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つい先日、コーヒーでも飲もうと思ってマクドナルドに入った。
そしたら「60秒キャンペーン」なるものをやっていた。
なんでも、「注文を受けてから60秒で商品を渡せなかったら、ハンバーガーの無料券をプレゼント」という企画らしい。
驚いたことに、私がコーヒーを頼んだら、店員さんが砂時計をひっくり返して時間を測り始めた。
この砂時計の砂が全て落ちる前に商品を渡さなければならないらしい。
私が頼んだのはコーヒーだけだから時間的には余裕なのだろうが、ハンバーガーとポテトと飲み物を頼むお客にも同じように60秒で提供しなければいけないらしい。
とてつもない苦労だ。
しかもその60秒以内の商品受け渡しを注文がくるたびに延々とやり続けなければいけないのだ。
店員はいつトイレに行くのだろう?
店員がハツカネズミみたいに急いで、レジを打って、お金の受け渡しをして、商品を渡す動作を眺めていたら、こっちまで苦しくなってきた。
店員が60秒という時間制限に縛られてせかせか働いているというのに、ゆっくりコーヒーなんか飲んでられない。
こちとらそこまで神経は図太くない。
なので、コーヒーをもらったら、逃げるようにマクドナルドを去った。
コーヒーを飲んで歩きながら考えた。
60秒キャンペーンとは何ぞや?
マクドナルドに来る客は60秒も待てないほど忙しい連中なのか?
できるかぎり早く買い物をしたいという消費者心理はわかるが、60秒というのはあまりにも早すぎるし、わざわざ砂時計を使って時間を測る徹底ぶりは常軌を逸している。
見ているこっちの胃が痛くなりそうだ。
私はどんなに客が待っていようが堂々と休憩をとるロシア人の姿を知っているから、日本の「お客様を待たせてはいけない」という精神が少し行きすぎに見える。
サービスの向上を目指すこと自体は悪くないと思うが、その結果店員に過剰な負荷がかかるのはいかがなものだろうか?
日本社会というのはサービス精神が旺盛すぎて、サービスする側が疲れ果ててしまい、結果的に住みにくさが増大しているような側面があると思う。
安全・安心・快適の裏で、働く人たちの負担がどんどん大きくなり続けているような気がする。
もっと手を抜いたらいけないものなのだろうか?
外国人が日本を旅行すると、その安全さや快適さに驚嘆して、日本をほめたたえることが多い。
しかし、その一方で日本人たちがちっとも幸せそうな顔をしていないことに驚くのもよくあることだ。
「日本人はこんなに安全で快適な国に暮らせて世界で最も幸せな人たちだと思うのに、何故少しも幸せそうじゃないんだろう?何故自殺する人がこんなに多いんだろう?」
と不思議がる外国人は多い。
それはその安全さや快適さを維持するために働く人達の負担が大きすぎるためだろうと思う。
そのような労働に伴う負担が大きすぎるため、労働市場に入りたくないという、いわゆる「フリーター・ニート」の問題も起こるのだと思う。
フリーターやニートが増えるのは、若い人たちが、際限なく負担をかけ続けてくる今の労働のあり方に対して疑問を抱いている証拠だろう。
もちろん本当に働きたいけど働く場所が無いという人もいるとは思うが、明確に今の労働のあり方に「NO!」を突きつけている人もいる。
日本社会は「労働」というもののためにどこまで日本人を苦しめ続けるのか?
そして日本人はいつまでそういう社会のあり方に対して従順で居続けるのだろうか?
マクドナルドの60秒キャンペーンを見て、ふとそんなことを感じた。
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