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2013/1/13(日) 午後 8:33
あけましておめでとうございます。 「こうやっていれば勝ってた」って研究するたんびに 「んじゃ何でそれができなかった?」からこの手のお話になります。 未熟、と言うのはどうでしょうね。西洋の近代化が ベストであったかどうかは、相対化してみてもよいと思います。 私は日本には、西洋合理主義と類似した近代化が、西洋以外で世界唯一、 自然発生的に醸成しえた社会であると考えています。 明治維新を産業革命と帝国主義による圧迫への対応として見れば、 外から見ればしなくてもよい変革をしてしまったことによる 歴史的断絶が、「未熟な社会機構」の要因かと思います。 しかしそれも、維新の元勲は殆どが下級武士であったという、 革命的構造に起因すると思われます。 今学校で、ASEANの社会的構造についての論文が最終段階です。 少々理屈っぽくなってすみませんね。「構造」なんて言葉も、 ちゃんと説明するにはものすごいしんどいみたいですよ!(><)
2013/1/14(月) 午前 11:24 [ ケンジ ]
失礼しました。 「もりつち」さんの回答を得てから、ケンジさんにお尋ねすべきでした。 ・・・ もりつちさん、今日は。 これは私の研究テーマの一つです。 「日本軍の敗因」とは大東亜戦争のことでしょう。 清国、ロシアには勝っていますからね。 私の結論は「勝てない相手だと認識できなかった」ことだと思います。 軍人は「勝てません」とは言えないのが当然です。 つまり、そうは言えない軍人に政治を丸投げした為政者がいけないのです。 言い訳は、 1.統帥権干犯。 2、軍部大臣現役武官制がよく挙げられます。 しかし私は、真の原因は為政者が臆病だったからだと思います。 なぜか? それは磯部浅一が、相沢三郎中佐一人で陸軍中央をひっくり返したのを見て、俺にも出来る。 と確信をもったからです。 つまり、増長と傲慢が国家運営に介入したこと、或いは介入できたこよだと思います。 これこそが真の原因だと思います。 どなたか反論頂ければ幸いです。 ・・・とコメントしました。 いろいろ考えて来ましたが、これが
2013/1/14(月) 午後 3:22
私の、このテーマに対する結論です。 青年将校達は実に無念であったことでしょう。 安藤大尉の苦しみは深く私の心底に伝わってきます。 今日は雪ですね。 「未熟」かどうかは基準がどこにとるかの問題で、仰る通りだと思います。 「構造」という見方からすれば、当時の社会状況で下層階級の暮らしは「構造的暴力」を受けていたと言ってよいでしょう。 私は「アカ」ではありませんが、妹が身売りに出された兵士達が暴発しても不思議には思いません。 陛下の股肱たる重臣達は「構造的暴力」を加えているという自覚はなかったと思います。 しかし暴動は暴動であり、下剋上だった。 「政治」とは、それだけ非情であり残酷な決断が要求されるものだと思います。
2013/1/14(月) 午後 4:20
政治家は命がけでやれない者はなるべきではない。 どうせ殺されるなら、殺される前に、もっと陸軍の粛清をすべきだったのだと思います。
2013/1/14(月) 午後 4:25
お返事遅れすみません。 シビリアンがだらしなくなった、と言う意味ではその通りですね。 統帥権云々と言うのも、元雄藩出身の文官が明治新政府で 勝手に軍隊の一部を動かさないための策でしたもんね。 ステッキ持っててもサーベル吊ってても、元々は武士、と言う時代の文官から、 シビリアンは帝大、軍人は陸士海兵、と言う風に、エリートの門が峻別されたのが 一番の原因ですかね。 戦前はそれでも徴兵制がありましたが、戦後は軍事アレルギーもあり、 防大出でも任官しない幹部が多数出てくるぐらい、 国防は国民から離れた存在になってしまいました。 私自身の経験から言っても、もうちょっと一般国民に予備将校の門戸を広げてほしいです。 維新の会なんてありますが、明治維新を行った人は基本的に武士=軍人であったはずで、 そういう人等が憲法に不戦条項など入れるはずがないですよね。
2013/1/20(日) 午後 11:12 [ ケンジ ]
維新に因むと、昭和維新たる2・26事件の将校たちには、 反対に軍人側のエリート意識があったと思われます。 おそらく、WW1後の軍縮を経ているため、プライドというよりコンプレックスの方が 強かったんではないかと思います。 中でも日露戦争における戦費調達等、明治以来日本の経済を救ってきた高橋蔵相を 奸賊として殺害するなど、無定見も甚だしい。それで日本を救うつもりだったんでしょうか? 高橋も足軽の養子ながら武家の出身、と言うのも、軍人のシビリアンに対する 意識の変化をよく表していると思います。
このページのURL: https://blogs.yahoo.co.jp/villamomo/GUEST/61714041.html
