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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
 
最近更新をさぼっていますが、今後も考えたことをちょくちょく書いていく場として、もう少しブログを続けていくつもりですので、温かい目で見守っていただけたらと思います。
 
今回は新年早々やたらに物騒なタイトルになっていますが、私が以前に体験した危険な精神状態について書いておきたいと思います。
こんなことを書くと心配される方もいらっしゃると思いますが、あくまでもこれは過去の話です。現状は落ち着いていますので、ご心配なさらぬようお願いいたします。
 
 
数ヶ月前、私はとある学会発表を前にして震えあがっていました。
どう贔屓目に考えてもうまくやりとおせる自信が無く、演壇の上で立ち往生してしまう光景しか想像できませんでした。
 
「ああ、無理だ。絶対無理だ。発表をやりとげられるはずがない」
「もう逃げられるのなら、逃げ出してしまいたい」
「今、大地震が起こったら、発表をしなくてもよくなるかな・・・」
 
こんなどうしようもない逃避願望に襲われていました。
さらに、
 
「もし、自分が事故にでも遭って大けがをすれば、逃げられるのだろうか?」とか、
「もしこのまま死んでしまったら、楽になるのだろうか?」
なんて、危険な考えまで頭をよぎったりしました。
 
今思えば、たかが学会発表一つ。
成功しようが失敗しようが何て事はない。
 
ええ、そうなんです。そんなことは悩んでいる当時だって、「頭」ではわかってたんです。
でも「心」は、「頭」とは別に、悲観的なことばかりを考えて暴走していたのです。
 
理性的で穏健な理性(頭)より、非論理的で危なっかしい情動(心)の方が力を持ってしまう瞬間というのが人生の中ではたまにあるものでしょうが、この時の私がまさにそれでした。
頭がはたらく時間には、心が不安を糧にして荒れ狂うために、じっとしていられず、夜はほとんど眠れなくなりました。こんな状況でよい学会準備などできるはずもないため、貴重な時間を空費し、心はいよいよ焦り、さらに不安にさいなまされるという負のスパイラルに陥っていました。
 
アルコールを飲んだり、寝不足で頭がぼんやりすると心の働きが弱くなるため、少し気分が楽になりました。
これは本当の解決ではなく、ただの逃避にすぎないのですけど、心の働きによる苦しみから逃げるためには一時的な効果がありました。
 
この時私は思いました。
自分を苦しめ、狂わせているのはなによりも「自分の心」なのだと。
このままでは、自分は心によって壊されてしまう、心によって殺されてしまう、と。
 
自分が相当精神的に危ない状況にいることを悟った私は、弱り切った精神状態の私を誰かに受け入れてもらいたくて、相談に乗ってくれる人に手当たり次第に電話をかけました。
「今、私は心が弱り切ってるんだ。どうか私を元気づけてほしい」と、恥も外聞も捨てて、私は泣きつきました。
そんな困り者の私を、みんなはいやな顔もせず、きちんと話を聞いて、アドバイスしてくれました。
その時、私は本当に恵まれた人間関係の中にいることに気付きました。
人の心なんてものは、私が思っていた以上にはるかに脆いもので、一人では自分の心すらきちんと保っていけないのだと知りました。
 
結局、その時は不安が頭をよぎるたびに誰かに相談して発散し、心をうまく落ち着かせることで学会準備に集中し、どうにか学会発表を乗り切りました。
そのようにしてこの危険な精神状態を脱することができたのですが、この経験は私にいくつかの教訓を残しました。
 
一つ目は、「私は自分が思っていたよりもはるかに精神的に弱い人間なのだ」ということ。
もう一つ目は、「心は強い不安や恐怖に襲われた時に理性以上の影響力を持つ事があるが、そんな心に自分の身を任せてはいけない」ということ。
 
今は危機的な状況を脱し、精神状態はすこぶる落ち着いていますが、また同じような緊張状態を強いられた時に、また似たような危機が訪れないとはいえない。
だから私はその時のことを、こういう形で記録しておこうと思ったのです。もう一度同じような事態が起こっても、既に体験済みのことならば、昔の経験を思い出して切りぬけることができるだろうから。
 
それにしても、この経験をとおして私が一番強く感じたのは、心が自分を苦しめるようになったら、それは果ての無い無間地獄なのだということでした。
心というのは人間ならば常に持っているものです。
どんな人間であっても自分の心から離れることはできません。
 
だからその心が自分を苦しめるようになったなら、その責め苦に逃げ場はありません。
お風呂に入っていても、ご飯を食べていても、テレビを見ていても、心が働き続けるかぎり、延々と苦しめられることになるのだから。
人によってはきっと夢の中でも苦しめられるでしょう。
これは24時間365日、片時も休むことを許されずに拷問が続くようなものです。
どんな地獄の責め苦よりもつらいものではないでしょうか?
 
うつ病というのもこういうものなのでしょうか?
 
どこで何をしていても、延々と自分の心が自分を責め続ける感覚。
心によって殺されつつあるような感覚。
うつ病というのもこんなものなのでしょうか?
 
心を病んだ人々がアルコールやドラッグに溺れていくというのも、わかるような気がしました。
アルコールやドラッグで心の働きを麻痺させることが、心による責め苦を軽減させる一番手軽な方法だからです。
 
私の場合、不安の種は学会発表で失敗するのではないかという思いこみでした。
非常にはっきりした不安です。
こういうものはその不安の要因が取り除かれさえすれば、症状はおさまるものです。
 
しかし、もっと漠然とした正体不明の不安に冒された人たちは深刻でしょう。
不安の根がどこにあるのか誰にもわからないため、いつまでも心による責め苦は終わらないのですから。
きっと心による苦しみに疲れ果てて、自ら命を絶つことでその苦しみから逃れた人たちも多かったと思います。
日本における自殺者三万人(年間)の中には、そういう人たちがかなり多く含まれているのだと思います。
 
自分を一番苦しめるのは自分の心で、心が自分を苦しめるようになったならどこにも逃げ場はなくなるのだと、自分はこの年になって初めて気付きました。
 
自分自身の心の健康に気遣いながらも、他人の心にも多少は気遣えるようになりたいというのが、今年の目標であります。

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