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店主の西貢が日々考えたことや体験したことをつづるブログです!

忘れえぬ場面

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皆さんは白く塗られた木を見たことがありますか?
私はあります。
9年前に中国に行った時初めて見て、次にベトナムに行った時また見ました。
白く塗られた木というのは、たとえばこんなのです。
 
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これはベトナム・ハノイのホアンキエム湖で撮った写真で、はがれかけているとはいえ、白く塗った痕跡がはっきりとうかがえます。
木を白く塗るといっても幹の全面に塗るわけではなく、地表面から約1mくらいの高さまで(いいかげんな目測ですが)塗るのが普通です。
その後北朝鮮のケソンに行った時にもやはりこのような白塗りの木を見ました。
そして今回モスクワでも白塗りの木を見かけました。
下の写真はモスクワで撮ったものです。
 
 
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一体この白塗りの正体は何なのか?
そして何故社会主義国にこんな木が共通して現れるのか?というのはなかなか興味深い問題だと思います。
(とはいえ、メキシコでも同じような白塗りの木を見たという情報もあるので、必ずしも社会主義国にかぎったものではないようなのですけど)
 
この問題に関しては、こちらのサイト様が詳しく考察なさっています。
 
このサイト様によれば、木を白く塗る理由は主に二つ。
一つ目は街路樹を虫食いから守るために薬品を塗っているのだそうです。
二つ目は白く塗ることで木が反射材の役目を果たし、暗い道での交通事故を防ぐというものです。
 
私がベトナム人およびベトナム在住の日本人から聞いた理由も主にこの二つでした。
どちらの理由が正しいのかはわかりません。
ただし反射材の役割を果たすというのは確かにあるだろうなと思います。
私がそう考える理由は、モスクワで白く塗られた電信柱を見たからです。
塗り方は街路樹と同じで、街路樹と同じ目的のために塗られたものと推測できます。
 
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電柱の場合、虫食いから守る必要はありませんので、これはほぼ間違いなく反射材用だと思います。
いずれにせよこの白塗りの木やは、電力不足のため街灯をたくさん設置できない社会主義国において、少しでも道路を安全に利用できるようにするための工夫の産物なのではないでしょうか?
 
<追記>
杉本信行氏の『大地の咆哮』という本の中で、これと関連すると思われる内容が書かれていたので紹介してみます。
この本は上海総領事をつとめたこともある中国専門の外交官である著者が、自身の体験を交えながら現代中国について語った本です。
この本の第一章で著者の最初の訪中体験が語られているのですが、その中に「北京の夜は真っ暗闇だった」と題して、次のような経験が語られています。
 
「飛行機から降り、ほとんど電気が点いていないようなターミナルで手続きを終えると、出迎えに来てくれた先輩書記官の顔が見えた。
車に乗って走り出して改めて驚かされた。空港同様、道路が真っ暗で、街灯というものがない。しかも車はなぜか無灯のまま。なんとなく並木道であるのがわかるのは、道路のところどころに灯っている裸電球の光により並木がポツポツ浮かび上がっているからで、車はそれを頼りに走っている。カーブで対向車線が見えにくくなると、ドライバーはパッシングライトをぱっと点けてはすぐに消していた。
空襲を防止するという軍事的な理由で車の夜間の点灯走行を禁止しているのであるが、危なくて仕方がない。すごいところにやってきたものだ。これが十三億人の中国の首都北京なのだろうか。」(PHP文庫版、32〜33頁)
 
軍事的目的のため、街灯も車のライトも禁止されている状況では、月明かりや星明りを頼りに運転するしかありません。
そんなかすかな明かりですから、道路の両脇の並木くらいは白く塗っておかないと、どこが道なのかわからなくなりそうです。
常時灯火管制が敷かれていた社会主義国において、道路を安全に走行するための生活の知恵が、このような白塗りだったのかもしれませんね。

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(1枚目)耳塚公園
(2枚目)豊国神社の唐破風門
(3枚目)「国家安康 君臣豊楽」の鐘
(4枚目)嵐山。渡月橋の上から。
(5枚目)かすうどん

