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ギリギリになりましたが、明けましておめでとうございます。
今年は新年早々、株価が乱高下したり、韓国がいよいよ支離滅裂(これは前からか)になったり、
その陰に隠れて、米支の冷戦構造がハッキリして来たりで大変です。
兼高かおるさんはじめ、有名人も結構無くなっておられますし、Brexitは目前。
そういえば今年は天皇陛下の御世替わりもあります。これはおめでたい話でありますが、
歴史上の存在と思っていた上皇を見ることができようとは。親父ももう少し長生きしてたら見られたのになあ。
考えたら30年前の、平成への御世替わりもまた波乱の世界情勢でしたね。
身近なところでもネタはありますが、去年の大分行の分がまだ残っています。
もう去年の話になってもたので、ここからは流してしまいましょう。前回は岡城址の紅葉まででしたね。
豊後竹田と言えば、岡城址の他にも、城下町らしい見どころがありますが、それよりもここは日露戦争の軍神、
広瀬中佐の出身地であり、現在は軍神を顕彰する広瀬神社があります。
が!今回は時間がない。体力を過信して移動時間が予想以上にかかったのと、紅葉があまりにも美しく、
後のことがどうでもよくなったのであります。神社の前には来たのですが、時間がないのに加えて、
境内に行くにはさらに坂!下にある中佐の像にお参りして引き揚げました。
それでも、弟の高校はちゃんと撮ってきました。ここは正門ではなく通用門。いきなり職員室のど真ん前です。
一応挨拶に行ったら、初対面やのにいきなり双子の弟と間違われて参りました!
はら太もち、食べられへんかったなぁ。まあ元気にやっててくれてよかった!
この後大分にとんぼ返りして、駅からすぐにバスに乗ったため、お昼は3時ごろにファミマの弁当やったから、
昼飯分だけでも買うとけばよかった!
けど豊後竹田って、結構有名な駅やろ?コンビニも売店も何もないなんてどういうことなんよ??
大分からバスで行った先は、次の日の居合の試合会場です。次回の全国大会を大阪で開催する
はずだったので、会場設営の下見をかねて先に行こう、と誘われた次第。
この「ハズ」だったというのが曲者で、我々この後宿に戻り、楽しく宴会をした後大分の街に繰り出し、
スナック1件ないので結局ラーメンを食べて帰っている隙に、大阪方の当事者不在のまま、
開催地が変更されていました。
その旨通達されたのは次の日、試合当日の朝で、実行委員の2段の人にボソボソと決定の連絡があっただけ。
その人も、大阪の代表も起きてみたらそんなことになってるなんて!それもこれから試合本番やで!
ということで、試合はかなりボロボロでした。ケッタクソ悪いので、私が勝った試合の写真のみのせときます。
全国大会には個人戦と団体戦があり、大体が朝個人戦、午後に団体戦となります。
私は2回の全国大会で、個人戦は2回とも1回戦負け。その代りに団体戦は3戦3勝でした!
団体戦なので、自分が勝ってもチームで負け、が2回。大将の決勝戦で勝ったのは嬉しかったな!
多分朝のうちは調子が出ないから負けが2回になったんやろか。
まあ、それはエエです。私達ともう1チーム出た面々はなんと5人全敗!ナンボにもそんなん有得へんやろ!!
個人戦も、8人ぐらい出て、決勝まで行ったのが2人だけ、あとは悉く1回戦負け。
今回はホンマ、いじめられました。この続きはまたいずれ、記事にする機会があるハズですのでよろしく!
という感じで、とっとと大分を引き上げて別府温泉でどんちゃん騒ぎと相成りました。
う〜ん、湯煙!来てよかったわ!
しかし、朝からの疲れで、宿で飲んだ後はバタンキュー。大分と違って、ここは結構スナックあったのに!!
お風呂がよかったので、皆何度か入り直してましたが、私の同室やった二人は、
私の鼾で眠れんかったそうです!翌朝シバかれました(^^);;;
翌日は訳あってまた大分へ。んでまた別府。雨が降ってたので、地獄めぐりももおええか、となった次第。
別府観光港、こんなところから見るの初めてやわ。大抵バスやらタクシーでくるもんな。
しかし高度成長期から観光の要港として栄えたところだけあって、古臭いけど味がある待合室です。
明らかにさんふらわあではないけど、ホンマ歴史を感じます・・・・・けど、とっとと入れてくれや!
