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多言語の世界

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されど、面白きアジア

最近ちょっときな臭い記事が続いたような気がするけど、ちょっと原点回帰したい。
 
私がそもそもアジアに関心を持つようになったのは高校生の時に韓国に行ってから。
それまでは中国史は興味あったけど現代中国にはあまり関心なく、ヨーロッパの方により深い関心を抱いていた。
日本とは全く違うヨーロッパ。言葉も宗教も肌の色も全く違うのに、奇妙にも共通点があるヨーロッパ。
 
それに対してアジアは違う。東アジアや東南アジアは日本人と顔がよく似ていて、漢字や米食、箸の使用、漢字、仏教、儒教など日本と共通点がたくさんある。それなのにどこかが確実に違うアジア。
 
もちろん同じアジアでも西アジアになると、日本とは何もかもが違ってくる。(だから日本人にとって西アジアは理解しにくいのでしょう)
 
似ているのに違うアジア。似ていないのに共通点があるヨーロッパ。
どうして違うのか、どこがどう違うのか?
そんなことが面白くて東アジア(ベトナムに限定すれば東南アジアも)には何度も足を運んだ。
同じ漢字が国によって違う発音になるのが面白くて、それぞれの言葉も勉強した。
(たとえば、「日本」は、中国では「ルーベン」、韓国では「イルボン」、ベトナムでは「ニャッパン」)
 
最近足が遠のいているけど、また行きたいアジア。
かつて旅先で出会った人たちは、今も元気にしているだろうか?

「ママ」「パパ」考

気づいたらこのブログも一か月以上更新していなかった。
なので、久しぶりに生存報告も兼ねて更新しておこう。
 
姉に子どもが生まれて以来、たまにその子(私にとっては姪っ子になる)に会うために姉の家を訪問している。
赤ちゃんというのは見ているだけで面白い存在だが、その子の発する言葉を聞いて、以前から考えていた「ママ」と「パパ」の語源について少し考え込んでしまった。
 
その子は、母親(つまり私の姉)に甘えるときには「マンマンマー」と叫ぶ。
それに対して元気よく遊んでいるときには、「アッパッパー」と叫んでいる。
前者は英語で「母親」を意味する「ママ」と、後者は英語で「父親」を意味する「パパ」に似ている。
よく考えてみると英語に限らず、母親を意味する幼児語には「マ」の発音を含むものが多く、父親を意味する幼児語には「パ」の発音を含むものが多い。
たとえば、ロシア語では母親を「マーマ」、父親を「パーパ」という。中国語でも母親は「マーマ」、父親は「パーパ」という。韓国語では母親を「オンマ」、父親を「アッパ」という。
 
私がすぐに例をあげることができるのはこれくらいだが、世界中の言語において、母親は「マ」音を、父親は「パ」音を含むことが多いのはたしからしい。(モンゴル語では父親を「アーブ」、母親を「エージ」というので、この例には当てはまらないようだが)
 
これは「マ」音や「パ」音が赤ちゃんにとって発声しやすい音であり、親に話しかけるときに赤ちゃんが「マーマー」とか「パーパー」とか叫ぶことが多いことから、自然に母親と父親を表わす言葉になっていったものであろう。
ちなみに日本語では「マンマ」が「お母さん」という意味ではなく、「ご飯」を意味する幼児語となった。
これは日本の大人たちが、赤ちゃんがお乳を求めて「マンマンマー」などと叫ぶのを聞いて、お母さんを呼んでいるのではなくご飯を要求しているのだろうと解釈したためであろう。
いずれにせよ、「マ」音は赤ちゃんにとって発声しやすい語であったため、日本では「ご飯」の幼児語となり、多くの外国では「お母さん」を意味する幼児語になったものと思われる。
 
しかしここで一つ疑問が生じる。
それは、「マ」音と「パ」音がどちらも赤ちゃんにとって発声しやすい語であるなら、母親のことを「パパ」と呼び、父親のことを「ママ」と呼んでもいいはずである。
実際に私の姪っ子は、姉に向かっても「パッパッパー」と叫んだりしていた。
何故世界の多くの言語において、母=「マ」音、父=「パ」音となり、その逆にはならないのであろうか?
このことがずっと私にとっては疑問であった。
しかし、今回姪っ子の行動を見ながら、なんとなく理解できたような気がする。
この子が「マンマンマー」と叫ぶ時は、大抵母親に甘えたいときであり、おっぱいをおねだりする時であった。
「マ」という音を出す時の姪っ子の口の形を見てみると、おっぱいを吸うときの口の形に似ていた。唇を口の中に向かって丸めたような形。
これは何か食べ物を口内に取り込もうとする時の口の形に近い。
 
