|
まだ行きたいところはあるけれど、とり合えずは本懐を遂げ、次は土産を買いに。 マリナちゃん(以下マ)「何を買いますか?」即「スハリキ!」 http://blogs.yahoo.co.jp/villamomo/54762175.html 参照「ああ、それなら安いので、私からプレゼントしましょう」 デパートというか、駅前の商店街みたいなビルに入り、大量のスハリキを買うてくれました。 ケンジ(以下ケ)「こんなに沢山」マ「いいです。安いですよ!」その上、 「今回の旅行はとても楽しかった。これ、思い出にして下さい」 どうしてもロシアにしたいのね?というのはもう止めましょう。ありがとう!ありがとう! 腕時計と比較しても、小さなマトリョーシカ。大事にしますよ! 市内観光はこれでお終い。この後は最後のスケジュール、ロシア料理のディナーになります。 ロシア料理、もう何度も食うたけど、行く前のイメージでは「旅の途中ではどうせロクな物も食えまい」 と、最後ぐらいちゃんとしたロシア料理を食べようと思ったのでした。 タケシダヨ君はともかく、私はホテルで今までの服をカバンにしまい、新しい綺麗な服に着替えて 「ディナー」に備えておりますと「イキマショウカ」 これも最後です。名残惜しいねぇ! ロシア料理店はホテルの近所でした。 マ「タケシダヨさん、ウェイトレスさん美人でしょ!」ワシに聞かんのは嫁に遠慮してるのかな? 「私も、今日は飲もうかな?」と言いかけたものの、「そうだ!自動車があるんだ!」 そーそ!飲酒運転もシベリアですよ! しかし、結構楽しみにしていたディナー、別にどうって言うこともない普通の食事でした。 おまけにマリナちゃん、「ふる里弁当」で遅い昼食の後、この食事の前に家で更に食事をしてきているので、 殆ど手をつけずじまい。旨いって噂は聞いてたけど、確かに「ディナー」ではないわな… マ「皆さんは、旅行が終わったら何をしますか?すぐにお仕事?」 ケ「はあぁ、そうなんです。取引先の機械が壊れてるんで、本土へ帰ったら予備のパーツを届けて…」 こんな時に思い出したくもないなぁ… タケシダヨ君(以下タ)「僕はもうすぐ会社、辞めるんで帰っても楽よ!」 彼は事情があって、大学卒業以来勤続してきた会社をこの秋で退職します。 そんな大変な時期、こんなアホみたいに金のかかる旅に来ている場合か!とも思いましたが、 「会社辞めたらそれこそこんなアホなことに金かけられん」と言うて付いて来たのでした。 その旅も明日、帰路につきます。 マ「本当ですか?私も月曜日から、新しい仕事をします。お姉さんの手伝いをして、 9月からは大学で日本語の講師をするんですよ!」 ケ+タ「へ?ガイドの仕事は?」 マ「夏が終わったら、日本人来ないよ」 ケ+タ「ということは、来年までは君の仕事って、ワシらが最初で最後っちゅう事?」 ホンマ、お金出して一緒に遊びに連れて行ってあげてたみたいなもんやなぁ! しかし振り返って、こんな旅も悪くない!ガイド付きやというのに、こんなにハプニングがあったもんね! 彼女もお友達感覚で一緒に楽しんでくれてた、と言うのが何よりでした! マ「本当に、楽しかった。とてもよい思い出。来年もこの仕事、またしたい」 どうでもエエけど、今度はもうちょっとちゃんとせんと、お客さんに怒られるよ! ケ「今度の旅、何が一番よかった?」 マ「トーチカ!あんなのがあるなんてビックリ!」さすがはかつての帝國臣民! 英霊の御霊よ、以って瞑すべし。 タ「俺はスミルノフ。よく分からん小さな町をブラブラ覗けたのが楽しかったな。」 ケ「ワシも同じやね。でも、中でも小雨の振る気屯駅のホームが一番やったな!」 みんな揃って、あの何にもなかった田舎町を歩き回った日が一番の思い出でした。 マ「この後はどうしますか?」 マリナちゃんはディスコで踊るのが好き。最後の晩は夜通し、というのもエエけど、 新婚の旦那が許さんでしょ!そもそもこちらは2人とも、踊るのは皆目不得手やし、 なんちゅうても明日は「出国」。船に乗るまでは全然気が抜けません。ので、 ケ「カラオケにしよう!」 カラオケボックスは3人でも、15,6人入れそうな大きな部屋に通されました。 