朝ついてそのままここにおんねやろが!雨に濡れて歩いて来たというのに!しゃあないなあ。売店でも行こか。
言われんでも分っとるわ!ホンマ帰ったらまた地獄やのお〜。
なんて言うた後1時間以上待って
やっと乗船。・・・・?広い!来る時にのったゴールドよりも、
部屋も、
通路も、売店も!明らかに広いわ!!
聞けば、新しいゴールドは個室メインのため、個々の部屋が小さくなり、共用スペースも狭くならざるを得ない、
とのこと。そりゃ雑魚寝の人が多いのに共用部も狭かったら怒りますわね!
まあ、大きな個室の私にはどうでもエエことですが(^^)v
そのせいか、往路よりは寝心地の良い船旅を終え・・・
大阪まで帰って来ました。往路は神戸→大分、復路は別府→大阪です。
写真は2025年に万博が開催される夢洲。
刀かついで下船〜。お早う大阪!
という感じで、30有余年を経て訪れた大分の旅は終わりました。この後は当分遠出はないかなぁ。
最後になりましたが、今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m
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居合道
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父が亡くなって、1カ月ちょっと経ちました。来週49日です。49日まではこの辺をうろついている、
なんて聞きますが、葬式の次の日に一度、夢に出てきた後は全く気配がありません。
ここんとこ暑い暑いし、夜中何回も目覚めて便所や洗面に行く折に、出てこないかな?
とは思うのですが、気が早い親父のこと、とっとと向こうに出向いてるのかもしれません。
お葬式から三月目にはいると「身(三)に付く(月)」という語呂合わせで縁起が良くないから、
5週目に終わらせてしまう人もいてるそうですが、どのみち身内やし、急に死んでも困る奴もなし。
そのまま49日目に行います。しかし仏事はこんな風に、融通が利くのがエエですね。
ウチも初七日は葬式の直後に済ませたし、49日が8月やから、初盆はお仏壇で済ませてもええかな、
なんて考えております。
話は前後して恐縮ですが、5月に浜松まで出向き居合の昇段審査を受け、
辛くも錬士五段になることができました。錬士五段と言うのは、五段と言う段位に合わせ、
錬士と言う称号を別途頂くわけで、允許状もこんな風に、別々に2枚頂きます。 今更苗字を隠すのにどれだけ意味があるのか分りませんが、一応ネットにUPするんで。
連盟の方は後発のため、宣伝も兼ねてこんな団体もあるのですよ〜、と知って頂けると幸いです。
試験に戻ると、免状も資格も異なる訳で、当然試験も別途です。
称号と言うのは、段位と比べて値段がグッと上がり。なかなか大変ではありますが、
別途の試験を一度に受けると、試験代が1回で済むので、大変ありがたい措置です。
思えば梅田のビルにある、英信流の道場の門を叩いて以来11年、
先生に不満もあり一旦退会したら、五段の手前まで行ってたキャリアがいきなりゼロに。
まあ、覚悟はしていましたが、そこは捨てる神あれば拾う神あり。
今の道場に入会したのが2013年8月で、そこから4年弱の間に二段、四段、五段+錬士と、
大分飛ばしてもらいました。
五段になると道場では、先生もしないといけません。というか今年からは私、先生もしていますので、
よろしければみなさん、一緒に刀を振ってみませんか?
道場のブログも同じヤフーで作っています。
こちらです。先週も女性の入会者がありましたよ!
無理なく楽しく道を進もう、というモットーでやっておりますので、お気軽にご連絡、ご見学のほど、
よろしくお願い致しますm(_ _)m
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今月も、31日まで来てしまいました。しかし!今月には理由があります。
標記のとおり、今月私は居合のお稽古の昇段審査を受け、錬士五段になることができました。
で、その允許状の写真をUPしようとして待っていたのですが、試験が13日の土曜日、
直後の16日は間に合わないとしても、23日ごろには上がるかな?
しかし23日はこれを見に行ったので、お稽古さぼりました。
日をずらせなかったため苦渋の決断です(TT)
まあ、それはそれで面白かったんですが、今はその話ではなく、23日に稽古に行けなかったということで。
して、次の火曜日が30日。昨日です。しかし!まだ来ない!!写真撮れない!