また姪っ子が「パッパー」と発音する時は大抵アグレッシブに遊んでいる時である。
そういう時はひたすら元気よく声を出そうとするので、破裂音の「パ」音になる。
 
「マ」音はおっぱいなど食べ物を求める時の甘えた口調、「パ」音は元気よく遊んでいる時のアグレッシブな口調、という使い分けがあるのではないかと思う。
(少なくとも私の姪っ子はそう使い分けているように見えた)
 
だからこそ赤ちゃんは、母親に対しては甘えた「マ」音を多く発し、父親に対しては遊ぶために「パ」音を多く発し、それがそのまま母親と父親を意味する幼児語に影響を与えたものではないか・・・
 
姪っ子の遊び相手をしながら、そんなことを考えていた。
もとより私は言語学者でもなく、この論も勝手な思いつきにすぎない。(証明する気もないし)
だからこのブログを根拠にして「ママ」と「パパ」の語源について吹聴されても困るのだが、日常の中でふっと思いついた仮説としてここにメモしておきたい。
 
似たようなことを考える人は他にもいるもので、こんな記事を見つけた。
参考としてURLを貼り付けておきたい。
久々に更新します。
実は先日、台湾に行ってきました。
久しぶりの台湾でしたが、予想通り暖かく、居心地が良かったです。

台湾に滞在しながら感じたことは、日本ではつくづく台湾関連の情報が少ないこと。
日本語で読める台湾関連情報は、大体

(1)「台湾は親日的」という言説
(2)台湾は中国と統一するのか独立するのかというナショナルアイデンティティーをめぐる問題

この二つに集約されるかと思います。
私も台湾に関しては以前から関心を持っていたので、色々と本を読み漁りましたが、大体上の二点に関する話題が多かったです。

たとえば最近話題になった東日本大震災の義捐金問題は(1)に関わりますし、台湾総統選挙の話題は(2)に関わります。

もちろんこれらの問題が「台湾」という国を語るうえで重要なのは言うまでもありません。
しかしこれらの問題からしかのみ語られないというのはきわめて偏った視点だと思います。
なので、以前に少しやっていたように、中国語の勉強も兼ねて台湾ニュースの紹介と翻訳をやってみたいと思います。
こういう作業を通して、「親日」と「統一か独立か」の視点からしか語られてこなかった台湾という国の多様な側面を理解していきたいと思います。

まずは本日訳したニュースを紹介します。
台湾ではなく、北朝鮮に関するニュースですけど・・・。

「北朝鮮が安保理に核戦争一触即発だと通報(北韓通報安理會 核戰爭一觸即發)」

北韓官方通訊社「朝中社」報導,北韓外務省發言人,北韓已向聯合國安理會公開通報,由於美韓「核戰爭挑釁」,朝鮮半島目前處於一觸即發的核戰爭態。
北朝鮮当局当局の通信社「朝中社」の報道によれば、北朝鮮外務省のスポークスマンが、アメリカと韓国の「核戦争挑発」のため、朝鮮半島は今や核戦争の一触即発状態にあると国連の安保理に公式に伝えたとのことです。
通訊tong xun(通信)
發言人fa yan ren(スポークスマン)
目前mu qian(現在。目下)
 
北韓聲明表示,美國不顧北韓多次警告,再次派戰略轟炸機進入韓國,這證明其「核戰爭計劃已經進入無法停止的實施階段」。目前在朝鮮半島,核戰爭已經不是字面上的意義,而是具有實際意義。
北朝鮮の声明によれば、アメリカは北朝鮮の何度にもわたる警告を顧みず、さらに戦略爆撃機を韓国に入れさせており、これはその「核戦計画がすでに停止できない実施段階に入ったこと」を証明しているという。今や朝鮮半島において、核戦争はすでに字面ではなく、実際的な意義を持つようになっている。
表示biao shi (示す)
再次zai ci (再び。さらに)
戰略轟炸機zhan lve hong zha ji (戦略爆撃機)
階段jie duan (段階)
聲明還,北韓人民軍最高司令部決定,戰略導彈部隊和遠程砲兵部隊等野戰砲兵部隊即刻起進入一號戰鬥態,這些部隊可以打?夏威夷、關島等太平洋軍作戰地區的美軍基地,以及美國本土和韓國及其周邊地區的所有目標。
声明によればさらに、北朝鮮人民軍最高司令部は、戦略ミサイル部隊と長距離砲部隊など野戦砲兵部隊をすぐに戦闘当直状態に入らせる決定を下し、これらの部隊はハワイ、グアムなど太平洋軍作戦地区のアメリカ軍基地ならびにアメリカ本土と韓国及びその周辺地区のあらゆる目標を攻撃できるという。
導彈dao dan (誘導弾。ミサイル)
值勤zhi qin (当番で勤務する。当直)
夏威夷 xia wei yi (ハワイ)
關島guan dao (グアム島)
所有 suo you (あらゆる)
不過,韓國國防部,他們並沒有看到北韓軍方有立即採取軍事行動的跡象,但將密切關注北韓的行動。
しかし、韓国国防部によれば、北朝鮮軍側がただちに軍事行動をとる兆しは見られず、今後とも北朝鮮の行動を注意深く見守るとのことです。
看到kan dao (見届ける)
立即 li ji(ただちに)
跡象 ji xiang(形跡。兆し)
密切 mi qie(注意深く)
 
