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「韓国は反日の国」という俗説が日本ではまことしやかに広まっています。
まあ韓国には日本を批判する言説がたくさんありますので、反日の国であることを否定しようとは思いません。
しかし韓国における「反日」がどのような性格を持ったものであるのかを知らないと、「韓国は反日の国である」という言説だけが一人歩きして、それこそ「朝鮮人が井戸に毒をまいた」式のデマを生み出す危険性があります。
「韓国は反日の国である」イコール「韓国人は日本人を嫌っている」というわけではありません。
私は今までに百人以上の韓国人に会っていますが、「日本人だから」という理由でひどい目にあったことはありません。
むしろ大多数の韓国人は「わざわざ遠くからよく来た」、「自分の親戚も日本に住んでいる」などと言って歓迎してくれました。
韓国人の「反日」感情の大部分は、「日本はかつて韓国を植民地にした」という過去の事実に対するものであり、いまだにその問題に対する明確な謝罪をしない日本政府に対する不信感にもとづくものです。
日本に対して復讐しようとか、日本人に対する民族的嫌悪感によるものではありません。
その点をしっかり理解しておかないと、単なる歴史問題をめぐる感情のもつれが、日韓両民族の人種的対立にまで発展してしまう危険性があります。
決して2chのようないかがわしいメディアを根拠にして、韓国・朝鮮人に対する民族的偏見を持ってはならないのです。
先日、韓国の学生達と一緒に酒を飲んだのですが、その席で酒に酔った勢いで、「日韓の歴史問題についてどう思うか?」と非常にセンシティブな問題について尋ねてみました。
相手は歴史を勉強している大学院生だけあって実に明確な答えをしてくれました。
その人によれば、「私たちは日本人個人を嫌いなわけじゃない。ただ、日本政府に謝罪してほしいだけなのだ。日本政府がはっきりと心から謝罪してくれたなら、私達韓国人の日本政府に対する不信感は解けるだろう」ということでした。
この言葉を聞いて、私はようやく韓国人が何故日本政府に謝罪を求めるのかがわかった気がしました。
それはどこまでも感情の問題であり、喩えるならば「被害者遺族の心情」にきわめてよく似た問題なのです。
例え話をしてみましょう。
高橋家の息子さんがドライブをしていたところ、突然わき道から飛び出してきた娘さんをはねてしまいました。
娘さんは病院に運ばれましたが、意識が戻ることはなくそのまま亡くなってしまいました。
その娘さんの家(仮に佐藤さんとしましょう)ではたった一人の娘を亡くしたということで悲しみにくれていました。
交通事故の加害者である息子の両親(高橋さん)は佐藤家にかけつけて、「うちの息子が大変なことをしでかしてしまい、申し訳ない」と謝罪して、多額のお金を渡しました。
その後佐藤家の人々は、高橋家の両親の援助もあって、悲しみから立ち直り、今は普通に暮らしています。
しかし、佐藤家の人々がどうしても許せないのは、「事故を起こした息子本人がまだ謝罪しに来ていない」ことです。
「もし本当に悪かったと思うのなら、息子さん本人が一度謝りに来てほしい。そうしないと娘が浮かばれないし、私たちの高橋家に対する不信感は消えない。私たちとの信頼関係を築いていくつもりが本当にあるのなら、息子さん自身の謝罪が必要だ」
と佐藤家の人々は言っているそうです。
こういうことって、実際にありますよね。
いくら金銭的な補償を受けることができても、いくら加害者が重罪に処せられたとしても、加害者自身の謝罪の言葉が無い限り、被害者遺族の心情は晴れないという問題です。
おわかりのとおり、高橋家は日本、佐藤家は韓国です。
高橋家の息子が日本政府だとするなら、佐藤家の娘は大韓帝国です。
高橋家の息子(=日本政府)は佐藤家の娘(=大韓帝国。別の言い方をすれば「独立国としての朝鮮」)の命を奪っていながら、それに対する謝罪をしていないことが、佐藤家の遺族(=韓国人)にとっては許せないのです。
いくら高橋家の両親(=一部の日本人)が謝罪にかけつけたとしても、息子本人(=日本政府自身)の謝罪が無ければ、高橋家(=日本)に対する不信感は消えないのです。
これは法的な問題ではありません。
日本政府が朝鮮を併合した時には条約にもとづいて行なったのだから合法だった、とかいう問題ではないのです。
ましてや、日韓基本条約のときに賠償金を支払ったのだから帳消しだ、などという問題でもないのです。
そういう法的な問題では解決できない、どこまでも感情の問題なのです。
感情の問題だから軽視していい、というものではありません。
感情の問題だからこそより一層こじれやすく、より一層慎重に扱わなければいけないのです。
もし高橋家の家族が「賠償金は払ったんだからもう帳消しだろ」とか「佐藤家の娘が飛び出してきたから悪いんだ」とか「賠償金でむしろ儲かったんだから事故にあって良かったな」とか「他のやつらは事故を起こしても謝ってないのに、何でうちだけが謝らなければならないんだ」とか言ったら、被害者遺族の感情を余計に逆撫ですることになるでしょう。
日韓関係もこれと同じです。
相手との信頼関係を築いていくつもりなら、相手を傷つけたときには謝罪する必要があるでしょう。
謝罪することは決して自分自身を貶めることではありません。むしろ、自分自身の行動に対して責任をとることができる成熟した大人であることを示すものです。
個人間の問題に関しては異常なほどによく謝る日本人が、国家間の問題になると何故謝れないのかが不思議です。
まあもちろん1995年の村山談話という形で、日本の首相(当時は村山富市)が謝罪の意を表明したことはありますが、不徹底ですよね。
韓国人どころか日本人でもほとんどの人が知りません。
相手に聞こえないところで謝罪をしてもあまり効果は無いと思いますね。
私の知り合いのオーストリア人が、「日本もドイツ並みの謝罪をすれば、日韓のわだかまりは解けるだろう」と言っていました。
ヒトラーを生んだオーストリアの人が言った言葉だけに、その言葉に重みを感じました。
さて、この問題に関してご意見・ご批判など有る方はコメント欄に書き込んで下さいまし。
議論してみたいテーマですので。
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