2008年の年末、帰省の途中で京都に立ち寄った。
最近物忘れが激しいので、京都で何したかを備忘録のかわりに書いてみることにした。

朝7時:京都駅到着。JRの青春ドリーム号という、ひどい深夜バスに乗って京都に到着。二階建て四列シートという地獄のようなバスである。足を伸ばすと前のシートにぶつかり、姿勢を変えると隣の乗客にぶつかるという狭さ。席から立ち上がろうとしたら頭をぶつけた。アイタタタ・・・。
まさに「現代の奴隷船」である。
一晩だけだから乗る気にもなるが、バスジャックでもされて二、三日この中で暮らすことになったら発狂するんじゃないかな。
万一バスジャックされたらどうしようかと考えていたら、ほとんど眠れなかった。

朝8時:宿に到着。東寺庵という安宿に投宿。場所が変わっていたので道に迷うこと小一時間。現地の人に道を教えてもらってどうにか到着した。旅先での人情にホロリとくる今日この頃。

朝9時:観光のために動き出す。とりあえずレンタサイクルに向かうことにする。宿のおじさんによれば、京都駅の北口にレンタサイクルがあるらしい。そしてレンタサイクルを探すこと小一時間。デパートの案内嬢に教えてもらって、ようやくレンタサイクルを探し当てた。

朝10時:とりあえず三十三間堂に行くことにする。何故三十三間堂に行くのかは自分でもよくわからないが、とりあえず行く。自転車旅行は楽しいな。
三十三間堂の中は寒かった。しかし千体の千手観音はさすがに見ごたえがあった。
千体というと、百体メタルクウラの十倍の数である。千体の千手観音が襲ってきたら怖いだろうなあ、と思った。

朝12時:三十三間堂を出て、耳塚に行くことにする。
耳塚は秀吉が朝鮮人の鼻を埋めた所である。鼻を埋めたのに、何故か「耳塚」。鼻塚だったらよいのに、と思う。
耳塚の隣には「耳塚公園」があった。物騒な名前の公園だと思ったが、親子連れが楽しそうに遊んでいた。

昼13時:耳塚の隣にある豊国神社に入る。唐破風の門が立派だった。

昼14時:豊国神社の北隣の方広寺に行く。「国家安康 君臣豊楽」で有名な方広寺の鐘が有った。本物かどうかはわからないが、「国家安康 君臣豊楽」の銘文が白線で囲われていたので、レプリカではないか。
秀吉の時代には方広寺は今よりずっと大きく、今でも方広寺の南大門と南端の塀が、三十三間堂の南側に残っている。

昼15時:耳塚・豊国神社・方広寺と、秀吉関連の遺跡が続いたので、そのノリで豊国廟にも行くことにした。豊国廟は秀吉の墓所である。
阿弥陀ヶ峯の石段を登っていくと、てっぺんに五輪塔があった。
大谷高校の野球部が石段を登り降りしていた。

昼16時:折角自転車を借りているのだから、行けるところまで行ってみようと思った。
豊国廟を降り、とりあえず東に向かうことにした。京都駅東の崇仁地区の肉屋で「あぶらかす」を発見した。初めて見たので感動した。京都駅の所にあぶらかすを使った「かすうどん」という食べ物があると聞いたので、今夜はそこで晩ごはんにしよう。
東寺、羅城門跡、西寺跡を経由しながら、ひたすら東に向かう。
桂川にたどり着いた。河原に畑があった。増水したら作物は全滅するな、と思った。
桂の駅近くで北上し、嵐山まで行ってみることにした。
嵐山まで自転車を走らせ、渡月橋にまで至ったものの、時間も無いので、そのまま帰ることにした。とりあえずアリバイ証明のために渡月橋から写真を撮った。

昼17時:薄暗くなってきたので、京都駅まで戻ることにした。太秦を経由して京都駅までひたすら走った。京都の町は私の予想より広かった。

昼18時:京都駅近くのレンタサイクルで自転車を返却。その足で京都駅の「かすうどん」屋を探すこと小一時間。どこにあるのか皆目見当がつかない。結局見つけられずに、南北自由通路を通って南口側に出ようとしたところで、「かすうどん」発見。
自由通路内の「たちばな」といううどん屋に「かすうどん」はあった。

