ハニワ堂古書店

店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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<写真1枚目>ベトナム料理の定番、フォー(pho)。香草をたっぷりのせたフォーを食べながらタイガービールを飲むと、「ベトナムに来たなあ」としみじみ感じる。
<写真2枚目>pho24。フォー専門のチェーン店らしい。
<写真3枚目>闇の中を疾駆するバイクの群れ。ライトの明るさのせいでまるで光の川のように見える。
<写真4枚目>宵闇に浮かぶ玉山祠の門。
<写真5枚目>ホテルのテレビで見た韓国ドラマ。やっぱりベトナムでも韓国ドラマは人気らしい。ちなみにホテルのテレビも韓国製だった。
<写真6枚目>「日本生活の案内」・・・ベトナム人に日本の生活を紹介した本らしいのですが、何じゃこりゃ!表紙からしていきなりミスリードしてるのですけど。


どうにかホテルにたどり着き、予約していた旨を話すと、部屋のカギを渡された。
501号室。5階の部屋だ。
5階までは階段で登らなければならなかった。20kg程度の荷物を持ちながら5階まで上がるのは結構な重労働であり、体から汗がふきでるのを感じた。

ホテルでシャワーを浴びて小休止すると、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
夕食を食べにまた外に出た。
外に出る前にホテルのフロントの青年が、「パスポートを出してくれ」と言うので、「滞在中パスポートをホテルで保管するのかな?」と思っていたが、パソコンにパスポート情報を打ち込んだら返してくれた。
以前にハノイで滞在した時は宿に滞在している間中パスポートを預けておかなければならなかったのに比べると、ずいぶんゆるくなったものである。

夕食を食べに外に出た。
やっぱりバイクの数はおびただしかった。ひっきりなしにクラクションを鳴らしながら疾走するバイクの群れは、夕暮れの空の下で巨大な光の洪水のように見えた。
その光の群れの中をどうにかして歩きわたるとホアンキエム湖にたどりついた。
7年前に私がハノイに滞在していたとき、何度も来た湖である。

肌にまとわりつくような生温かい風は7年前と変わらないが、あの時は3月、今は8月である。暑さの質が違う。
体から汗が吹き出すような感触を抱えながら、いい加減空腹に耐え切れなくなってPho24という小ぎれいな店に入った。
小汚くて安いクアンコム・ビンザン(平民食堂)を避けてあえて小ぎれいなチェーン店に入ったのは、明日のモスクワ行きを考慮しての事だ。ここで体調を崩してはならない。

Pho24には外国人の客が多かった。より正確に言えば私を含めて外国人の客しか見かけなかった。地元のベトナム人はフォーのような庶民料理を食べにわざわざ高い店に入らないためであろうか。
フォーとタイガービールを頼んだら9万ドンくらいだった。なるほど、この値段じゃわざわざベトナム人が来ないわけだと思った。
食事を終えてお勘定をしようと思ったところで突然店の電気が全て消えた。停電だろうか。
店員はいつものことで慣れているのか、誰も驚かずにのんびりおしゃべりしている。5分ほどで電気が復旧したので、お勘定を済ませて店を出た。
店を出てしばらく考えた。最近日本では「停電が起こるかもしれない」という不安が広がり、一度も停電が起こっていないのに(計画停電はあったが)人心は動揺している。
それに比べてベトナムはどうだろう。
日常的に停電が起こっても人々は「またか」というぐらいで誰も動揺していない。
日本とベトナム、余裕のある国は一体どちらなのだろうか?

ホアンキエム湖の南東にあるチャンティエンプラザ(国営百貨店らしい。今は何故か閉鎖中)の隣にタンロン書店がある。越日辞典を買おうと思い立ち寄って見たのだが、いい辞典が見当たらない。
その代わり韓国語辞典が以前に比べてずいぶん充実していた。隣にいた二人の若い男性客たちも韓国語辞典を手にとって何やら話していた。今ベトナムでは韓国語学習熱が高まっているらしい。

日本語学習コーナーも覗いて見たところ、思いがけないものを見つけた。
写真を見ていただければわかるのだが、本のタイトルは「日本の生活案内」なのに、表紙の写真は韓国なのである。
これは一体何なのか?著者は日本と韓国の区別がつかなかったのか?それともツッコミを期待してあえてボケをかまして見たのだろうか?
何にせよベトナミーズ・ジョークは難しすぎる。

