつては教育機関が置かれたこともあった。日本でいえば湯島聖堂みたいなものだろう。ベトナムは中国に倣って科挙を導入したが、その合格者の名前がヴァンミュウに今でも残っている。
ヴァンミュウに着くと男がタクシーの方に駆け寄ってきた。
「Nishi?」フンだった。メガネの奥の顔が笑っていた。一年半ぶりの再会。あまり変わってはいないな、と思った。
フンと一緒にジーパン姿の女の子が二人来ていた。「私を覚えてる?」と背の高いほうの女の子が言った。うん、と答えたものの自信が無かった。そしてもう一人は全く見覚えがなかった。お茶でも飲もうか、とフンが言う。私に異存などあるはずも無く、彼らの言うままについていくことにした。
女の子二人はバイクにまたがり、私もフンの後ろに乗って、二台のバイクは発進した。案の定、ホンダのドリームだった。
バイクの二人乗りに不安はあったが、ハノイの夜風がノーヘルの頭に心地よかった。
(続く)
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