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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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友人に貸してもらってドフトエフスキーの「白夜」(小沼文彦訳。角川文庫)という小説を読んでみました。
思いっきり飛ばし読みした感じでは、少し前に流行った「電車男」に似ているな、と思いました。

ネタばれをあえて承知で書くと、主人公は二十六歳の非モテの青年。
年齢=彼女いない歴であることは、作品中の主人公のセリフから明らか。

主人公「いやぼくはたとえ夢のなかでも、誰か女の人と話をすることがあろうなどと思ったことはありません」(p.16)
主人公「いや、女の人と親しくしたことなんかまるでなかったんです。なにしろぼくは一人っきりで・・・。ぼくには女の人とどんな話をすればいいかもわからないんですよ」(p.17)
主人公「とにかく嘘じゃありません、女性は一人も、それこそ一人も、ぜんぜん知らないんです!まったくつき合ったことがないんですよ!」(p.18)

読んでいて哀れになるくらい女性に免疫のない主人公です。(笑)

一応どこかで働いているらしいので、ニートではないようだけど、友達は全くいないらしい。

なにしろ私はこれでもう八年もぺテルブルクに住んでいながら、ほとんど一人の知人をつくる才覚もなかった男なのだから(p.5)

さらには、人並みはずれた妄想癖を持つ自称「空想家」である。

主人公「ああ、あなたはご存じないでしょうが、ぼくはそれこそ何度今までにそんなふうに恋をしたか知れやしません!・・・」
ナースチェンカ「というと、誰にですの?・・・」
主人公「なに相手なんかいやしません。理想の女性に、夢にあらわれる女性にですよ。ぼくは空想のなかで無数の小説を創作するんです」(p.18)

主人公「彼の空想はふたたび調子を取り戻し、刺激され、不意にまた新しい世界、新しい、魅惑的な生活が、彼の眼の前の輝かしい遠景の中にひらめく。新しい夢―新しい幸福!デリケートな、心をとろかすような毒薬がふたたび服用されたのです!おお、彼にとってわれわれの現実生活がなんでありましょう!空想のとりことなった彼の眼からすればですね、ナースチェンカ、ぼくやあなたなんかは、じつに怠惰な、のろのろとした、元気のない生活を送っているんです」(p.41)

「無数の小説を創作する」のくだりはちょっとイタすぎますね。自分を主人公にして架空の恋愛小説を創作するなんて、「ラブプラス」にはまっているオタクたちと何ら変わりがないじゃありませんか。
「彼の空想は〜」以下のくだりは、「彼」と三人称を使っているものの、主人公の自分語りです。
主人公にとっては、現実生活なんてつまらないものらしいんです。
「現実(リアル)なんてクソゲー」というやつですね、わかります。

ちなみに「ナースチェンカ」というのは一応本作のヒロインです。(というよりこの作品で名前が出てくるのなんてこの娘とメイドのマトリョーナくらいしかいないんですけどね)
主人公の妄想小説のヒロインではなく(苦笑)、一応生身の女性として登場します。

こうやって見てみると、主人公のスペックは「非モテ」「友達いない」「空想家」(笑)であることがわかります。
うん、完璧ですね。まるで絵に描いたかのように「典型的な」オタク青年ですよ。

そんなオタク青年が、ある日酔っ払いにつきまとわれていた女性を助け、その女性と親しくなります。
その少女の名前が「ナースチェンカ」。この作品のヒロインです。

ここまで読んだ時、「おいおい、電車男かよ」と思いました。中野独人さんも「白夜」を読んでいたのかもしれませんね。

ちなみにナースチェンカは十七歳。現代なら「女子高生」と言われるお年頃です。
二十六歳の青年が十七歳の少女と交際するなんて、現代なら「犯罪」と揶揄されそうなものですが、この時代には特に問題はなかったみたいです。
おおらかな時代だったんですね。

主人公はナースチェンカと出会い、生身の女性と触れ合うことで、今までの自分の妄想生活がいかに馬鹿げており、いかに現実が素晴らしいものであったかに気付きます。
現代風にいえば、「脱オタ」したわけです。

まあ、結局ナースチェンカには他に好きな人がいて、主人公はふられちゃうわけなんですけど、やっぱり三次元(現実)は、二次元(妄想)のようにうまくはいかないものですね。

ストーリーはきわめて単純で、特筆すべき部分もないのですけど、19世紀ロシアのオタク青年物語としてはそれなりに楽しめました。
もちろん19世紀のロシアに現代のような「二次元」は存在しませんが、小説という形の「二次元」は存在したし、何より妄想を生み出す想像力というものは時代を問わず存在しています。
目の前にある現実から目をそむけて、妄想の世界に逃避するという行為は、いつの時代でもどこの国でも共通した行いなのかもしれません。

そう考えると、オタクなんてものは現代社会特有のものではなく、似たようなものは時代や地域を超えて普遍的に存在するものと言えるかもしれません。
現実には存在しないものを想像し、その想像で心を満たす行為はおそらく人間にしかできないものでしょう。
そういう意味で、妄想の世界を生きるオタクとは、最も人間らしく進化した人々といえるのかもしれません。
(きれいにまとまったかな?)

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