結局辞書は買わずにベトナムの地図帳だけを買って店を出た。
その後ホテルに戻ったところ、ベトナムに長期滞在中の知人がフロントで私を待っていてくれていた。
私たちは再会を喜び合い、その人のおすすめの喫茶店でお茶を飲みながら色々と語り合った。
その会話のなかで特に印象的だったのは「最近ベトナム人がどんどん韓国人化しつつある」ということだ。
ベトナムでは今韓国ドラマが人気で、若者たちは韓国のファッションを真似し、(これは多分冗談だろうが)走り方まで韓国人に似てきたという。
私も今回ベトナムに来て同じ事を感じていたので、その説に共感した。

ベトナム人にとって学ぶべき対象としてのアジアの先進国が、日本から韓国にシフトしつつあるのかもしれない。

私は以前から韓国(北朝鮮を含む)とベトナムは似ていると思っていた。中国という超大国の圧力を常に受けながらも中国文化を取り入れつつ独立を守ってきたという歴史的経緯を共有している。そのために両国は心情的に近いものを持っており、韓国文化を愛好するベトナム人が増えているのもそのような歴史的経緯によるものではないだろうか。

そんなこんなで楽しい歓談のひとときは過ぎ去り、次回は字喃(チュノム。前近代においてベトナム語を表記するため漢字をもとにして作ったベトナムの国字)を教えてもらうという約束をして別れた。
私は宿に戻ってフロントにモーニングコールを頼むと、そのまま寝てしまった。

(続く)

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<写真1枚目>ハノイ旧市街。狭い路地にバイクがひしめいている
<写真2枚目>ノイバイ国際空港
<写真3枚目>ノイバイ空港からハノイ市内を結ぶ路線バス。写真に写っているのは結構きれいなほう。実際にはもっと汚いのも多い。
<写真4枚目>旧市街を疾走するバイクの群れ。どうやってこのバイクたちをかわしながら道を渡ろうか?
<写真5枚目>ハノイの顔、ホアンキエム湖。湖中の小島には「亀の塔」と呼ばれる塔がそびえている。

ロシアに行く前に乗り換えでベトナムのハノイに一泊しました。
その時の旅行記を書いていたので、ここでアップしたいと思います。


パパーン、ギュウウゥーン、ブッブー。
肌にまとわりつくような暑さの中、クラクションをけたたましく鳴り響かせながら、バイクの列は流れるように街角を走り抜ける。
このバイクの波の間を、重たい荷物を抱えた旅行者が、えっちらおっちらと慣れない足どりでホテルを目指していた。
この旅行者がベトナムに到着したばかりの私である。
今、私はベトナム社会主義共和国の首都ハノイにいる。
ハノイには前に一度来たことがあるので、今回は二度目の旅行となる。
ただし二度目とはいっても一度目の旅行はもう7年も前になるのだから、実質上初めてみたいなものだ。
こんなにハノイにはバイクが多かったか?と場違いな疑問を抱きながら、命からがらホテルにたどりついた。

話を数時間前にさかのぼらせてみよう。
5時間近くのフライトを耐えて、ベトナムにようやく入国した私を待っていたのは、ベトナム人の「(タクシーに)乗らないか」攻勢だった。
それまで飛行機の窓からベトナムをながめて、「土が赤いな」とか「土だけじゃなく、家の屋根も赤いな」とか「空港の北側には結構大きな山があるのだな」とか「ハノイ周辺は湖沼が多くて湿地帯みたいだな」とか「ノイバイ空港は大きく、立派になったな」とか考えて旅情やら回顧にふけっていた私の頭を、タクシー運転手たちは見事現実に引き戻してくれた。

そうなのだ。空港にたどりついて旅は終わるのじゃない。そこからが始まりなのだ。
ベトナム語はおろか英語すらろくに話せない状態で、どうにか宿までたどり着き、無事に食事にありつかなければならないのだ。
韓国のような言葉の通じる外国(あくまでも私にとってだが)に慣れきっていた私にとっては久々のサバイバル体験である。
やってやるぞという挑戦心と、どうしようという不安をともに抱えたまま、私のホテル行き作戦は始まった。