仕方ないので、今月は写真なしでのご報告。来月までネタ引っ張れますしね。 こんな写真でも載せて、ごまかしときましょうか。
五段になると、昇段試験も全国区になります。今回は浜松。
一昨年も、全国大会で行ったのでそれほど久しぶりでもありません。
午後の試験に合わせて、朝も早よから刀かついで新幹線です。
んで、そんな日に限って土砂降り!なんでやねん!長い刀運ぶのしんどいねんぞ!
試験の写真は、ありません。動画を見せてくれる、とは聞いてますが、
允許状がこの状態なので、いつになることやら。
五段の試験になると、こんな風な試し斬りも試験科目に入ります。
上の写真は試験の時でなく、お正月の神社の奉納演武で、邪気を払う「お祓い」です。
斬ること自体は、上の写真同様つつがなくできましたが、その前の形自体が滅茶苦茶。
自分では上がってるつもりはなかったんですが、試験全般大分体が堅かったみたいで、
帰りの新幹線で肘に妙な痛みが出てきました。
流祖の娘さんと初めてお話させてもらった際も、開口一番
「いや〜、緊張して見せて頂きました」とのこと。見てる方もか〜〜。
その日は浜名湖畔で宴会もあったのですが、私は次の日のこともあり当日引上げ。
前回食べ損ねた鰻、今回も最後の2食を一緒に行った連れと2人で確保できました!
大河ドラマにちなんで直虎かぁ。去年の真田丸と比べられて、苦戦しとる。
ちなみに、このシリーズには家康重もあり、この直虎より少し高級です。さすが将軍。
まあ、今月はこんな感じで終わりそうです。
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居合の記事を書くのは、6年ぶりなんですね。
前の道場をやめてた次の春から、2年間夜学に行きました。楽しかったですが、楽しんだ分余計な肉が!
9時20分から学校の仲間と体に悪〜い食事やお酒を飲んでいたら、太るなと言う方が間違っています。
初めて居合を始めたときより、事務所に座っているのが辛い!
目が、肩が!背中が!腰が!膝が!!!体中ですわ。
それまでが居合やったので、もう少し違うのがいいな、と思ったのですが、そこはやはり今回も、
刀と袴を使う武道にしたい。前の居合の道場では、杖術の道場があると聞いていました。後は殺陣、
刀はめったに使わないけど合気道もやってみたかった武道です。
しかし結局は、居合に戻りました・・・。
なぜか?安いんです!
殺陣なんて、90分のレッスン1回やったら5000円!その他はそんなに行かなくても、やはり少しお値段が張ります。
あとは会場が不便。元々仕事の帰りに寄れる場所でないと、一度帰宅したら行きたくなくなると考えていたので、
稽古の後はあまり遠いのは勘弁してほしい。
それらを考えると、今の戸山流の道場が一番良いということになりました。
会場は中津、あるいは新大阪。中津なら帰りは梅田まで歩きます。新大阪は帰りはJRで150円。
それより、段外の間は月1000円+年会費5000円!1年で1万7000円ですよ!初段から4段ぐらいまでは
月2000円になるので2万9000円ですが、こんなの殺陣やったら週1でも1か月半しか持ちません。
「おそらく日本一安い」と先生が言う通りで、その分苦労して大阪市のスポーツセンターの場所取りをしています。
最初は夜学でついた脂が抜けるまで、かなりしんどかったです。戸山流は立ち技がほとんどなので、
もともと腕の力も落ちてる所に、立ったまま同じように振ったら負担が違う。少しづつ筋力を回復させながら
力を抜いたしなやかな技になるように復活させていきました。
とはいえやはり復活するとビュンビュン振り回すようにはなりましたが。
前の道場で4段まで行ったので、今回は試験のたびに2段づつあげてもらい、2年で4段に戻れましたが、
ここからは高段者、今までと同じ稽古はいくらやっても前に進めません。
なので最近は、連盟の全国本部や県の本部の高段者が道場に来て、教えてくれます。
普通ならこちらから本部道場、という形なのでしょうが、県の本部は宝塚(兵庫県連盟大阪支部なので)で、
こちらのスポーツセンターの方が大きいし、全国の本部はなんと北海道!とても行けません。