 
台湾でも北朝鮮ニュースはそれなりに注目されているみたいですね。
北朝鮮と台湾って、いくつか共通点があると私は思っています。
たとえば最高権力者の権力世襲(台湾では蒋介石と蒋経国の二代世襲。朝鮮では金日成・金正日・金正恩の三代世襲)とか、人口規模(どちらも二千万人余)とか、外交的に孤立している点とか。
もちろん、かたや暑い国(台湾)、かたや寒い国(北朝鮮)という違いや、経済的に豊かな国(台湾)と貧しい国(朝鮮)という違いはあるんですけどね。

台湾の人たちから見て、北朝鮮という国はどのように映るのか。
それは日本人が見る見方と似ているのかどうか、興味あります。
外国語を勉強していると時たま「おや?」と思う事がある。
そのような「おや?」の一つが、「ソロンゴス」だ。
 
「ソロンゴス」というのは、モンゴル人が韓国・北朝鮮を指して呼ぶ言葉だ。
まるでどこぞの怪獣の名前みたいだ。
 
現代のキリル式モンゴル語では、Солонгос(ソロンゴス)と書き、韓国と北朝鮮を分ける時にはそれぞれ、Өмнөд(ウムヌドゥ。「南」)と Хойд(ホイドゥ。「北」)を付けて、それぞれ、Өмнөд Солонгос(ウムヌドゥ・ソロンゴス。韓国)、Хойд Солонгос(ホイドゥ・ソロンゴス。北朝鮮)と呼ぶ。
 
また、「私は韓国人です」と自己紹介したい時には、「Би Солонгос хүн(ビー・ソロンゴス・フン)」という。
(「ビー(Би)」は「私」、「хүн(フン)」は「人」。ちなみに「私は日本人です」は「Би Япон хүн(ビー・ヤポン・フン)」という。日本は「Япон(ヤポン)」だ。)
 
はたして「ソロンゴス」とは何だろうか?
(ちなみに、最後の「ス(с)」が落ちて「ソロンゴ(Солонго)」と言う場合もある。これは「虹」を意味するモンゴル語と同音異義語になる)
 
私は以前から、「ソロンゴス」は満洲語の「ソルホ(アルファベット転写では「solho」と書く。朝鮮のこと)」と関係があり、語源は「新羅(しらぎ)」ではないかと思っていた。
 
そしたらそのあたりの語源について詳しく扱った論文が最近刊行されていたことを知った。
 
ツングース語研究の第一人者であるアイシンギョロ・ウルヒチュン(愛新覚羅・烏拉熙春)先生の「契丹語史料中に現れる「高麗」」(『韓半島から眺めた契丹・女真』京都大学学術出版会、2011年9月)である。
 