夜19時:かすうどんを食べ終わり、宿に戻る。

夜21時:宿近くの銭湯に行く。東寺庵では、銭湯を利用すると、その料金の一部をキャッシュバックしてくれるというシステムがある。このシステムを利用しない手は無いと思い、番台の親爺さんからしっかり領収書をもらう(この記事を書きながら、キャッシュバックをしてもらい忘れたことに気がついた。とほほ・・・)。
銭湯ではヤクザ者らしいおじさん二人が、「どこの刑務所はどうだった」「○○組のだれそれが若頭に出世した」みたいな会話を交わしていた。
京都ってすごいなあ、と思いつつ、宿に戻った。

夜22時:宿で酒を飲みつつ、同じ旅行者と会話をする。そんなこんなで京都での夜は更けていく。

ここはどこでしょう?

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旅の途中で出会った不思議な光景。

野生の鹿と野生のサルがすれ違った、そんな午後のひととき。

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上は豊洲新市場の写真。まだ何もできていない。下は週刊ポストの記事。

3、そして鐘は鳴り響く
 何の気なしにメモを取っていたら、一人の男性から声をかけられた。
 「すごいメモですね。報道関係の方ですか?」
 どうやらメモの緻密さを誉められたらしい。悪い気はしないがこの人は誰だ?
 「私は週刊ポストの記者なんですが、築地は初めてなんですよ。よくここには来られるんですか?」
 なるほど、私は同業者だと思われたらしい。私は趣味で来ただけで、築地のせりを見に来るのは初めてであると正直に答えた。質問されるだけでは面白くないので、こちらからも質問することにした。

 (私)「週刊ポストで築地の記事を扱うんですか?」
 (記者)「ええ、2、3週間後に特集を組むんですよ。」

 このようなやりとりをしていたところ、台の上に立ったおっちゃんが鐘を鳴らし始めた。せりの開始を告げる鐘だ。
 台上のおっちゃんは独特のリズムで雄たけびを上げている。初めはよく聞き取れなかったが、耳が慣れるにつれて何を言っているかだいたいわかってきた。
 「エン、ゴジューロクバン、ナナゴー、ナナゴー、ナナゴー、・・・オーミスイサン」
 これは56番 のマグロを75(75万円?)で売ろうとしたところ、近江水産(業者)が買い取ったということである。台上のおっちゃんがマグロの値段を連呼しながらどの業者に売るかを決める(業者は指でサインを送り、値段交渉や買う意思を示す)。おっちゃんの横では少し若い男性が、どの業者がどのマグロをいくらで買ったかということを、必死にメモしていた。
 このせりは築地の卸売り業者 が仲買や仲卸にマグロを売るためのものである。仲買や仲卸業者がこのマグロを解体し、料理屋や魚屋などに売り、それからようやく消費者の口に入ることになる。私達が普段何の気無しに食べているマグロ(実はマグロに限らないのだが)が、これだけ多くの人の手を経ていることに感動を覚えた。流通というものの奥の深さを感じた。一つの卸売り業者のせりが終わると、他の業者も次々にせりを始めた。リンリンリンという鐘の音があちらこちらに鳴り響いた。私は思わず、デジカメのビデオ撮影を始めた。 


4、朝焼けの下で

 マグロのせりを見終わった頃には空が少しずつ白くなってきていた。午前六時過ぎだった。
 昨日から一睡もしていない私達は寒いうえにお腹もすいていた。せっかく築地に来たのだから寿司か海鮮丼でも食べようということで意見が一致し、市場内の飲食店をブラブラ歩いた。午前六時過ぎには市場内の店も開いており、寿司屋の前の行列も一層ひどくなっていた。不思議だったのは、同じ寿司屋でも長蛇の列ができる店と閑散としている店があることだ。行列の店とガラガラの店の間にはどれほどの違いがあるというのか?
 私達は行列に並ぶのが嫌いな根性無しなので、そんなに混んでいない海鮮丼屋に入った。1300円程度のネギトロマグロ丼を食べてお茶をすすりながらほっと一息ついた。
 午前7時頃。いつもなら完全に布団の中にいる時間だ。朝焼けの空がまぶしかった。


