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以前に権力の分立傾向と言う点で、日本の中世と西洋の中世に共通点があるということを述べた。
それでは逆に、この二つの社会の決定的相違点はどこにあったかについて考えてみたい。
決定的相違点はおそらくいくつもあるのだろうが、私はその一つに宗教のあり方があったと思う。
西洋中世も日本中世もともに権力分立による無秩序が横行した時代であり、その社会不安を穴埋めするかのように宗教が力をふるった。これは日欧ともに共通している。
しかし、西洋がローマカトリックのみを正統とし、それ以外の教説を異端として徹底的に弾圧したのに比べると、日本の場合はそれほど明確な対立軸が無かったように見える。
西洋の場合、ローマ教皇を頂点とするピラミッド型のヒエラルキーが存在し、ローマカトリック以外の教会の存在が認められなかった。
ある意味でいえば「西洋(ここではヨーロッパから東方正教会圏を除いた地域)」という地域自体ローマカトリックによって作られたようなものであり、その地域内でカトリック以外の存在が認められないのもしごく当然であったといえようか。
これに対し日本の状況は全く異なる。
日本の場合、宗教としては仏教と神道が存在し、中世においてはその両者の融合が進んでいた。
さらに仏教においても様々な宗派が併存しており、西洋のようなただカトリックのみという状況とは大きく異なっていた。
そのため、「正統と異端」という西洋中世を象徴するキーワードを日本中世に適用することはかなり難しい。
比叡山はバチカンほど絶対的な宗教的権力を持っていたわけではないため、「正統」と呼ぶにはおこがましい。
また日本では鎌倉時代に様々な宗派が登場したものの、西洋の異端審問ほど厳しい弾圧を受けず社会に定着したため、「異端」と呼ぶのは言い過ぎかと思う。異端と呼ぶにふさわしいほどの宗派は「真言立川流」くらいしか思い浮かばない。
そのため日本中世史の立場から見ると西洋中世の異端審問の厳しさがなかなか理解できない。
日本には宗教改革で火刑に処されたヤン・フスをはじめとして、教会を通さず神の声を直接聞いたという事で殺されたジャンヌ・ダルクや地動説の正しさを主張して殺されたジョルダーノ・ブルーノのような異端迫害史が存在しない。
唯一挙げうるものとしては、切支丹迫害くらいのものだが、あれは世俗権力によるキリスト教迫害であって、正統的宗教権力による異端迫害とは異なる。
日本の切支丹迫害は、西洋中世の異端審問よりむしろローマ帝国のキリスト教弾圧の方に近いだろう。
日本中世には西洋中世のカトリックに当たるほどの絶対的な正統宗派が存在しなかった。
それゆえに鎌倉新仏教の登場が、西洋の宗教改革ほど根本的な社会的インパクトにはならなかったのである。
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