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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

つれづれ旅日記

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<写真1枚目>ハノイ旧市街。狭い路地にバイクがひしめいている
<写真2枚目>ノイバイ国際空港
<写真3枚目>ノイバイ空港からハノイ市内を結ぶ路線バス。写真に写っているのは結構きれいなほう。実際にはもっと汚いのも多い。
<写真4枚目>旧市街を疾走するバイクの群れ。どうやってこのバイクたちをかわしながら道を渡ろうか?
<写真5枚目>ハノイの顔、ホアンキエム湖。湖中の小島には「亀の塔」と呼ばれる塔がそびえている。

ロシアに行く前に乗り換えでベトナムのハノイに一泊しました。
その時の旅行記を書いていたので、ここでアップしたいと思います。


パパーン、ギュウウゥーン、ブッブー。
肌にまとわりつくような暑さの中、クラクションをけたたましく鳴り響かせながら、バイクの列は流れるように街角を走り抜ける。
このバイクの波の間を、重たい荷物を抱えた旅行者が、えっちらおっちらと慣れない足どりでホテルを目指していた。
この旅行者がベトナムに到着したばかりの私である。
今、私はベトナム社会主義共和国の首都ハノイにいる。
ハノイには前に一度来たことがあるので、今回は二度目の旅行となる。
ただし二度目とはいっても一度目の旅行はもう7年も前になるのだから、実質上初めてみたいなものだ。
こんなにハノイにはバイクが多かったか?と場違いな疑問を抱きながら、命からがらホテルにたどりついた。

話を数時間前にさかのぼらせてみよう。
5時間近くのフライトを耐えて、ベトナムにようやく入国した私を待っていたのは、ベトナム人の「(タクシーに)乗らないか」攻勢だった。
それまで飛行機の窓からベトナムをながめて、「土が赤いな」とか「土だけじゃなく、家の屋根も赤いな」とか「空港の北側には結構大きな山があるのだな」とか「ハノイ周辺は湖沼が多くて湿地帯みたいだな」とか「ノイバイ空港は大きく、立派になったな」とか考えて旅情やら回顧にふけっていた私の頭を、タクシー運転手たちは見事現実に引き戻してくれた。

そうなのだ。空港にたどりついて旅は終わるのじゃない。そこからが始まりなのだ。
ベトナム語はおろか英語すらろくに話せない状態で、どうにか宿までたどり着き、無事に食事にありつかなければならないのだ。
韓国のような言葉の通じる外国(あくまでも私にとってだが)に慣れきっていた私にとっては久々のサバイバル体験である。
やってやるぞという挑戦心と、どうしようという不安をともに抱えたまま、私のホテル行き作戦は始まった。

タクシーの兄ちゃんたちの「乗らないか」攻勢をかわしつつ、案内カウンターに出かけると、「ハノイ市街に行きたいのか?」とそこで待っていた兄ちゃんに言われ、バスに乗せてやるからついて来いと言われた。
その兄ちゃんについていくと、空港の外に車が待っていて、それに乗せられた。
車の中には運転手らしき人ともう一人若い兄ちゃんが座っていて、私に金を払えという。
料金は2ドル(3ドルと言っている人もいた)で、二十分後に出発するという。
ははあ、これがエアポートバスなのだな、と思ったものの、一抹の不安が私の頭の中をよぎった。
もしこの車が本当のエアポートバスでなかったならどうしようか?
もしどこか見知らぬところに連れて行かれて身ぐるみはがされたらどうしよう?
車内で現地人に囲まれた状態で金を出せと脅されたら、抵抗しきれないだろう。

そう思った私は、十中八九大丈夫だろうとは思いつつも、この車に乗って市内に行くのをやめた。
おそらく彼らは悪い人ではないのだろうが、現地語をろくに解さず、現地事情にも疎い私には、その判断ができない。
判断のつかないものに自分の運命を預けたくはないので、結局車を降りて、別のルートを探すことにした。

