ハニワ堂古書店

店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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仙遊潭周辺で撮った写真はありません。
ごめんなさいね。

(写真1枚目)海を照らす月。仙遊潭を抜け出して国道沿いに出てこの月を見たとき、なんとか戻って来れたと実感した。

(写真2枚目)海岸を覆う柵。これが隣に敵国を抱えた国の現実なのか。

(写真3枚目)清澗亭で見た海岸と集落を分ける溝。右が集落側で左が海岸側。民間人は海岸に近づくこともできない。

(写真4枚目)清澗亭の海岸部で見た陸軍による警告文。内容は本文で説明する。

(写真5枚目)ムソンジョン(漢字は「茂松亭」か?)にあったプレート。書かれている内容としては、1961年4月30日に北朝鮮兵士5名が韓国側の軍事施設偵察のためこの付近に侵入したが、韓国の陸・海・空軍の合同作戦によって2名は射殺され、3名は逃走したというもの。

11月22日 月曜日(4)

清澗亭を見終わった後、前日に「香牛村」の店員さんに教えてもらった仙遊潭(ソニュダム)に行くことにした。

仙遊潭は高城郡竹旺面(チュグヮンミョン)公峴津里(コンヒョンジンニ)にある徳恩麺屋という店の近くにあることはわかっていたので、公峴津里のバス停で下車した後、ひたすら探して歩いた。

「仙遊潭」と言っても、そこに何があるのか私は何も知らない。

ただ

「山麓周遭して谷を成す。谷中に潭有りて、仙遊と曰う。小峯有りて斗かに起ち、半ば湖心に入る。上に長松數株有り。舊は亭有るも、今は廢す。春なれば則ち躑躅巌を挟みて亂れ發し、夏なれば則ち蓴菜潭に満つ」

(現代語訳:山すそがぐるりと取り囲んで谷ができている。谷の中に淵が有って、仙遊潭と呼ばれている。小さな峰が突然盛り上がって淵の中心部に向かって突き出している。その上には背の高い松が数本生えている。昔はそこに亭子が有ったが、今は無くなってしまった。春になればツツジが岩を挟んで乱れ咲き、夏になればじゅん菜が淵一杯に満ちる。)


という『新増東国輿地勝覧』の記録を信じて、山に囲まれた池のような場所を探すだけである。

店員さんに教えてもらった徳恩麺屋はそんなに苦労せずに見つけ出したが、「仙遊潭モーテル」というモーテルは見当たらなかった。

(おそらく「仙遊潭モーテル」というのは店員の記憶違いによるもので、実際は「松池湖モーテル」のことだったと思われる。このモーテルの近くに「仙遊潭ヘジャングク」という飲食店が有ったために二つを混同したものだろう)

おそらくこの付近ではないかとあたりを付けたのだが、行こうとする方向には軍事基地が有り、行けない。
どうすればいいのかと思って、畑で作業をしている農夫に「仙遊潭はどこですか?」と聞いてみたら、「あそこだ」と言って、私があたりを付けた方を指差す。

しかしそこに行くためには軍事基地を通る以外に道は無い。
軍事基地を通過することなど軍人さんが許可してくれるわけはないので、仕方無く、農家のあぜ道を通って歩くことにした。

すでに時間はもう遅くなっていた。
すでに日は西側の山に没し、あたりには夕闇が迫っていた。

このまま帰ろうかとも思ったが、折角ここまで来たのにという思いが頭をもたげ、とりあえず行けるところまで行ってみることにした。

農家のあぜ道を歩いて目的地に向かうのは、まさに道なき道を行くが如しだった(誇張ではなく本当に)。
あぜ道は本来農業のために作った道であり、通り抜けるためのものではない。
なので、目的地に向かう道は決して一本道でもなければ、それぞれの道がつながっている訳ではないのだ。

やっとのことで谷に近づいては見たものの、その時にはすでにあたりは完全に闇になっていた。
ヘッドライトを持ってきていなかった私としては、もうこれ以上動くことはできない。完全にタイムオーバーである。