歌のリストの表紙にはハングル。韓国系か。頭には「KY」。そうなん? タケシダヨ君、さだまさしの「関白宣言」をうたおうとしたら歌詞までハングル! 「ちょっと待てぃ!」 比較的新しい歌も入っていますが、歌手別検索やジャンル別で慣れている我々、 かなり探すのに苦労しました。マイナーな歌を探すとまずないし。 そういえばマリナちゃん、島唄が聞きたいって言うてたな。 でいご〜ぬ、は〜な〜が〜さ〜き〜、・・・マ「上手い上手い!」 せやろぉ!得意満面のケンジ!ところがマリナちゃん、この唄を携帯に録音し始めました。 「ちょ、ちょっとそれはやめてくれ〜!」案の定、後で聞いたらメチャクチャやがな。 調子に乗ってる自分の声、ホンマ恥ずかしいもんですねぇ(汗) マリナちゃん、加藤登紀子の「百万本のバラ」を歌いました。原曲はロシアの歌やったそうです。 学生運動しとったオバハンやし、かぶれたんやねえ。マリナちゃんは大学(日本語学科)で習ったそうです。 それまで殆ど聞いた事もなかったけど、一緒に歌いました。帰ったら早速CD買お! ロシア人、というかマリナちゃんが好む歌は、日本の演歌というか、 米国のカントリーみたいなゆったりした音楽。車で聞いてた宇多田ヒカルとはちょっと違うな。 マ「これは、お別れの歌です。『泣かないで』といいます」 言うてくれるやないですか! 一緒に旅した別嬪さんと、こうやって別れを惜しむ、懐かしい感覚! 甘酸っぱい記憶がよみがえります。 でも今の私は、落ち着いています。むしろそういう美女の気持ちを感じ取る余裕がある。 当時は自分の感情一直線!やったもんなあ! 「ワシ、オッサンになったんやなあ」と、ちょっと寂しい気分になったのと同時に、 ちょっとホッとした感覚も覚えました。 若い力は、あると羨ましいけど、厄介な物でもあるんよなあ! 駅の前で、ぎこちなく抱き合って「さよなら」「さよなら」エエと、ロシア語でサヨナラは… 「ダスビダーニャ!」 8月15日、最後の朝です。現地時間7時半、と言うても、南の北海道はまだ5時半。 やはりちょっとここの時間は早すぎます。日本に戻して2時間遅らせませう! 「出国」手続きを待つ人々。とてもこの小さな部屋には入りきれず、溢れていました。 何でかしらん、他と比べてトイレだけやたら綺麗でした。 マリナちゃんではないガイド、寝坊してくれたおかげで、我々の乗船は一番最後になりました。 理由を聞くと「昨日はお盆で墓参りしてて遅くなった」 ふざけた理由でもないし、ちょっとしょうがないかな?しかしお盆って、この子日系なんやろか? 乗るのが遅れたおかげで、我々が乗る2等客室は既にいっぱい。「スミマセンが1等の方へ」 料金が変わらんのなら願ったりやがな!ウレシ〜! 出航。相変わらず灰色の重い雲に覆われていますが、ここで暫く過ごし、ここに住む人々と触れ合った 後では、こんな暗い空でも名残惜しいです。 能登呂半島の先端、西能登呂岬。 神社でお参りして、8月15日に帰って行く我々の後も、 この地に留まる日本人の御霊もおられることでしょう。さよなら、さよなら… しかしまた、今日は来た時よりも酷い海やな。仕方がない、 こいつを飲みまくって寝ていました。 正午、NHKのニュースが入りました。相変わらずの靖国神社や千鳥が淵の報道。 はーあ!こんなん見たら帰りたくなくなるわ! しかしそんなニュースもすぐに終り、北京オリンピック。 アメリカ人が優勝したのか、米国歌が流れまくります!ホンマ、こんな日に!シバいたれ! 稚内からの飛行機に乗ると、やはりこっちの空は晴れていました。 「な〜み〜〜に向〜かって〜、叫ん〜でみ〜て〜も〜、もーお〜〜かーえーらーない〜、 あ〜の、な〜〜つ〜の〜日〜〜」 マリナちゃんが「これ、なんて言う歌ですか?練習します」っていうてた 「思い出の渚」が機内でも流れていました。 樺太紀行は、ようやっと北海道から、関西空港へ飛び立って終了します。 じっくり集中して書く時間がなかなかとれず、今までの旅行記と違い悔いが残りますが、 まずはホッとしています。旅の最後の写真は まりもっこり!豊原の顔の切抜き、好評でしたよねえ!皆さん、やる??
