|
夕食はお昼と同じ店の同じ席。お昼はヨレヨレの軍服を着た兄ちゃんぐらいしか客、いませんでしたが、 晩は結構着飾った人や家族連れも着ていました。 ひざ上15cmぐらいのミニスカートに網タイツのロシア姉ちゃんもいました。 ウン!やっぱりロシアと言えばこういう姉ちゃんがおらんとな!(だから日本じゃっちゅうとんねん!) スレンダーなマリナちゃんもしてくれたらエエねんけど、荷物担いでの旅行でそれはないか! 「アホなこと言うてんと、ビールどれにしますか?」 ここのビールは例のバルチカとデンマークのビール。バルチカは同じ銘柄でもアルコールの度数によって バルチカ3、バルチカ5、バルチカ7といろいろあります。いつもは5を飲んでるのに、ここは3か7のみ。 「強いのと軽いのしかないよ」「じゃあ強いの!」 慎重なタケシダヨ君はウェイトレスに「一番美味しいのどれ?」 「これ」と指したのはデンマークのビール。姉ちゃん!愛国心はないんか! 食事はまたまた山盛りのマッシュ・ポテトとハンバーグ。 ロシア風のハンバーグって、あまりよい印象持ってなかったけど、 これは美味しかった!ドイツやオーストリアの安物なら負けるんちゃう?って言うぐらい。 マリナちゃんも「このお店は美味しい」と満足気。 「うんうん、旨いね!じゃあビールお代わり!」「ダメよ!」 この時は何でお代わりデケへんねん!と不満でしたが、後で見たら、お酒代は旅行費に含まれておらず。 ここまでのお酒代は彼女が奢ってくれていたのでした。無理せんでもそのぐらいこっちで出すのに! しかし毎度毎度、やたらに量が多いです。 タケシダヨ君はあの小さな体のどこにこんだけ仰山入るんでしょう? ここから11時頃まで、1つのダブルベッドに3人でくつろぎながら(寝てませんよ!さすがに)、 テレビを見たり歯を磨いたり、電話をかけたりしていました。 雨は食事の後もっとひどくなり、土砂降りです。ここに入れてもらわんかったらどうなっていたことやら… 「会社に電話したら、ユジノサハリンスク(豊原)はこの2,3日、大雨の嵐やったそうですよ! 運がよかったですね!」雨男やけど、これでも助かってたんか… 「そろそろ、行きましょうか…」マジ?駅開いてなかったらずぶぬれになるで! 我々は旅行社から、12時48分の出発と聞いていました。 ところがマリナちゃんは会社から12時発と聞いています。 確かめようにも駅は何もないし…でも12時発やったとしたら、乗り遅れたら終わりです。 シベリアは冗談にせよ、バウチャーの予定から外れたら実際どうなるのん? 「どこへ行くにも膨大な取調べを受け、1等車の予約も一番ボロの席にされたり、大変な思いをします」 うんうん。大変やろうと言うことは冗談抜きで分かる。しゃあないか!12時に間に合うように行こ! 土砂降りの中近い距離やのにタクシーを使って、駅に向かいました。 駅舎には黄色い灯がともり、待合室が開いてました。 なーんや!夜になったら開けてくれるんかいよ! メチャクチャ小さいA4ぐらいの紙の時刻表が、壁に貼ってありました。 出発は、12時48分かあ!もうちょっとホテルにおったらよかったな!まあ、雨には濡れんからエエか! オッサンが数人。酔っ払ってグダグダとしゃべっていました。ならずモンやなかろうな… 背が高く、太ってはいないものの弛んだ体のロシア人が、英語で話しかけてきました。 返事しようとしたらマリナちゃんが遮り、ロシア語で話しています。ヤバイ、のかな…? しかし男は声を荒げる様子もなく、これなら大丈夫みたい。しばらく話をして、他所へ行きました。 ところが今度は再び英語でこちらへ。今度は返すと、英語で日本人と話せるのが分かって嬉しかったのか、 マリナちゃんと話す時とは打って変わって、興奮して後から後から色んな話をし始めました。 しもた!酔っ払いのグダかよ!赤い顔してたけど、日に焼けてるんかと思うたがな! 「俺の名はグレゴリ。俺の爺さんは日本のゼネコンで働いていたんだ。ところが(ドイツとの) 戦争が酷くなったんで北樺太へ帰り、ここから南の日本軍を攻めたんだよ。爺さんは日本にいたから 西へは行かなかったが、爺さんの弟は、白ロシアで戦車兵としてナチと戦った」 ワシはお前達の敵軍じゃよ! 「俺もここで生まれ、日本に興味を持った。初めて『日本』を見たのは、ここよりずっと北、 ホムスクにあるダーチャ(別荘)に行った時、日本人が建てた石碑を見つけたんだ! 