空港の出発ターミナル(2階)を出るとハノイ市内までの路線バスがあると聞いていた。
路線バスなら運転手たちに脅されることも、ぼったくられる心配もないと思ったので、路線バスに乗ってみたいと思った。
実際に出発ターミナルを出てみると、出発ターミナル前にバスやタクシーで乗りつけるための高架道があった。
その道を左に降りていくと、そこに2台のバスがとまっていた。7番バスと17番バスだ。
17番バスはロンビエンバスターミナルまで行くという。
ロンビエンバスターミナルは私が行こうとしている旧市街のホテルに近い。
そういうわけで17番バスに乗り込んだ。
バスに乗り込むと、中年のおじさんと若い兄ちゃんがこちらをやけに見ていた。何か思うところがあったのだろうか。
バスに乗り込んだものの、どうやってお金を払うのかわからず、キョロキョロしていたら、どこかから車掌のようなおじさんが現れて5000ドンを請求してきた。(1円=200ドン程度。つまり5000ドンは25円程度。エアポートバスに比べると破格の安さである)

私が7年前にハノイのホアンキエム湖からノイバイまで行った時はバス代2500ドンだった。運賃は倍に値上がりしたわけだが、ドンの価値も下落したため、旅行者にとっての負担は大して変わっていない。

7年前に私がハノイでバスを乗り回していた頃、バスといえば韓国製のHYNDAI車だった。韓国で使われていたバスのおさがりをそのまま使っていたようで、車体に韓国語の表記がそのまま残っていたものだ。
今見るバスはベトナム語の表記しかなく、かつてのように韓国のおさがりをそのまま使っているわけではないように見えたのだが、実際に乗り込んでみると、「HYUNDAI」と書かれてあり、やはり韓国製であった。
車体は相当古く、窓ガラスは一度も拭かれていないかのように真っ白く濁っていた。

バスは東側に大きく迂回してチュンズオン橋を渡ってハノイ市街に入り、ロンビエンバスターミナルで停車した。
ターミナルで下車すると、そこに待機していたベトナム人たちが「ライライライ」と言いながら私たちに手招きをした。タクシー(もしくはバイクタクシーか)に乗れということだろう。

ターミナルでバスを降りてホテルに向かう道中、あまりのバイクの多さに絶句した。
ハノイにバイクが多いのなんて、郵便ポストが赤いというくらい自明のことだったのに、それでも驚いた。
私の記憶が正しければ、7年前よりバイクの数が多くなっている。
7年前にも大通りはバイクだらけだったが、旧市街の小道にまでバイクが殺到してくることはなかった。たまにやって来るバイクをかわしさえすれば悠然と旧市街散策を楽しめたものである。

それが今はどうだろう。
小道は歩道と車道の区別が無いだけに大通りより危険なエリアになってしまっている。狭い道の上に物売りと歩行者とバイクが所せましと押し合いへし合いしているような状況である。
ぼんやりしていてはいつ事故が起こってもおかしくない。

ハノイは7年前よりも外国語の表示が増え、豊かで華やかになった反面、カオス度は上がったような気がする。
これがこの数年間のベトナム経済躍進の結果なのだろう。

(続く)

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<一枚目>レーニン図書館本館正門
<二枚目>ハトにたかられているドストエフスキー像。文豪の像もこうやって見れば何だか哀愁を帯びて見える
<三枚目>レーニン図書館の男子トイレ。ロシアのトイレは私にとってかなりミステリーである。この男子トイレは身長160センチ以上でないと用を足せないほど高いのだが、ロシアの子供はどうやって用を足すのだろう?
<四枚目>レーニン図書館別館。レーニン図書館には別館がいくつもある。この別館には地図資料を見に訪れたのだが、人が少なくて良かった。


サンクトペテルブルクからモスクワに戻ってきました。
サンクトペテルブルクはピョートル1世の都だっただけあり、ピョートルのヨーロッパ化に賭けた執念のようなものを感じました。そのことについてはまた別のところで書きます。