タクシーの兄ちゃんたちの「乗らないか」攻勢をかわしつつ、案内カウンターに出かけると、「ハノイ市街に行きたいのか?」とそこで待っていた兄ちゃんに言われ、バスに乗せてやるからついて来いと言われた。
その兄ちゃんについていくと、空港の外に車が待っていて、それに乗せられた。
車の中には運転手らしき人ともう一人若い兄ちゃんが座っていて、私に金を払えという。
料金は2ドル(3ドルと言っている人もいた)で、二十分後に出発するという。
ははあ、これがエアポートバスなのだな、と思ったものの、一抹の不安が私の頭の中をよぎった。
もしこの車が本当のエアポートバスでなかったならどうしようか?
もしどこか見知らぬところに連れて行かれて身ぐるみはがされたらどうしよう?
車内で現地人に囲まれた状態で金を出せと脅されたら、抵抗しきれないだろう。

そう思った私は、十中八九大丈夫だろうとは思いつつも、この車に乗って市内に行くのをやめた。
おそらく彼らは悪い人ではないのだろうが、現地語をろくに解さず、現地事情にも疎い私には、その判断ができない。
判断のつかないものに自分の運命を預けたくはないので、結局車を降りて、別のルートを探すことにした。

空港の出発ターミナル(2階)を出るとハノイ市内までの路線バスがあると聞いていた。
路線バスなら運転手たちに脅されることも、ぼったくられる心配もないと思ったので、路線バスに乗ってみたいと思った。
実際に出発ターミナルを出てみると、出発ターミナル前にバスやタクシーで乗りつけるための高架道があった。
その道を左に降りていくと、そこに2台のバスがとまっていた。7番バスと17番バスだ。
17番バスはロンビエンバスターミナルまで行くという。
ロンビエンバスターミナルは私が行こうとしている旧市街のホテルに近い。
そういうわけで17番バスに乗り込んだ。
バスに乗り込むと、中年のおじさんと若い兄ちゃんがこちらをやけに見ていた。何か思うところがあったのだろうか。
バスに乗り込んだものの、どうやってお金を払うのかわからず、キョロキョロしていたら、どこかから車掌のようなおじさんが現れて5000ドンを請求してきた。(1円=200ドン程度。つまり5000ドンは25円程度。エアポートバスに比べると破格の安さである)

私が7年前にハノイのホアンキエム湖からノイバイまで行った時はバス代2500ドンだった。運賃は倍に値上がりしたわけだが、ドンの価値も下落したため、旅行者にとっての負担は大して変わっていない。

7年前に私がハノイでバスを乗り回していた頃、バスといえば韓国製のHYNDAI車だった。韓国で使われていたバスのおさがりをそのまま使っていたようで、車体に韓国語の表記がそのまま残っていたものだ。
今見るバスはベトナム語の表記しかなく、かつてのように韓国のおさがりをそのまま使っているわけではないように見えたのだが、実際に乗り込んでみると、「HYUNDAI」と書かれてあり、やはり韓国製であった。
車体は相当古く、窓ガラスは一度も拭かれていないかのように真っ白く濁っていた。

バスは東側に大きく迂回してチュンズオン橋を渡ってハノイ市街に入り、ロンビエンバスターミナルで停車した。
ターミナルで下車すると、そこに待機していたベトナム人たちが「ライライライ」と言いながら私たちに手招きをした。タクシー(もしくはバイクタクシーか)に乗れということだろう。

ターミナルでバスを降りてホテルに向かう道中、あまりのバイクの多さに絶句した。
ハノイにバイクが多いのなんて、郵便ポストが赤いというくらい自明のことだったのに、それでも驚いた。
私の記憶が正しければ、7年前よりバイクの数が多くなっている。
7年前にも大通りはバイクだらけだったが、旧市街の小道にまでバイクが殺到してくることはなかった。たまにやって来るバイクをかわしさえすれば悠然と旧市街散策を楽しめたものである。

それが今はどうだろう。
小道は歩道と車道の区別が無いだけに大通りより危険なエリアになってしまっている。狭い道の上に物売りと歩行者とバイクが所せましと押し合いへし合いしているような状況である。
ぼんやりしていてはいつ事故が起こってもおかしくない。

ハノイは7年前よりも外国語の表示が増え、豊かで華やかになった反面、カオス度は上がったような気がする。
これがこの数年間のベトナム経済躍進の結果なのだろう。

(続く)

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