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あけましておめでとうございます。
「こうやっていれば勝ってた」って研究するたんびに
「んじゃ何でそれができなかった?」からこの手のお話になります。
未熟、と言うのはどうでしょうね。西洋の近代化が
ベストであったかどうかは、相対化してみてもよいと思います。
私は日本には、西洋合理主義と類似した近代化が、西洋以外で世界唯一、
自然発生的に醸成しえた社会であると考えています。
明治維新を産業革命と帝国主義による圧迫への対応として見れば、
外から見ればしなくてもよい変革をしてしまったことによる
歴史的断絶が、「未熟な社会機構」の要因かと思います。
しかしそれも、維新の元勲は殆どが下級武士であったという、
革命的構造に起因すると思われます。
今学校で、ASEANの社会的構造についての論文が最終段階です。
少々理屈っぽくなってすみませんね。「構造」なんて言葉も、
ちゃんと説明するにはものすごいしんどいみたいですよ!(><)
2013/1/14(月) 午前 11:24 [ ケンジ ]
失礼しました。
「もりつち」さんの回答を得てから、ケンジさんにお尋ねすべきでした。
・・・
もりつちさん、今日は。
これは私の研究テーマの一つです。
「日本軍の敗因」とは大東亜戦争のことでしょう。
清国、ロシアには勝っていますからね。
私の結論は「勝てない相手だと認識できなかった」ことだと思います。
軍人は「勝てません」とは言えないのが当然です。
つまり、そうは言えない軍人に政治を丸投げした為政者がいけないのです。
言い訳は、
1.統帥権干犯。
2、軍部大臣現役武官制がよく挙げられます。
しかし私は、真の原因は為政者が臆病だったからだと思います。
なぜか?
それは磯部浅一が、相沢三郎中佐一人で陸軍中央をひっくり返したのを見て、俺にも出来る。
と確信をもったからです。
つまり、増長と傲慢が国家運営に介入したこと、或いは介入できたこよだと思います。
これこそが真の原因だと思います。
どなたか反論頂ければ幸いです。
・・・とコメントしました。
いろいろ考えて来ましたが、これが
2013/1/14(月) 午後 3:22
私の、このテーマに対する結論です。
青年将校達は実に無念であったことでしょう。
安藤大尉の苦しみは深く私の心底に伝わってきます。
今日は雪ですね。
「未熟」かどうかは基準がどこにとるかの問題で、仰る通りだと思います。
「構造」という見方からすれば、当時の社会状況で下層階級の暮らしは「構造的暴力」を受けていたと言ってよいでしょう。
私は「アカ」ではありませんが、妹が身売りに出された兵士達が暴発しても不思議には思いません。
陛下の股肱たる重臣達は「構造的暴力」を加えているという自覚はなかったと思います。
しかし暴動は暴動であり、下剋上だった。
「政治」とは、それだけ非情であり残酷な決断が要求されるものだと思います。
2013/1/14(月) 午後 4:20
政治家は命がけでやれない者はなるべきではない。
どうせ殺されるなら、殺される前に、もっと陸軍の粛清をすべきだったのだと思います。
2013/1/14(月) 午後 4:25
お返事遅れすみません。
シビリアンがだらしなくなった、と言う意味ではその通りですね。
統帥権云々と言うのも、元雄藩出身の文官が明治新政府で
勝手に軍隊の一部を動かさないための策でしたもんね。
ステッキ持っててもサーベル吊ってても、元々は武士、と言う時代の文官から、
シビリアンは帝大、軍人は陸士海兵、と言う風に、エリートの門が峻別されたのが
一番の原因ですかね。
戦前はそれでも徴兵制がありましたが、戦後は軍事アレルギーもあり、
防大出でも任官しない幹部が多数出てくるぐらい、
国防は国民から離れた存在になってしまいました。
私自身の経験から言っても、もうちょっと一般国民に予備将校の門戸を広げてほしいです。
維新の会なんてありますが、明治維新を行った人は基本的に武士=軍人であったはずで、
そういう人等が憲法に不戦条項など入れるはずがないですよね。
2013/1/20(日) 午後 11:12 [ ケンジ ]
維新に因むと、昭和維新たる2・26事件の将校たちには、
反対に軍人側のエリート意識があったと思われます。
おそらく、WW1後の軍縮を経ているため、プライドというよりコンプレックスの方が
強かったんではないかと思います。
中でも日露戦争における戦費調達等、明治以来日本の経済を救ってきた高橋蔵相を
奸賊として殺害するなど、無定見も甚だしい。それで日本を救うつもりだったんでしょうか?
高橋も足軽の養子ながら武家の出身、と言うのも、軍人のシビリアンに対する
意識の変化をよく表していると思います。
2013/1/20(日) 午後 11:12 [ ケンジ ]