その先生達が来られる前、あるいは先生が来られないときは、初心者の指導に回ります。
5段になると昇段試験に指導の要領も入ってきますので、その稽古でもあります。
しかしそうなると、教わっているのは高段の技やのに、教えるのは初心者の技と、ここも苦労のしどころです。
これがしんどくてやめて行った先輩もいてるぐらいです。
まあ私は、なんやかんや言うても居心地がよく、体動かして酒が旨かったらとりあえず文句はありません。
当初こちらの道場は、稽古の後皆さんアッサリ帰っているので、少し寂しいなとは思っていたんですが、
適当に誘ってみると案外好きな人ばかり。去年浜松で全国大会があり、その帰りの新幹線では自由席を
横2列でとって酒盛りしてました。居合する人には酒好きが多いのは、どうもホンマと思います(^^)
夜学の人も同じ道場に入り、帰りには飲んでいます。文化の日にホームカミングデーという、
同窓生を招く文化祭のような行事があり、そこでこんな風に居合をさせてもらっていたら、
2人も入門者が来てくれました!その時の写真がこちら。
さすがに留学生は入ってくれませんでしたが、折角出さしてもらっているので、
こんな風に入門者があるのはうれしい限り。アピールのし甲斐もあるってものです!
前の道場ならこんなことはまず難しかったとおもいますので、自由度の広い連盟にも感謝です。
という訳で、復活した居合の記事、また折に触れ載せていきたいと思います。よろしくお願い致しますm(_ _)m
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4年半続けましたが、ひとまずお休みし、仕切り直しをすることにしました。 同じ道場でお休みしてもよかったのですが、一緒に稽古や行事をする人々は皆さん、 楽しい方だったのですが、一生の修行とするにはよいご縁ではなかったようです。 何年か待てば状況も変わったのでしょうが、私も生業を持つ身。その時まで受け持つ負担には 自ずと程度があるし、何としても辞めてはいかん、と言う事態はとりあえず乗り切っておりました。 2007年の1月、道場創設者のT先生が亡くなられた後、大体毎回顔を出す会員は3名、 その後2名増えたと思ったら、その分先輩の2名が健康上の理由で引退、 増えた2名のうち1名は、1年間休会していました。 新しいお2人は、年齢は先輩のお2人と最大5つぐらいしか替わらないのですが、 お2人共、体をよく動かしておられ、健康に見えます。当面は道場の存続に問題はなさそうです。 何とかなりそうだ、となった上で私自身が続けていくかどうか考えた時、いくつか疑問がありました。 1)1年前頃から、稽古が2週間に1回となった。自宅でも練習はできるが、そもそも健康のために 週一で稽古に通えるから入会したのに、半分になってあとは自分でせえでは、習い事の意味がない。 2)その結果、稽古量もやる気も低下して、競技会でよい結果が得られない。行きたくなくなる。 朝も早よから刀担いで、急いで袴付けて方々に挨拶して、挙句に結果がボロカスなんて目も当てられない。 3)T先生の後に代表になった先生がうるさい人で、直接的にはこの人に「辞めまっさ」と捨て台詞を吐いて 辞めた程。武道であり修行である限り、先生はある程度うるさいのは理解できるが、 この人のレベルまで気にしていたら、平素の仕事にまで障りが生じそうであった。 言うまいとは思っていましたが、実際やめた理由の大半はこの先生にあります。 上記のように私が言うのが妥当であるかどうかを述べるためにも、なるべく感情を排し、 あったことだけを書いておきます。気分を害される方は読まれませぬよう、予めご了承願います。 2008年の11月、道場で忘年会をしました。 1次会は道場で、2次会は第1ビルの立飲み屋に移りました。 私は先にテーブルを陣取り、後から来る先生と後輩を待っておりました。 満員の立飲み屋で、テーブル1つ独占するのは気まずいので、適当に食べ物を並べて飲んでいると、 そこにやってきた先生「わしを待たんで先に飲み食いしとる」と言うことでその場で帰ってしまいました。 そこから半年ほど、私は殆ど稽古に行っても先生に無視されていました。 