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「キャンディ・キャンディ」という漫画がある。
その漫画のアニメのOP曲の中に「おてんばいたずら大好き、かけっこスキップ大好き」という一節がある。
この一節を聞いたときに、「おてんば」というのが一昔前の少女漫画を語るキーワードだなあと思った。
私は1970年代から1990年代までの少女漫画に関してはわりかし読んでいる人なので、「おてんば」というのをキーワードにして、一昔前の少女漫画について思うところを少し語ってみたい。
「おてんば」という言葉は今ではほとんど死語になりつつあるが、かつての少女漫画の中では実によく見かけた用語である。
「おてんば」という言葉を聞いて私がいつも思い浮かぶのは、「ポーの一族」の「メリーベルと銀のばら」という話でオズワルドとメリーベルが出会うシーン。
メリーベルがスカートの裾をつまんで裸足で水たまりを渡ろうとしているのを見てオズワルドが「わっ、おてんば!」と思うシーンなのですが、マニアックすぎますかね。今手元に単行本が無いのでそのシーンをお見せできないのが残念です。
メリーベルといえば病弱な美少女という印象が強いので、萩尾望都先生は意図的にあのシーンを描くことでバンパネラになる前のメリーベルの幸せそうな姿を描きたかったのではないかと勝手に想像してみたり。
「ポーの一族」より兄エドガーと妹メリーベル。メリーベルはこんな風に病弱な薄幸の少女という設定である。エドガーはメリーベルの病弱さと不幸を自分のせいだと思ってこんな事を言っている。そのたびにメリーベルは否定しなければならないのだから、エドガーって結構めんどくさい奴だよね。 まあ「ポーの一族」の話をしだすと長くなるので、本題に戻りましょう。
少女漫画における「おてんば」という言葉には二つの意味があると思います。
女性の目から見れば活発で快活というプラスのイメージ。
それに対して男性から見れば、「女の子らしくない」というマイナスのイメージ。
この二つのイメージの間で悩まざるを得なかったのが、一昔前の少女漫画を読んでいた女性読者たちの状況だと思う。
教育の場では男女同権を教えられながらも実際の社会では男性に従属させられるという矛盾した状況に置かれていた当時の少女たちにとって、「おてんば」というのは馴染み深い言葉だったのではないかと思う。
少女漫画の主人公たちは大抵おてんばである。
それは主人公が活発に動き回らないと話が進展しないためでもあろうが、それ以上に主人公に「女の子らしくない」という(男性の目から見た)負の属性を付加することで、読者の共感を得るためだと思う。
逆におてんばではなく、(男性の目から見て)いわゆる「女の子らしい」主人公は女性から見れば「ぶりっ子」に見えて反発を買いやすいだろう。
(とはいえ、そのいわゆる「女の子らしさ」が「内気」とか「引っ込み思案」のようにマイナスの側面を持っていれば共感を得ることもあるとは思うが)
おてんばに限らず、少女漫画の主人公たちは必ずどこかしら(主に男性にとって)望ましくない負の属性を持っている。
それはたとえば料理が下手だったり、大食いだったり、胸が小さいことだったり、そばかすだったり、鼻ぺちゃだったり(キャンディかよ)することである。
どうでもいい話だが、少女漫画の主人公は9割方料理が下手である。
たとえば「こどものおもちゃ」でサナちゃんが小麦粉とふくらし粉を間違えてクッキーをオーブンの中で爆発させてしまうシーンなどはその典型である(マニアックな例だなあ)。
これは「女は料理くらいできなければ」という男性優位社会の考えに対して、あえてそのとおりにできない主人公を描くことで、女性の共感を得るためであろう。
「クッキー爆発とかありえんw」と笑いながらも、「サナちゃんも料理下手で安心したわ。私も料理苦手だから親近感わいた」と読者に思わせるために、あえて少女漫画の主人公は料理下手に描かれるのだろう。
「こどものおもちゃ」より、主人公サナ(紗南)と母ミサコ(実紗子)とサナのマネージャーのレイ君。小学生タレントの主人公が倍以上年上のマネージャーを「ヒモ」と呼んでいた斬新な設定の少女漫画。
大食いも少女漫画の主人公には多い。
これは「食べるのが大好きで太るとわかってても食べてしまう!」という女性たちの欲望を具現化したものだろう。(本当かなあ?)