私は言語学者ではないので、どこまでこの論文の内容を理解できているか自信は無いが、とりあえず自分の理解できた範囲内で、本記事と関係のある内容をまとめてみる。
 
最新の契丹文字・女真文字研究の成果によれば、契丹語では高麗を「シュルウル(?ulwur)」と呼び、金代女真語では「ソルゴル(solgor)」と呼んでいたことがわかり、この両者は同じ語源に由来するものと考えられる。
さらに、モンゴル語の「ソロンゴ(ス)」は契丹語の「シュルウル」、金代女真語の「ソルゴル」と同一系統に属し、それより降る派生形式である。
「新羅」という漢字名とその別称である「斯盧」や「徐羅伐」は全て同じ新羅語の音訳である。
「斯盧」は「サラ(sara)」もしくは「サロ(saro)」と発音した可能性が高く、「徐羅伐」は「ショラ・ポル(sy?ra-p?l)」と発音した可能性が高い。また「ポル(伐)」は「城」や「国」味する新羅語で、高句麗語の「ゴロ(goroもしくはgolo)」と同じ意味であると考えられる。
そうなると、「サラ(斯盧)」も「ショラ(徐羅)」も(「シルラ(新羅)」も)全て同じ新羅語を起源としており、その音訳の違いは時代や方言の差異によるものではないか。
「サラ(斯盧)」は高句麗語の「城」を意味する「ゴロ」を結合させれば、「サラ・ゴロ」となり、これは金代女真語の「ソルゴル」と音が共通する。
また、「ショラ・ポル(徐羅伐)」はpの音が弱化してw音に変化したとすれば、契丹語の「シュルウル」と音が共通する。
したがって、契丹語の「シュルウル」は新羅語の「ショラ・ポル」から変化した可能性があり、また金代女真語の「ソルゴル」は新羅語と高句麗語が結合した「サラ・ゴロ」から変化した可能性を想定できる。
 
この論文を読めば、満洲語の「ソルホ」や現代モンゴル語の「ソロンゴ(ス)」は契丹語の「シュルウル」や金代女真語の「ソルゴル」と同系統の言葉であり、結局は「新羅」と音訳された新羅語に起源を持つ事がわかるのである。
 
だから「ソロンゴス」というのは結局「新羅」のことなのだ。
韓国の英語名「Korea」は、「高麗」・「高句麗」を起源とする名称だが、モンゴル語の「ソロンゴス」は「新羅」を起源とする名称だ。
 
また、日本語で朝鮮半島のことを「から」と呼ぶのは、朝鮮半島南部の加羅(伽耶ともいう。記紀では「任那(みまな)」と呼ぶ)が語源になっている。
では「百済(くだら)」を語源とする朝鮮半島を呼ぶ呼称はあるのだろうか・・・?寡聞にしてそういう話は聞かないが・・・(笑)
(そもそも「くだら」という音は何に由来するものなのかわからない。「百済」という漢字はどこをどう頑張っても「くだら」とは読めない。何か別の語源があるのだろうが、よくわからない)
 
ちなみに、高句麗語の「ゴロ」が「城」を意味するという話が興味深かった。
これは満洲語の「グルン(gurun。「国」や「城」を意味する)」や韓国語の「コウル(고을。「郡」を意味する)」、さらには日本語の「城」の「き」もしくは「ぎ」という訓読みとも何らかの共通性があるのではないかと思えてきた。
もちろんこれは言語学者でもないずぶの素人の当てずっぽうにすぎない。
けれども、こういう空想に胸をふくらませられることが、語学学習の楽しみなのだ。

(追記1
モンゴル語に「Солго(ソルゴ)」という単語があるのを知った。これは「ソロンゴ」や「ソロンゴス」と同じで、「韓国人・朝鮮人」を意味する言葉だ。
モンゴル語の「ソルゴ」は、金代女真語の「ソルゴル」から末尾のR音が脱落した発音であり、G音が弱化してH音に転化すれば満洲語の「ソルホ」と同形になる単語である。
したがって、「ソルゴ」というモンゴル語は、金代女真語の「ソルゴル」や満洲語の「ソルホ」などと、モンゴル語の「ソロンゴ」や「ソロンゴス」との間を結ぶミッシングリンクになりうる単語であり、満洲語の「ソルホ」とモンゴル語の「ソロンゴス」が間違いなく同源であることを証明する手がかりになりうるものだろう。

Солго(ソルゴ)」という単語は小沢重男先生の『現代モンゴル語辞典』にも収録されている単語であり、単に私自身が不勉強で知らなかっただけである。まだまだ勉強が足りないと思う。

(追記2)
インターネット上で「ソロンゴス」という単語で検索をかけてみると、「ソロンゴス(朝鮮)」は「ソロン(エベンキ族)」を語源とする単語であり、朝鮮人の起源はエベンキ族であるという、怪しげな説が大量にヒットする。
しかも「朝鮮人の祖先=エベンキ族」という事実は韓国の国家機密扱いになっているという、馬鹿げた陰謀論までネット上では拡散している。

ネット上のデマについていちいち反論するのも馬鹿らしいのだが、こんな情報に惑わされる人がいるといけないので、それについて少し私見を述べてみよう。

まず、朝鮮人の祖先がエベンキ族(ツングース族)であるという説だが、これは韓国外国語大学校のカン・ドクス(강덕수)教授が主張している説であり、今の韓国ではかなり広まっている説である。決して国家機密なんかではない。
参考までにカン・ドクス教授が朝鮮語とエベンキ語の類似点について述べた「在外同胞新聞」の記事へのリンクを貼っておく。韓国語を読めない人は自動翻訳機にでもかけて読んでみるといい。

