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(写真)内容には全く関係ないけど、韓国慶州(キョンジュ)の仏国寺(プルグクサ)にある多宝塔。韓国の10ウォン硬貨に描かれているやつですね。日本でいえば平等院鳳凰堂みたいな扱いなのか?(十円硬貨なので)
どうも、西です。
最近運動不足のせいか、少し体を動かしただけで疲れてしまいます。
困ったものですね。
ところで、今一人で就寝前の晩酌をしているのですが、こういう時には何故だかとりとめもないことを書きたくなります。
あれはちょうど一年前、私が韓国にいた時のことです。
韓国にいた時の私は、(韓国生活自体はとても楽しかったのですが)些細なことでもすぐイライラする沸点の低い人間でした。
その理由はカルシウム不足・・・とかそういう問題じゃなくて、意思疎通がうまくいかないことからくるもどかしさのためだったと思います。
いくら韓国語を勉強して韓国人のようにしゃべろうとしても、日本語の中で産湯をつかい、日本語を空気のように吸いながら生きてきた人間ですので、なかなか日本人の癖から抜けられないのです。
韓国語を空気のように吸って生きてきた韓国人たちのようにはとてもじゃないけど流暢に話せないのです。
韓国に行って一カ月ほど経った頃でしたでしょうか。
人の数え方と動物の数え方の違いを習いました。
日本語では、人は「人(にん)」もしくは「名(めい)」、動物は「匹(ひき)」もしくは「頭(とう)」で数えますね。
韓国語でも同じように人は「명(ミョン)」、動物は「마리(マリ)」と数えるのです。
それを習って少ししたころ、4、5歳くらいの子供を見ました。
その子は犬を見て、「ねえお母さん!あそこに犬が2ミョンもいるよ!」と叫びました。
するとその子のそばにいたお母さんが、「犬はミョンじゃなくて、マリでしょ」とたしなめていました。
それを見て私は、「ああ、私の韓国語能力はこの子と同じレベルなのだな」と思いました。
でも今は同じくらいのレベルでも、その子は私より確実に韓国語がうまくなっていくでしょう。
語学は年齢が若いほど上達も早いものだからです。
結局外国語というのは、いくらやってみても流暢さ、イントネーションの正確さ、単語の引き出しの数、リスニング能力などではネイティブに決してかないません。
外国人はどこまでいっても外国人なのであり、一生かけてもネイティブ並みに自由に言葉を使いこなすのは至難のわざなのです。
これではほとんど言語障害のようなものです。
伝えたい内容があるのに、適切な表現がわからず、うまく伝えられなかった時にはとても悔しい思いをしました。
自分が一人の人間として認められていないようなそんな気持ちがしました。
しかし、植民地期の朝鮮では大部分の人がそのような経験を味わっていたのです。
自分たちが今まで当たり前のように使っていた朝鮮語が、ある日突然非公式の言語に変わったのです。
日本語ができなければ教育もろくに受けられず、いい就職口も見当たらないそういう時代に彼らは生きていたのです。
かつて聴覚障害者が手話を捨てて口話を学ばされたように、朝鮮人も日本語を学ばされたのです。
まだ若い人たちはどうにかなるでしょう。
うまく日本語を身につけてその時代の中をうまくわたりきった人たちもいたでしょう。
でも新たに外国語を習得するのが難しい年齢の人たちにとって、自分たちの言葉を奪われた気持ちはいかほどのものだったでしょうか。
社会の中でそれなりの地位を得ていた年配の人たちが、ある日を境に急に言語障害者のような地位に貶められたとしたら、彼らの怨みは相当なものがあったでしょう。
たとえば逆の場合を想定してみるといいでしょう。
もしある日を境に、日本の公用語が韓国語となり、韓国語ができなければ教育も受けられず、就職もできない時代が来たら・・・。
日本語は日本人同士が話す時にしか使われず、日本語を話すだけで不審者扱いされるような日が来るとしたら・・・。
それは日本語の中だけで暮らしてきた大部分の日本人にとって耐えられない苦しみの日々になるだろうと思います。
植民地が恩恵だったと能天気なことをおっしゃる植民地近代化論者の方々には、言葉を失う苦しみについてもう少し真剣に考えていただければと思います。
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