「あさりちゃん」みたいにそれ自体がネタになっているのなら納得できるのだが、「ふしぎ遊戯」の美朱(みあか)みたいにシリアス展開に水を差すにもかかわらず主人公の大食いっぷりが描かれている漫画もある。どこまで大食いを強調したいんだ。
しかしどうでもいい話だが、少女漫画の主人公は大食いのわりにはそんなに太っていない。というよりやせている。異常体質だと思う。
「胸が小さい」というコンプレックスを持つ主人公は昔はそんなに多くなかった気がする。
多分1990年代以降増えた主人公の悩みだと思う。
それは多分昔は今ほど巨乳ブームではなかったことと、少女漫画において性的な描写が許されてなかったためだと思う。
90年代ころから胸が小さいことに悩み、ライバル(女)の胸の大きさに嫉妬する主人公が増えたような気がする。
「ベイビィ★LOVE」の中で主人公のせあらが胸の小ささを気にして(といってもアンタ小学生やん)、「胸って揉んでたら大きくなるかな」と自分の胸を揉んでいたシーンには驚いた。
「ベイビィ★LOVE」より、主人公の有栖川せあら。初期は裏表のある性悪ヒロインっぽかったのに、途中から純情乙女に変わってしまったのが残念。クセのあるキャラのままでいてほしかったです。ちなみに私は同じ作者の「あなたとスキャンダル」の方が好きです。初恋の王子様が実は女だったというまさかのレズ展開が神がかっていました。
いずれにせよ、少女漫画の主人公は必ず(主に男性の目から見た)負の属性を持っています。
時には不自然なくらいとってつけたようにそんな描写がなされたりします。
完璧な主人公は共感しにくいからそうなるのでしょうけど、その不自然さに少女漫画の宿命のようなものを感じてしまったりするのです。
おてんばというのがかつての少女漫画における主人公の(男性の目から見た)負の属性だったと思います。(その反面女性読者にとっては主人公のチャームポイントになる)
しかし女性の社会進出が進んで、活発な女性像がむしろ好まれるようになっていくにつれ、「おてんば」という言葉が使われなくなり、少女漫画主人公の負の属性ではなくなっていきます。
「おてんば」に代わって「元気」というのが一つの属性として少女漫画の主人公にも付与されるようになりますが、「元気」は「おてんば」と違って負の側面を持ちません。基本的にいい意味です。なので、おてんばであることはもはや少女漫画主人公の負の属性には成りえないのです。
だんだん何を言っているのかわからなくなってきたが、結論めいたことを言っておこう。
男子禁制の少女漫画世界においても、男性からの視線というものがはっきりと意識されている。
それは少女漫画が男の子との恋愛を主なテーマにしているから当然のことではあるのだが、それ以上に読者である女性たちが実生活において常に男性からの視線を意識せざるを得ない状況に置かれているためではないだろうか。
たとえば少年漫画においては、主人公の少年たちも読者の男性たちも女性からの視線をそこまで意識しているようには見えない。
少女漫画と少年漫画のこの非対称性は、実際の社会における女性と男性の置かれている立場の違いを反映しているように思えるのである。
最後に余談だが、一昔前の少女漫画の主人公たちは「私ってかわいくないし・・・」とか「太っちゃったかなあ・・・」みたいなセリフをよく言っていた。
顔の可愛さはどう見ても人並み以上だし(少女漫画は顔面偏差値が高すぎると思う)、手足はマッチ棒みたいに細いのにこんなことを言うのである。何と嫌味な。
本当に太っていて不細工な主人公が出てくる少女漫画というのを一度見てみたいものなのだが、いまだにお目にかかったことがない。
世の女性たちはブスでデブな主人公が素敵な男の子たちにチヤホヤされる構図を見たくないのだろうか?(男性向けならブサ面男主人公がかわいい娘にチヤホヤされるドリーム物はたくさんあるのに)
いくら少女漫画の主人公には(主に男性の目から見た)負の属性が与えられると言っても、容姿に関してだけは人並み以上が求められるようだ。
だとしたら少女漫画の世界というのはシビアなもんだなあと男性である私は思ってしまうのである。
小花美穂の「あるようでない男」。主人公ではないものの、男主人公とくっつく女性キャラとして山田さよりという不細工娘(失礼!)が登場する。作者はあとがきの中で「私ってばなんて絵的に美しくないものを描いてしまったんだ」的なことを述べていたが(うろ覚え)、個人的にはこういうヒロインがもっと増えてもいいと思う。
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2012年03月24日
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