カン・ドクス教授が言うように朝鮮語とエベンキ語が共通するのかどうか私にはわからない。私はエベンキ語を知らないからだ。
ただ、シベリアの少数民族の中には習俗の点で朝鮮と似ているものがしばしば見られることから、朝鮮民族の起源をシベリアに求める説は昔からあったし、妥当な見解だと思う。

次に、「ソロン」と「ソロンゴス」についてだが、私はこれはただ単に発音が似ているだけで、少なくとも現段階では「ソロン」が「ソロンゴス」に変化したとは証明できないと思う。
そもそも「ソロン(solon)」という単語は満洲語であり、モンゴル語ではない。「ソロン=ソロンゴス」説を主張する人々は満洲語の「ソロン」がそのままモンゴル語でも使われていたと考えているようだが、その根拠はどこにあるのか?用例を示してほしい。
さらに、モンゴル人が満洲語の「ソロン」をそのまま受け入れていたとすれば、満洲人がエベンキ(ソロン)と朝鮮(ソルホ)を呼び分けていたことをどう考えているのか?
満洲人はこの両者を明確に区別していたというのに、モンゴル人はそれらを区別していなかったということだろうか?

また、「ソロン」という言葉がいつ成立したのか知らないが、「ソロンゴ(ス)」という単語は相当古くからモンゴル語の中に見られる。
たとえば14世紀の元朝最後の皇后奇氏は高麗人だが、彼女は皇后になるとき元から「肅良合」という姓を賜った(『元史』の順帝トゴンテムル本紀を参照)。ウルヒチュン先生によればこれはおそらく「スランカ」と発音し、「ソロンゴ」のことだという。現代語の「ソロンゴ」とは若干発音が異なるものの、その原形はすでに元代に見られるのである。
もし「ソロン」という単語が「ソロンゴス」の原形になったとするなら、元代より以前に「ソロン」という単語(もしくはそのプロトタイプ)が成立していたことを証明してみせなければならない。
それが出来ないうちは、「ソロン」が「ソロンゴス」の原形だ、などとは言えないし、インターネット上で拡散すべき情報とも思えない。
今の段階では、ただのインターネット上の怪しげな情報の一つとしか見なせないだろう。
韓国語の論文+英文要約を提出し終えてほっと一息ついている西です。
 
提出期限が少し過ぎてるって?
・・・何それ?ワタシソンナコトシラナイ・・・
 
提出期限が少しくらい過ぎてたって、相手が受け取ってくれたなら、間に合ったことと同じだよ!
(すみません。不真面目な奴で)
 
こないだ論文の英文要約を作った時には1週間かかった。
英語が絶望的に苦手なもんで、こんなに時間がかかってしまったんだが、今回は三日でできた。
英語の実力が伸びた気はしないのだが、「慣れた」ことは確かなようである。
 
そうやって英語で論文の要約を書きながら、「これをもっと長くすれば論文になるんじゃないか?」と思った。
論文本文だって要約文だって、どちらも英文であることには変わりはない。
英文要約が書けるなら、もっと努力すれば英語論文だって書けるはずだ。
もちろん英語が苦手な私に、それはかなり難しいことだということはわかっている。
でも少しずつ慣らしていけば、作成時間さえ長くとれるのならば、英語で論文も書けるはず。
いつ実現するかはわかんないけど。
でも何となく、「やりたい」という思いが湧いてきた。
この思いを大切に温めながら、いつかはその夢を実現させてみたいと思う。
全てはまず「やりたい」という思いから始まるものなのだから。
 
 
・・・ここからは余談です。
昨日の台風で強風にあおられて、私はメガネをなくしてしまいました。
それで今メガネ無しの状態でこの文章を書いてるのですが、ものすごくやりづらいです。
自分の書いた文字がきちんと見えないので(ぼやけたりぶれたり見える)、思わぬ書き間違いをしていないか心配になって仕方がない。
 
やっぱりメガネが無いと不便だね。
明日さっそくメガネ屋に行ってメガネを作ろうと思います。
メガネが無くて不便なのになぜあえてこんな文章を書いているのかというと、自分がいかに日頃メガネに頼っていたかを実感するため。
目が不自由だというのがどれほど不便なのかを実感するため。
日頃当たり前に享受していたものがいかにありがたいものであったのかを実感したかったから。
 
それで結論としては、「大事なものってのは、無くなった時にはじめてその価値に気付くんだよ」ということ。
メガネに限らず、できればなくす前にその価値に気付きたいものだ。
特に大事な人に関しては。

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