無論俺にはなんて書いてあるのか分からん。しかしその碑には、何か侵すべからざる物を感じたのだ。 そしてその石碑の周りの地中には、20世紀初頭の日本の兵器が沢山埋められていたんだ!」 「当時の日本はハイテク大国、そのためか日本を見ていた俺はロボット工学を志した。 名門のサンクト・ペテルスブルク大学へ行こうとしたが、親はサンクト・ペテルスブルクまでの 片道切符しかくれなかった」泣きが入ってきたな… 「俺はやむなく、工学部でなく英独語科に入って、現地でお金を稼ぎ、卒業後編入で工学部に入りなおした。 その後ドイツや日本で、日本の技術者達と知合った。お前達もエンジニアか。いい奴だな!」 何で分かんねんな! 「俺は石油プラントの機器類のエンジニアとして、サハリンに帰った。しかしこの地に戻って愕然としたんだ! お前は国境へ行ったそうだな。もう少し北へ行って、森の中を見ろ!木々に隠れて夥しい戦車があるはずだ。 別にどこかへ攻め込むわけでもない。スクラップだよ。廃棄と称してこういうスクラップを溜め込んで、 現役の将校グループは私腹を肥やしていたんだ!戦車の前は古いミグだった。アルミは高く売れるからな」 そうか。さっき見た飛行機の増槽は、そういう所から流れて来たんか。 「しかし、そんなカラクリを作って金を稼ぐとは、ジェネラル(将軍)でもおるんか?」 黄色く淡い灯火の下で、グレゴリは更に演説でもするように興奮し、酔った顔を赤くして吼える! 「ジェネラル?こんな田舎にジェネラルが来るか!カーネル(大佐)もおらんよ。ここの親分は大尉や! そいつと何人かの取り巻きが、そうやって大金を手に入れ、酒飲み放題で遊んでやがるんだ! 俺も徴兵で1年、軍隊へ行った。辛かったが、国家への忠誠を強くしたよ。しかしその軍隊に、 そんな奴がいるとは思わなかった!奴等にとって軍務とは?国家とは?答えられるのか!」 んなもんワシに言われても…ロシア版「独立愚連隊」やなぁ。 ようやっと気が治まったのか 「お前はなんて言うんだっけ?ああ、ケンジさん。酔っ払って好き勝手言うてスマンかった。 しかしこうやって話を聞いてもらえてとても嬉しい」そういって握手を交わしました。 もうちょっと早く気付いて欲しかったけどな。 やり切れん男やったけど、こんな田舎で、ホラにしたってここまで熱く語って行くこの男に、 私は愛嬌で、帝國陸軍式の挙手の敬礼を贈りました。 グレゴリは少しはにかんだ顔を浮かべながら答礼し、ノタリノタリと黄色い灯火の待合室を出て行きました。 静かになったな、と思ったのは彼のせいばかりでなく、雨が小降りになったからでもあります。 待合室の空気も淀んできたので、外へでてみました。 投光器が発する白い光の中で、針のような小雨が流れています。 昼間は気付かなかった青い信号も、遠くに光っています。 レールと枕木は雨に濡れ、黒い艶を放っています。 幻想的です。宮澤賢治の「銀河ステーション」です。星の代わりに雨やけど。 遠くの方の投光器の光が動いたな、と思うと、ゴトゴトと小さな黒い四角い影が見えました。 中々大きくなりません。暗くて分かりませんが、相当遠くにおるんかな? ロシア語の騒々しいアナウンスと共に、待っていた乗客がゾロゾロと出てきました。 グレゴリは、乗客ではありません。 飲んだくれてはああやって、待合室の旅人に話をして帰っているのでした。 プラットフォームなどお構いなしに、全然違うところに止まった汽車に、我々は荷物を放り上げ、 よじ登るように乗車したのでありました。 夜行には、廊下に絨毯が敷かれ、窓にも白いカーテンが付けられます。ちょっと豪華? トイレも、覗いてみました。来る時はとてもではないけど座って用は足せない、と言う感じやったのが、 便座の上に紙敷き詰めたらできそうかな?と言う感じでした。タケシダヨ君はそうしてました。 4人がけのコンパートメント、アジア系の太った婆さんが既に寝ていました。 ならば女性のマリナちゃんが下、私とタケシダヨ君が上に登って眠りました。 既に時刻は1時過ぎ。余計なことはしないで休みました…… 夜が明けると、やっぱり雨。豊原まで帰ってきました。今日は樺太滞在最終日です。
(続く) |
平成20年樺太旅行
[ リスト ]





見知らぬ国の、見慣れぬ鉄道がいい雰囲気をかもし出すのかな?しかも夜に、雨ときとるし。
想像してしまうな〜。
プラットホーム関係なしに止まるとこなんか
最高と違うの?