そういうわけでモスクワに戻ってきてからレーニン図書館に行ってきました。

正式名称は「ロシア国家図書館(Русская Государственная Библиотека)」というそうなのですが、その名前だとサンクトペテルブルクにある図書館(Русская Национальная Библиотека)と区別できないので、ここでは旧ソ連時代の名称にしたがって「レーニン図書館(Библиотека имени Ленина)」と呼ぶことにします。

レーニン図書館はクレムリンのすぐ近所にあります。
でっかいドストエフスキーの像がある建物です。
そこで入館証を作ってから入館することになります。

入館証を作るためにはパスポートと100ルブリー(日本円で300円くらい)が必要です。
一旦入館証を作ると5年間有効です。ちなみに入館証を作るためには写真を撮らなければいけませんので、あんまり小汚い格好で行くと後悔することになるかもしれません(笑)

入館証さえ作ってしまえば後は簡単です。
ゲートの所で入館証をかざしさえすれば中に入れます。

ロシア人の友人と一緒に中に入ってあちこち徘徊してみたんですけど、図書館にある大部分の本を読めないことに愕然としました。
ロシア語で書いてあるせいです。

当たり前といえば当たり前なのですけど、悔しかったですね。
いずれここにある本を読めるようになってやる、と思いましたよ。

そういえば、2002年に韓国に行った時、ソウル大学図書館を見学させてもらったのですが、その時にも同じような感覚を抱きました。
今はソウル大学図書館の本を読める程度に韓国語が上達しました。
次この図書館に来る時には、ロシア語書籍を読める程度まで上達しておきたいものです。

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(写真1)トレチャコフスカヤ美術館の前で演奏していたバンドマン。
(写真2)赤の広場にあるヴァシリー寺院
(写真3)赤の広場とグム百貨店。外観がまるで宮殿だ。
(写真4)グム百貨店の内部。これだけ大規模な百貨店は日本に無いだろう。


ロシア旅行記を書きたいと思いつつも、毎日いつの間にか時間が過ぎて行く日常なため、ろくに更新ができません。
楽しみにしてくださる方(いるのか?)には申し訳ありませんが、旅行記は旅行終了後にまとめてアップすることになりそうです。

さて、一週間近くモスクワをうろついている身ではありますが、一向にロシア語ができるようにはなりません。ホームステイ先の家族と話をしようとしても、相手が何を言っているのかわからず、会話が成立しないのです。
言葉が通じないことのもどかしさを久々に実感してますよ。

ところで、これからサンクトペテルブルクに行って来ます。
モスクワに次ぐロシア第二の都市であり、エルミタージュ美術館があることで有名な町です。

モスクワより物価が安いとか、モスクワより寒いとか、モスクワより雨が多いなどの事前情報は聞いていますが、まだどんな所なのか想像がつきません。

夜行列車で行くのですが、ロシアの夜行列車はどんなものなのでしょうか?
今からすでにドキドキしています。

森の文化、山の文化

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モスクワの森を撮った写真六連発いきます!

(写真1)森の中の小道。森は市民の散歩コースになっている
(写真2)鳥の巣。森は人だけでなく鳥にとっても憩いの場である
(写真3)白樺の木。ロシアの森には白樺が多い
(写真4)白樺で作ったベンチ。散歩に疲れたらここに座って休憩するのだろう
(写真5)森を歩いていたら突然草原にぶつかった。歩いているのは散歩者か
(写真6)森の中の小川。散歩中の犬はこの水でのどの渇きを潤す


バーバ・イガー(Баба Яга)というのをご存知だろうか?
ロシア民話の中に登場する森に住むお婆さんである。鳥の足の付いた動く家に住み、不思議な魔力を持った恐ろしくも頼もしいお婆さんである。
日本でこれと似たお婆さんを探そうと思えば、山姥(やまんば)が思い浮かぶ。
山姥は人里はなれた山奥に一人で住み、人並みはずれた不思議な力を持つ恐ろしいお婆さんである。