長い長い旅行記にお付き合い頂き、ありがとうございました。 (完) |
平成20年樺太旅行
[ リスト | 詳細 ]
|
お昼ご飯は、樺太で初めに食べた日本料理の店「ふる里」に行きました。 最終日なので、今回は和食でマリナちゃんをゲストにおもてなし。 彼女はここの「ふる里弁当」がお気に入りです。 「一番南まで帰ってきたなあ!」「ユジノですね」「ここが?」「はい。ユジノは南の事」 なるほど!「ユジノ、サハリンスク」は「サハリンの南の町」っていうことやねんな! 因みに東はヴォストーチノ。ウラジオストックは「「東の港」という意味やそうです。 終わって、旧拓殖銀行豊原支店の建物にある美術館へ。こちらも重厚な造りです。 展示品は、1階に期間限定のある作家の絵があり、2階に日本と、朝鮮(+支那)の品物を飾った 常設展がありました。朝鮮の方は、北朝鮮から寄贈された物も多く 「こんなん贈ってる暇あったら、自分の国をどないかせんかえ!」って思ってしまいます。 日本の方には、大きく豪華な仏壇が!中のお位牌やらは何もなく、ギョッとしました。 「これ、意味も分からんと飾っとんやろけど、引上げた人の縁の仏さん、 中身入ったまんまホカしたんとちゃうやろなあ!」いずれにせよ、あまり趣味のよいものではありませんわ。 「後は、どこへ行きますか?」どこへ行くて、日本の縁の所廻るんちゃうんこ? 「大体見ましたけど」嘘言え!樺太神社もまだ行ってへんやんけ! 「樺太神社なんて、今はもうないよ」分かっとるわ!跡地が残っとおっちゅうから見たいの! 「そんなの、わからないよ」バカタレ!地元に住んどぉくせに何が知らん言うとんじゃ! ちょっとホテル帰れ!ガイドブック取ってくる! 小さな町なので車で動いたらすぐに戻ってこれる、と踏んだのですが、街中至る所で工事中。 真っ直ぐ行けばいいのに、と思う所が何度も遠回りしてホテルへ。 部屋でガイドブック取ると、これが載っていない。「地球の歩き方」よ!ちゃんと載せとかんか! 仕方がない。後はネットで見た記憶と地図から見た勘に頼らなしゃあない。 豊原市はこんな風に、駅前からカムニスチーチェスキー(共産党)大通りがでていますが、 こんな事言うから分からんのです。ここは神社通り! 駅から神社へ向かう参道、その行き着く先にある緑地が神社に決まっとるやないか! ここへ行け!ここへ! 「ここも行かんで帰ったら、ハッキリ言うて何しに来たか分からんやないかえ! 手間はかかるけど、今度ばかりは我がまま聞いてもらうぞ!」 神社通りの終点、神社の入口は、いまや共産党大通りの終点、戦勝記念公園になっていました。 ボケナス!いつかぶち壊したるさかいの! なんとウエディングドレスを着た新婚さんが、車で乗り付けています。 ちょっと笑うてしまいます。普通は戦勝記念公園など、結婚して来ないですよね! 無くなったとはいえ、かつて日本人が行っていた樺太神社で結婚する様式は、 露助どもも分からんままに真似してるんですね!ここも戦前日本文化の勝利! しかし、ワシはここに用はない! ネットで見た記憶では、樺太神社は街を見下ろす丘にあった、といいます。 どう考えてもあれが参道やろ!時間を早くするため、タケシダヨ君もマリナちゃんも置いて走り出しました。 大きなオーブ、見えますね! 薄暗くなってきましたが、もう迷いはありません。「日本人」に引っ張られている! 山で遊んでいるロシア人のガキが何やら怒鳴っています。邪魔する奴は殺してやる! 1軒洋館がでてきました。これもネットで見た!むしろこの道が正しかった事の証明! ロシアのガキと出くわし、何か言うてます。「知らん!」といい、相手にせず直進!すると・・・ ここです! 北辺樺太の国の鎮め、樺太神社の跡は、社殿はありませんが更地のまま、 今尚緑の中に残っていました。 「この地におわす日本の御霊の皆々様、安らかにお鎮まり下さい。 本日は平成20年8月14日、共に本土へ帰らんと望まれる皆様、是非に」そして撮ったのが上の写真。 石の階段の上のオーブ、見えますか? 凄いでしょ!昼間でもこんなクッキリ、沢山のオーブが写ったのは初めてです! 皆さん、私と共に本土へ帰って頂けたのでしょうか? 地元へ帰った私は、家に帰る前に地元の神社と忠魂碑をお参りしましたが、 皆さんちゃんと降りてくれたんやろか?くっついたまんまは嫌ですので! 拝み終わると、後にタケシダヨ君とマリナちゃんが立っていました。