5、それから

 築地市場の見学をひととおり終えた私達は、築地市場の移転予定地である豊洲に行くことにした。
 ゆりかもめには「新市場前」という駅があり、それが築地の移転先である。行って見た感想は、「無駄に広い空き地」というところである。もし築地市場移転計画が頓挫したら「新市場前」という駅名はどうなるのかと考えながら帰路に着いた。

 後日、週刊ポストの記事を確認した。週刊ポスト2008年2月29日号(40巻9号)の「外国人観光客TOKYO新名所」という記事がそれらしい。その記事の一部を抜粋してみよう。

早朝午前五時半、「東京の台所」として賑わう中央区築地の東京都卸売市場(以下、築地市場)―――。
   競り人たちの活気溢れるやり取りの声が場内に響く中、ズラリと集まった外国人観光客たちから感嘆の声があがる。
   今や外国人観光客にとって東京でも一番の人気スポットとなった築地市場。中でもマグロの競りは特に人気が高く、見物客の約9割が外国人だ。
  「ここは本当にすごい!生き生きとしてものすごい活気ですね。築地はガイドブックだけでなく、アメリカの新聞やテレビでもよく取り上げられています。今回の旅行の一番の目当てだったんです」(ニューヨークから夫婦で来た45歳男性)
   昨年、日本を訪れた観光客の数は過去最高の約835万人を記録。円安傾向が長期化する中、近隣の韓国、中国はもとより、ロシア・ルーブルや欧州・ユーロなど“強い通貨”を誇る国から観光客が続々と日本にやって来ているのだ。

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(2008年の2月に東京の築地市場を見に行った感想文です)

1、銀座の漫画喫茶

 午前4時30分。銀座の漫画喫茶で私達は夜明かしをしていた。
 午前5時に始まるという築地のせりを見るために少しでも寝なければと思ったのだが、部屋の明るさと緊張感のために眠れそうにない。開き直って漫画を読みながら午前5時を待つことにした。
 銀座には漫画喫茶が少ないらしい。ネットでようやく見つけたこの漫画喫茶も店内が狭苦しい割には一晩1500円もする。店員はバイトのお兄ちゃんが一人いるだけ。この兄ちゃんは客が寝ている深夜にも寝ずの番をしているのだろう。
 漫画の棚と自分のブースの間を往復して漫画を読み続ける。眠たいが眠れるような精神状態ではない。遠足前の子供のようにわくわくしていた。
 「午前4時50分・・・、」
 私達は午前5時に間に合うよう早めに漫画喫茶を出た。空はまだ真っ黒で2月の冷たい風が吹き抜ける。ブルブル震えながら築地へと向かった。高級イメージの銀座と庶民イメージの築地は相反するイメージの町だが、面白いことに隣同士である。歩くこと10分ほどで朝日新聞のビルが見えてきた。もう築地市場の入り口だ。空はまだ暗いが、市場はもうとっくにお目覚めであった。


2、築地潜入!

 午前5時。築地市場の中に入った。
 築地市場の正面玄関は、大江戸線築地市場駅の側にある。トラックや電動車が忙しく出入りし、徒歩の私達がものすごく場違いに見える。入っていいものか?とためらいながらも市場の中に入る。
 市場内の寿司屋には行列ができていた。開店前から並んでいるらしい。午前5時では電車もろくに動いていないだろうによくもこれだけの人が集まったものだ。「この店は有名でね。2時間待つぐらいは普通だよ。長いときは3時間待つこともあるくらいだ。」とのこと。寿司を食べるために2時間も待つとは恐れ入った。しかも2月の寒さの中である。築地にはよほどの苦行好きが集まるらしい。
 マグロの卸売り場には、観光客(ヤジウマ?)専用のスペースが出来ていた。早朝5時だというのに、ここには多くの観光客が詰め掛けていた。外国人(特に欧米人)が多かったが、彼等はツアー旅行の一環としてせりを見に来るのだろう。せりが終わって団体で帰って行く姿が印象的だった。
 まだせりは始まっていないらしく、業者のおっちゃん達が熱心にマグロを観察していた。できるだけいいマグロを手に入れるために皆必死なのだろう。(続く)

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