バーバ・イガーも山姥も、ともに人里離れたところに住む不思議な力を持った老婆であるという点で共通しているが、その住む場所が異なっている。
バーバ・イガーは森に住むのに対し、山姥は山に住むのである。
この違いは、人間の生活環境の違いに由来している。
日本人は山に囲まれた中で暮らしているのに対し、ロシア人は森に囲まれた場所に生きているのである。

ホームステイ先の主人と犬の散歩を兼ねて森に出かけた時、そのことを強く感じた。
モスクワは大都会であるが、市内のあちこちに森がある。森は市民の憩いの場として今でも親しまれている。

その森の中を散策しながら、私が最も面白いと感じたのは、森と人間の住む都市部との間に標高差が無いことである。
これは日本ではなかなか見られないものではなかろうか。

日本では森はたいてい山にある。
平地が少なく山がちな日本では、平地は人間生活の拠点として居住地や農地として開発され、森は山にしか残らない。
そのため日本で暮らしていると、「森林」=「山」というイメージを持ってしまいがちである。
しかし山の無いモスクワでは人間の住む場所と森の間に標高の差は無く、どちらも平野に存在しているのである。

その違いは言葉にも反映されている。たとえば、森が焼ける火事のことをロシア語ではлесной пожар(リスノーイ・パジャール。直訳すると「森の火事」)と言うのに対し、日本語では「山火事」と言う。
日本では森が山とは別に平野部に存在しているという状況を想像しにくいためである。
そのためモスクワの森を散策しながら、私はとても奇妙な感覚を味わっていた。
山登りをしているわけでもないのに森が延々と続くという状況が異様に思えたのである。

こんな森ではすぐに道に迷ってしまうなあと思いつつ、富士の樹海に近いものを感じた。
富士の樹海も明確な標高差のないところに森が延々と続いており、そのために迷いやすいと言われている。
しかし富士の樹海は富士山にある。都市の中の森という点では明治神宮の森の方が近いかもしれないと思いなおした。

そもそも日本は山の多い地形だ。平野が広々と広がる地形なんてものは北海道か関東平野にしか存在しない。
そういう意味でモスクワの森と比べられるものはおそらく明治神宮の森くらいのものだろう。

森の中をふらふら散歩しながら、「歩こう、歩こう、私は元気」で始まる「散歩」という歌(アニメ『となりのトトロ』の主題歌)が口をついて出た。

なんだかこの森が『となりのトトロ』に出てくる森のように思えたからだ。
もちろん『となりのトトロ』に出てくる森は常緑樹が多いの対し、ロシアの森には白樺のような寒冷地の木が多い。
植生が全く違う。

それにもかかわらずトトロの森とロシアの森に共通点を感じるのは何故か?
しばらく考えてみて気がついた。

トトロの森は土地が比較的なだらかな狭山丘陵の森がモデルになっているためだ。
トトロの森は比較的平坦な場所にあり、森と里の間にはっきりとした標高差が無い。
森と人が同じ目線の高さで共に暮らしており、それはモスクワの森と共通する。

実はトトロの森は日本の一般的な森より、ロシアの森に近いのかもしれない。

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モスクワのダモジェタヴォ国際空港の入国手続き現場と飛行場の写真です。


モスクワで見たこと聞いたことをまめに更新したいのですが、意外に忙しく、なかなか時間がとれません。
夜は一人でひきこもっているホテル暮らしとは違い、ホームステイ中の身だからでしょう。
それと、外国語の中で暮らすのは日本語の中で暮らすのよりはるかに疲れるものです。(少なくとも私にとっては)
そのため、夜になると疲れ果ててすぐに寝てしまうので、文章を書く暇が無いのです。

今回は私の初めてのロシア語実践(実戦?)の話をします。

ロシアに入国したのは8月23日。ベトナムのハノイで乗り継ぎをしたのですが(ハノイ旅行記もそのうち書きます)、ロシア入国の手続きにものすごく時間がかかりました。
後で聞いた話によると、ベトナムからの密入国者や不法就労者が多いため手続きに時間がかかるとか。