細かいことでネチネチと怒るのはしっかりやってくれてましたが。 このときは先輩が先生を説得してくれたこと、その先輩も健康状態等の理由で、 私が辞めては道場の存続が不可能ではないにせよ極めて困難になることから、我慢して残ることにしました。 何、理不尽な奴なんて、中高の寮の頃に比べたら何てこともありません。目的があるからには平気でした。 但し、先輩方がいなくなってからは「次に何かあったら辞めるから、ある日突然いなくなるのでよろしく」 とは話しておりました。 今年7月、ある方が日頃の稽古不足を補うため、道場を自分で借りて練習をしたい、と相談がありました。 私は「オッサン何で怒り出すか分からんさかい、先に先生に聞いては」と言うた所、 何と私に怒りの電話が来ました。「お前、○○さんが道場で練習する言うたん聞いてたんかえ!」 初めはこっちに怒ってるなんて考えもしませんでしたが、どうも私が勝手にOKした、と怒っていたのでした。 先生に話を通さずに、門下生だけで練習をするのはアカン事なのでしょうか? そんなん聞いたことありませんが、まあ、それは構いません。先生が言うことですから従わんと。 しかし、先生に聞けというた私が何故文句を言われなければならないのか! それもICUで寝ている親父を見舞いに行く直前に!非常識にも程がある! 知らんかったのなら仕方がないが、メールで「これからICUに行きますので連絡不可となります」 と言われたら、私なら一言ぐらいスマンかったな、と言います。とにかく何があっても、あの忘年会以来 スマンて言うたの聞いたことない。それが「どこに言っても恥ずかしくない」態度なのでしょうか。 初めから私に怒っていると分かったら、ブチ切れる所でしたが、今回は保留としました。 いよいよ我慢しなくてよくなったのは、私の他に新しく2名が大体顔を出せるようになってからです。 新しい方々も面白い人達で、よいご縁ができたと喜んでおりましたが、 私はちょっと仕事も忙しくなってきたし、親父は入院してるし、行事も行きたくないし、 稽古に出るのがしんどくなってきてました。それでも稽古自体は楽しかったんですがね。 今月、月に2回しかない稽古にどうしても予定が重なってしまいました。 出張の多い方に「よかったら1週間ずらしてくれませんか」と聞いてみた所、やはり無理。 その旨先生に言うたら、来ました来ました! 「なんでワシに相談せんと○○さんに先に聞くねん!」 それはハッキリ言うて社会人の常識ですよ。 偉い人に話を持っていくのに、みんなの意見を纏めて持っていくのと、いきなり「あ、スンマセン、 都合悪なったんで替えてもらえません?」なんて言うのと、どっちがちゃんとした物の頼み方でしょうか? 私がその偉い人やったら「お前、んなもんワシにみんな回って聞け言うんか?」って逆に怒ります。 まあ、そんな事はどうでもエエです。私はもう辞めてもエエんですから! 我慢すべき時はちゃんと我慢したでしょ?これ以上アホな言い掛かりに付き合うてられんのじゃ! 「やめまっさ」「おおやめやめ・・・」言いかけた所でブチ!携帯もミクシも即消去! ウッシャぁ!スッキリしたぁぁぁああああ!! 引き止めて下さった方には「先生の癇癪やらなんやら、何年も耐えて修行した人も仰山おるんやで」 と言われた方もありました。それは分かります。でもね! ここに書いた事以外でも、顔を出したら何言い出すか分からん、いや顔見んでも話で聞いただけで、 電話で好き勝手に言い掛かりをつけるような奴と関わるような修行は、仕事で十分しています。 ここでストレスためすぎたら、仕事に影響するでしょ?いやいや既に仕事には邪魔になってますよ。 5時になってら仕事中断して道場へ行ってましたもん。 一番苛められてた時、会社の経理の伯母ちゃん「アンタ楽しそうに行ってる間は黙ってたけど、 シンドイ思いしに行くんならちょっと仕事との兼ね合い考えて」なんて言われてましたもん。 まあ、そんな訳で飛び出したので、今の連盟や流派にはもう戻れないでしょうね。
一たび刀を置きますが、事情が許せばその時には、また一からやり直したいと考えております。 今度ネタにする時は、身内に分かる形にはせん方がよさそうですね(^^; |


