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福島原発事故が起きてからもう一ヶ月以上になるが、まだ事態の収束は見えない。
政府も東京電力も打つ手無しといった感じだ。
今は単に原子炉に水をかけ続けて急激な温度上昇を防ぐしか手段が無いのだろう。
最近は放射性物質の飛散がおさまっているとはいえ、そのかわりに汚染水だけはどんどん増え続けている。この汚染水を一体どうやって処分するつもりなのだろう?
(現在6万トン以上貯まっているようだが、あと一ヵ月後には倍増することが予想される)
とにかく原発様が爆発して人間にとんでもない被害を与えないように、祈りをこめて水をかけるしか今はやることが無い。
もし原発様がお怒りになられたら、またとんでもない事故が再び起こるかもしれないのだ。
はっきり言って、今の状態は原発の機嫌がよくて安定しているだけの話であり、人間が原発をコントロールできているわけではない。
まるで、神の祟りを恐れてひたすら供物をささげる未開時代の人類と何ら変わりが無い。
(実際原子炉の中で何が起こっているのか、誰にもわからないのが実情らしい)
今回の事故で、原発が「クリーン」(笑)でなければ「安全」でもない発電方法だったことを、多くの人が知ったと思う。
しかしそれにもかかわらず、「日本に原発は絶対必要!なぜなら日本は資源に乏しく・・・(以下略)」と唱える人が多くて閉口する。
これだけの災厄を経ても原発信仰から抜け出せないのかと不思議に思う。
私は、強硬な原発廃止論者ではないが、賛成か反対かと問われれば、「反対」と答える人間である。
何故なら、原発はどう考えてもコストに比べてメリットが小さいためである。
今回の事故でどの程度の損失が出るかはまだわからないが、国内における損害のみならず、外国人観光客が来なくなることや日本商品が海外で売れなくなることまで合わせると、その損失額はとてつもなく大きなものになるだろう(おそらく日本の国家収入をはるかに上回ると思う)。
また、事故が起こらなくても原発には大量のコストがかかる。
それは、放射能まみれの「核のゴミ」をどこに捨てるかという問題である。
核のゴミはもちろんそのまま自然に帰してはいけないものなので、放射線が漏れ出さないように厳重に管理しなければならない。その維持・管理費が問題となる。
プルトニウムに至っては半減期が2万4千年と長いため、使用済みプルトニウムに関しては少なくとも2万4千年間管理しなければならないのだろうか。それを考えるとコストはとんでもないことになるだろう。
原発はそれだけ高くつく、「ダーティー」で「危険」な発電方法であるにもかかわらず、「日本は原発依存から抜け出さなければいけない」と言うと、「原発に反対するなら電気使うな!」と反論(とすらいえないのだが)してくる輩がいる。
こういう意見について、一つずつ反論をしてみなければならないだろう。
(1)「原発に反対するなら電気使うな!」説
この説のおかしさは言うまでもないことなのだが、あえてそのおかしさを指摘するなら、原発=電気ではないということだ。私が反対しているのは原発なのであって、電気そのものではないのだ。
電気を作る方法というのは、原子力だけではない。水力でも風力でも、火力でも、太陽光でも電気は作れる。その気になれば自転車を漕いだって電気をつくることはできる。
実際に原子力発電は日本の電力のうち3割程度を占めているにすぎない。
それにもかかわらず、原発のみが発電方法と考えているような意見は明らかにおかしい。
(2)「今原発が無くなったら電力不足で日本は大変なことになるが、それでもいいのか?」説
もちろん今突然日本中の原発を一斉に止めたら日本は大混乱になるだろう。
だけど、私は「原発に反対だ」とは言ったが、「今一斉に止めろ」とは言っていない。
実際には原発にかわる代替発電法を開発し、それを実用化させるに従って、徐々に原発を減らして行くのが現実的だろう。
今のところは、「今後は原発に頼らないようにしよう」という方向にエネルギー政策を決め、代替エネルギーの開発を進めて行くのがよいだろう。
(3)「原発が無くなったら電気代が上がるぞ!」説
たしかに代替発電の開発やら何らでお金がかかるので、電気代は上がるでしょう。
でも実はこれから、「原発事故のせいで」日本中の電気代が馬鹿みたいに高くなるでしょうね。
東京電力一社で今回の事故の賠償はできないので、おそらく他の電力会社も賠償金を負担せざるを得ないでしょう。そしておそらくそれでも賠償しきれない分は、政府が肩代わりして国民の税金から支払われることになるでしょう。
「10兆円くらいになるかもしれない」と今から言われている賠償金を日本国民が電気代or税金の形で支払わなければならないのだから、原発のせいで日本人はとても高い電気を買わされることになるでしょう。
(4)「原発に反対するなら、他のいい発電法を開発してみせろ!」説
他のいい発電法を開発できるなら、やってみたいですが、門外漢の私では不可能です。
でもこのように答えると、「ほら、できないだろ。できないなら無責任に反対するな」というよくわからない反論を受けます。
この人たちの頭の中では、「自分ができないことは反対してはいけない」らしいです。
私はそういう次元で反対しているわけではないというのに・・・。
この説の問題点は、「わからない奴は黙ってろ」式の方法で一般人が意見を述べることを封じ、政府・電気会社・御用学者たちが自分たちに都合のいいように原発を推進して利益を得て、一般人にコストと事故のリスクを押しつけてしまうことです。
たとえ原発にかわる発電方法を思いつかないからとして、「原発は怖いから嫌だ」と文句を言って何が悪いのでしょう?
だって、原発を作るお金はどこから出てるのですか?
結局は私たちが払った電気代や税金の中から出ているじゃないですか?
事故が起こった時にはその健康的・経済的損失を誰がかぶるんですか?
われわれ一般人じゃないですか?
われわれ一般人は電気会社の奴隷ではありません。
電気代を払ってあげている「お客様」なのですから、「危険な発電方法は嫌だ」と意見を述べて何が悪いのでしょう?
日本では電気会社は完全なる独占企業です。
その結果、われわれは危険な原発を、個人の意思とは無関係に、「使わされ」続けてきたのです。
そして今、東電は事故のリスクとコストを国民に押しつけようとしています。
私たちは、ようやく電気の供給システム自体を見直すべき時にきているのでしょう。
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