気分が悪かったのは、白人と非白人で入国手続きの場所が違うこと。
一応、ロシア人&CIS諸国民の手続きカウンターと、それ以外の国民の手続きカウンターという形式で手続き場所を分けているみたいなのですが、明らかに肌の色や顔を見て職員がそれぞれのカウンターに誘導しているみたいで、気分が悪かったです。
英語を話している明らかにロシア系でない欧米人はロシア&CIS諸国カウンターへ行けるのに、私は国籍を確かめられもせずその他諸国カウンターに行かされました。(東洋系のロシア人もいるはずなのに・・・)
こんなことは欧米諸国では当たり前の対応なのかもしれませんが、東アジア以外の外国に行ったことがない私としては初めての経験に面食らい、アジアとヨーロッパの間の溝のようなものを実感しました。

ところで入国手続きなのですが、ロシアの職員の対応の悪さに、予想はしていたものの気分が悪かったです。
これでもソ連時代に比べればずいぶんマシになったのでしょうけど、ベトナム人に対して居丈高に振舞い、時には叱り付けるような態度を見せたのには驚きました。(職員同士でおしゃべりする時には笑顔になるのに、手続き事務をしている間は強面の仏頂面になるのです)
しかも手続きに異様に時間がかかるので、順番を待っている間に他の便の旅客が次々とやって来て、入国カウンターの前は長蛇の列になりました。
何時間も待ち続けている旅客たちは次第に気が立ってきて、「早くしろ」「いつになったら終わるんだ」という風に(実際には何て言っているのかわかりませんが)声を荒げて抗議を始め、職員がそれに対して叱り付け、子供が泣き出したりと大変な状況になりました。

私はこれまでに韓国、北朝鮮、中国、ベトナム、台湾の入国手続きを経験していますが、ロシアに比べれば手続きに時間がかかりませんでした。(北朝鮮の場合は完全にツアー旅行なので、単純に比較はできませんが)
ロシア入国の厳しさを実感するとともに、ロシアは何をそんなに警戒しているのかと不思議になりました。

何にせよ、飛行機を降りてから入国手続きを終えるまでに2時間近くかかったような気がします。そのため本当に手続きが終わるのかと心配になったのですが、自分の番になったら手続きは意外に簡単でした。
私が日本人だからスムーズにいったのでしょう。
簡単な質問を二、三受けただけで、通してもらえました。そしてこの質問が私にとって最初のロシア語実践でした。
職員が私のパスポートを一瞥した後、"Говорите по-русски?(ガバリーテ パ・ルースキ?)" と尋ねてきたので、私は「ロシア語を話せますか?」という質問だな、と咄嗟に判断し、
"Немного(ニムノーガ。「少し」の意味)"と答えました。

すると職員は"OK"と答え、ロシア語でさらに質問してきました。
質問の意味は多分、「あなたはハノイに住んでいるのですか?」ということだったのだと思います。
日本人なのにハノイを経由してモスクワに来たのを不自然に思ったのでしょう。
私は"NO!"と英語で答えました(ロシア語が口から出てこなかったためです)。

私のその答えに対して職員がさらに質問してきました。多分「では何故ハノイから来たのですか?」という質問だったと思います。
私は、"Transit!(乗り換え)"と答えました。結局ロシア語実践といっても、ほとんど英語で答えていたのですね。
(でも後日わかったことなのですが、ロシア語でもtransitをтранзитトランズィートというそうで、結果的には偶然ロシア語を話していたといえるのかもしれません)

職員は私の答えを聞いて納得したのか、"OK"と言い、それ以上質問をせず、通してくれました。
私は"Спасибо(スパスィーバ)"とお礼を言い、職員の"Пожалуйста(パジャールイスタ。どういたしましての意味)"という返事を聞きながら、入国カウンターを抜けました。

下手すると入国拒否されるのではないかとヒヤヒヤしていたところなので、このやりとりはとても緊張しました。
それにしても、ロシアに来る前にロシア語を学んでおいてよかったと心から思いました。
ロシア語がわからなければ入国手続きもこんなにスムーズにはいかなかったでしょうから。

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