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(上の写真)忠孝堂(安東河回マウルにある韓国の伝統建築)
(下の写真)養真堂(上と同様、安東河回マウルにある韓国の伝統建築)
どうも、西です。
また風邪をひいたのか、のどが痛いです。
日本ではめったに風邪を引かなかったのに(大学時代四年間で風邪を引いたことなんて一回しかないもんね)、韓国では頻繁に引いています。
あまりここの気候が体に合わないのかもしれません(涙)。
今日は韓国の伝統文化の魅力について、自分なりの考えを述べてみたいと思います。
韓国の人は自分たちの歴史をよく「半万年」と表現します。
一万年の半分にあたる五千年の歴史を持っているという意味です。
朝鮮建国の祖といわれる檀君が朝鮮を建国したのが紀元前2333年といわれるので、まあたしかに五千年といえなくもないかとは思います(それでも相当さばを読んでいるとは思いますが・・・)。
ただ、韓国の人がわざわざ五千年という点を強調するのは、中国への対抗意識が潜在的にはたらいているからなのかな、と思います。
つまり、「中国四千年の歴史より古い韓国五千年の歴史」という点を強調することで、韓国の歴史的優越性を主張しようとしているのではないか、と意地の悪い私は邪推しています。
ただ私は、「韓国五千年の歴史」なんて言われると、なんかしらけてしまうんですよね。
別に中国とはりあわなくてもいいのに、って思います。
韓国文化の魅力は、その歴史の偉大さにあるのではない、と思っています。
逆に中国とはりあい、それに勝とうとすればするほど、韓国文化独自の魅力は失われてしまうのではないかと思います。
いわゆる韓国の伝統文化といわれるもの、たとえば建築や工芸品なり、演芸なりといったものを見て、いつも感じるのは、その素朴さです。
たとえば韓国の故宮というべき景福宮や昌徳宮は、中国の故宮(紫禁城)と比べると遥かに小さく、絢爛豪華さでは全く比べ物になりません。皇帝の宮殿と、皇帝から冊封を受ける一国王の宮殿という力関係をまざまざと見せ付けられる思いがします。
でもだからといって、韓国の故宮が紫禁城よりも価値が低いとは思いません。
景福宮や昌徳宮は、それはそれでいいものです。
広すぎてどこか落ち着かない気分になる紫禁城よりも、確実に親しみが持てて、落ち着ける場所です。
また、韓国の伝統工芸といえば、陶芸が挙げられます。
朝鮮時代には李朝白磁や高麗茶碗のような陶磁器が作られたのですが、それらは中国の景徳鎮陶磁に比べるとはるかに地味で素朴です。
でも、その野暮ったいほどの素朴さに心魅かれる人もいます。
たとえば高麗茶碗は室町時代の日本でもてはやされ、日本の茶器の源流となりました。
また、李朝白磁は柳宗悦によって高く評価されたりもしています。
また、韓国の伝統演芸としてはパンソリやタルチュムなどがありますが、それらは日本の歌舞伎や中国の京劇などのような洗練されたショーではありません。
もっとシンプルで素朴な演芸です。
だからこそ、劇場だけでなく、もっと気軽に路上や公園で演じられるのだと思います。
特に伝統建築の分野に関して言えば、中国の建物は豪華で雄大です。
一方日本の建物は、規模は小さくて地味ですが、少しの歪みも無い精巧さがあります。
それに対して韓国の建物は、規模が小さく地味で、ところどころに歪みや狂いがあります。
そういう部分が韓国伝統建築の素朴さであり、中国や日本には無い「味」なのだと思います。
韓国文化の魅力は、その素朴さにあると私は考えています。
韓国の人たちがそれを好み、意識的にそうしているのかどうかはわかりませんが、少なくともその素朴さを好む人は私だけではないと思います。
白衣だけをやたらに好んだり、儒教ばかりを重視したり、キムチだけを極端に大事にするところからもわかるように、韓国の人たちには、一つのものだけを極端に好み、一つの色に染まりやすい傾向があります。
そういう単純で純粋で素朴な部分を受け入れられないかぎり、韓国で暮らすのは大変だろうな、と思います。
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