もうこれ以上先に進むことはできない。今考えるべきことは、無事に帰ることだけである。
足元がよく見えない状態で今さらあぜ道を戻ることも危険であった。

どうすればよいのかと途方に暮れたが、一つだけ道はあった。
すぐそばにある軍事基地のフェンス沿いを歩くことである。
それが最短で一般道に戻る方法であり、フェンスという確実な道しるべがあるため暗闇の中でも道を見失う危険が無い。

ただ、軍人に見つかったとき、どういう言い訳をすればいいのかということだけが気がかりであった。
明らかに現地住民ではない人間が、暗闇の中で軍事基地周辺をうろついていれば間違いなく不審者である。
スパイと間違われたらどうしよう、と思いながらフェンス沿いを歩いた。

フェンス沿いを歩くのが一番安全とはいえ、そこにも歩きやすい道が有るわけではない。実際には足場は相当に悪かった。
暗闇の中でも無事に歩けたのは、軍事基地の明かりと月明かりのおかげだったと思う。

どうにか一般道に戻ることができてほっと安心して後ろを振り向くと、軍事基地の兵士が何も言わずに私の方を見ていた。
「どうも」と声をかけて見たのだが、兵士は何も言わずにジッと私の方を見ていた。

東の海上にはオレンジ色の月が輝いていた。

どうにか無事に一般道に戻れた私は、バスに乗って宿に戻った。
宿に戻ってテレビを見て日記を書いて、その日は終わった。

「우리말 겨루기(ウリマル キョルギ)」という8時頃にやっていたテレビ番組が面白かった。韓国語に関する知識を問うクイズ番組なのだが、韓国語の勉強になって面白い。辞書を使いながらだけど、私も一問だけ解けたぞ。

さて、これで11月22日(月)の行動は終わったわけだが、ここで少し韓国の軍事保安問題について述べてみたいと思う。

韓国はほとんど全ての男子が軍隊を経験するという事実からもわかるように、軍隊が重視されている国である。
それほどに軍隊が重視される理由は何と言っても北朝鮮という敵国がすぐ北側に存在しているからであり、やむを得ない面もあるだろう。

しかしながら、日本人である私としては韓国の軍隊の警戒ぶりに驚くこともしばしばなのである。(逆に日本が危機感無さ過ぎなのかもしれないが)
たとえば、今回の旅行で痛感したのだが、束草や杆城の海岸はびっしりとフェンスや鉄条網で覆われている。

これはもちろん北朝鮮の工作員や兵士の侵入をふせぐための施設なのだが、一般人もまた自由に海に出られない。
漁港や海水浴場だけは一般人に開放されているが、それ以外の地域の海岸は警戒区域として一般人の立ち入りは禁止されている。

漁業や海水浴はあくまでも軍が認めた範囲内でのみ許されているにすぎない。逆にいえば軍が「軍事保安上の理由から」国民の自由を制限することは簡単にできてしまうのである。

特に私が驚いたのは、清澗亭で見た二つの光景である。

一つ目は、海岸部と民間人居住区域の間に作られた溝である。民間人が海岸部に出ないようにするため、柵だけでは飽き足らず、溝まで掘って完全に道を遮断しているのである。

(海岸部に出られないように道を完全に遮断する方法は、清澗亭だけではなく、杆城でも見られた。そこでは海岸部に向かう道路が途中で断ち切られていた)
 
二つ目は、清澗亭の海岸の柵に書かれていた警告文である。そこにはこう書かれていた。
「この地域は軍作戦地域として、一切出入りを禁ずる。無断出入時、誤認射撃事故の危険性が高い地域である。」

「誤認射撃事故の危険性が高い」とは、その海岸に無断で立ち入った場合、最悪射殺される可能性が有るということである。

この一文を見て私はゾッとした。
どうして海岸に出ただけで殺されなければならないのか。
(ただし「誤認射撃」とまで書かれた警告文を見たのはこれが初めてである。清澗亭は近くに軍の施設があったために、普通の海岸より厳しく書いていたものと思われる)

韓国軍の警戒態勢が過剰なのか、私の保安意識の低さが異常なのかはわからない。
だが少なくとも、日本と韓国の危機意識の違いは歴然としているような気がする。
北朝鮮という不倶戴天の敵を抱えた韓国の、これもまた現実の姿なのだろう。
 

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