2008/9/15(月) 午後 10:56 [ ねしお ]
このホームの光景、実は今回の旅行で一番の思い出なんよ。
これを見て宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」と樺太のイメージ、バッチリ繋がったわ!
記事にはせんかったけど、園長が死んだ時に歌うた「北帰行」思わず口ずさんでたよ。
2008/9/15(月) 午後 11:44 [ ケンジ ]
『お前達もエンジニアか。いい奴だな』
なんだかんだ言ってちゃんと下調べしてますな〜(なんでもスパイに見えますね(笑) )
腐った軍人ってやっぱり居るんですね〜
軍モノの映画やドラマで定番のシナリオ♪
ホラか真実かはさて置き、やはり中央から離れたところは無法地帯である事は間違い無さそうですね。
根室沖の漁船襲撃をやらかした沿岸警備隊然り、メチャクチャです!
このカーテンは丈夫そうですね( ̄∀ ̄)ニヤ
2008/9/15(月) 午後 11:57
ロシア人でも何人でもイイ奴もいるし下衆もいます。
今回のグレゴリ君はあんまり悪いヤツな感じがしませんね
国と国、人と人、は別になれば理想ではありますが
なかなかそうもいきませんわな(笑)
…といつになく公平ぶった事をかいてみる
ウィスキーで酔っ払い気味の私であります(笑)
2008/9/16(火) 午前 1:57 [ ケストナー ]
>パパさん
タケシダヨ君は現役、私は予備役のエンジニアやと、紹介しておったんですわ。
ソ連時代はこの辺り、日米カナダに面する最前線やったんですが、
崩壊時に無茶苦茶になりましたからねえ。「ヤミ経済でないと喰って行けん」時代。
カーテンは、引っ張ってみたらよかったかな?ちょっと遠くの方でやってみりゃよかった^^
>ケストナー君
兵役に行った奴で「国家の忠誠」なんて言うてる奴は初めて見たよ。
軍隊は懐かしいけど、あそこで国家なんて考えてたら、やってられんと思うけどな。
君もグレゴリと同様酔っ払いか…^^;
2008/9/16(火) 午前 8:47 [ ケンジ ]
ロシア鉄道の旅、なかなか趣がありますね♪ しかしながら、かっては「日ソ中立条約」を一方的に破棄し、満州・樺太・北方四島に攻め込み、在留邦人にひどい事をしたのは忘れ難いものがあります^^; やはりロシア(=旧ソ連)という国家は今ひとつ信用出来ませんねw 傑作ポチです!
2008/9/16(火) 午後 9:20
まあ、昔から得体の知れん国、ですもんね!
しかしこの隣国には比較的みんな信用できない感情を表すのに、
支那や朝鮮にはなんであんなに友好だの交流だの言うんか分かりません。
早く思うことをちゃんと言える国になって欲しいですね!
傑作ポチ!おおきに〜!
2008/9/17(水) 午前 0:37 [ ケンジ ]
はじめておたより申し上げます。
ちきえもんと申します。
どんなところか、行ってみたいけどまだ行ってない樺太のようすがくわしくわかってとてもうれしいです。思ったよりまとも??−−いやいやこんなもんか。いずれにしろケンジさんが無事に帰ってこられてよかった、心からと思います。
2008/9/17(水) 午前 8:02 [ Chikiemon ]
ちきえもん様、当ブログへようこそ!
おそらく初めまして、ではありませんね?違っておれば失礼。
どうでもエエような事までツラツラと書いてますので、訪問を計画中の人には役に立つかと。
最後に一悶着ありましたが、何とか無事に帰れました。ありがとうございます!
2008/9/17(水) 午後 0:04 [ ケンジ ]
しかしスクラップで金儲け・・・腐ってる!
2008/9/22(月) 午後 2:29
居合刀持っていれば
「ひと〜つ!人の世の生き血をすすり・・・
ふた〜つ!不埒な悪行三昧・・・
みっつ!!醜い浮世の鬼を、退治てくれよう、桃太郎!」
ってやってきてあげるんですが・・・^^;
2008/9/22(月) 午後 5:39 [ ケンジ ]