「ケンジさん、なんでここを知っているの?」説明するのも面倒なので 「ここの人等が呼んでいたのです。ここは樺太の魂の森、鎮守の杜といいます。 次の日本のお客さんのガイドの時は、ここにも必ず連れてくるようにね!」 去り際に征露丸を撒くのも忘れませんでした。 (続く) |
|
汽車を降りたのは9時半頃。結構遅い時間ですが、寝台やし、下では婆さんが寝ているし、 ギリギリまで寝ていました。 相変わらず灰色の空の豊原、今日泊まる部屋は昨日と同じユーラシアホテル、それも同じ部屋です。 「これ、貴方達のお弁当です。お昼まで、少し休んでくださいね」そういうとマリナちゃんは、 逃げるようにとっとと帰ってしまいました。重たそうやから親切に持ってあげてたつもりの荷物、 自分の飯やったとは!トホホなケンジ&タケシダヨ〜ン! でもねぇ、2日前に持込んでそのまま一緒に旅した弁当、やっぱり手をつける気になりません。 知ってたらサッサとホカしてるのに、早よ言うてくれんかえ!マリナちゃんよ! 部屋で例によってブツクサ言うケンジに、例によって「エエんちゃ〜うん?」と聖句を吐いて シャワーを浴びるタケシダヨ君。 フロント嫁から来たFAXが届いてました。この時点では通信の手段も考えんとアカンかったモンなあ! 「行きましょうか」 今日の日程は、豊原市の市内観光。昔の樺太庁舎や樺太神社といった所を回ります。 「今日は、特別な日ですよ」自宅で着替えてきて、ちょっと明るくなった顔のマリナちゃんがそういいます。 ??何の日?終戦の日は明日やし、そもそもソ連軍が真岡に上陸したんは8月20日やど! 「私達、今日で終り。」 ・・・・・・・・・何々?急にしおらしいこと言うやないかえ!そうやねんな。 旅の終わりの感傷かあ。懐かしいなあ!「エエんちゃ〜うん?」と、誰かのせりふをパクるケンジ。 まあ、終わりと言うても今日はまだ始まったばかりよ!今は楽しく、ね! 「じゃあ、まずはレーニン公園へ行きましょう」楽しくねーよ!そんなの! 売店でひまわりの種を買うと、タケシダヨ君の所へやたら寄ってきます。 なんでかな?樺太の動物はタケシダヨ君と相性がいいようです。昨日も 気屯の野良猫に見込まれてました。 「マリナちゃん。レーニン像は来た時見たからもういいよ」 「そうですか。じゃあこちらの碑を。何年か前にあった、地震の慰霊碑です」 戦争では敵ですが、地震となるとこちらも神戸の記憶がある。素通りはせず拝んでおきました。 ここからは車で移動。このマリナ号で出発です。運転手は彼女。 そういえば汽車で「私の車はカローラです」って自慢してたよな。 日本の中古車ではありますが、ハッキリ言うてウチのパジェリーノ君より新しい・・・ 窓の上にyの字が見えますでしょ?これはロシアの初心者マーク。 「私、もう初心者じゃない。でも、付けていると、周りの人が気をつけてくれます」 そう言って、走り出しました。イヤイヤマリナちゃん、ご謙遜を! 貴方の運転はバッチリ!初心者レベルですって!いや初心者でももうちょっと・・・? 日本で走っていた頃のカーナビもついていますが「ここでは使えない」 トヨタさんよ〜、樺太版も作ったらんかえ!「トヨタカローラ樺太」はぁ! なんか、字の削り方も中途半端やなあ。「お米の会社」とでも言いたいのか? 樺太のガイドブックで真っ先に載っているのは、ここ! サハリン博物館。かつての樺太庁舎です。ソ連占領以後の味気ない建物の中で、 ずっと古いのにものすごい存在感!さすがです! 休暇の兵隊も来ています。こちらでは制服軍人は入場無料。日本も戦前はそうでした。 今の自衛隊は可哀そうですね。 うを!203高地の28サンチ砲ちゃうんこ!何で樺太にも?と思ったら ロシアの大砲でした。しかし手前のは一旦帝国陸軍が鹵獲した物。 「明治三十七年云々」って書いてありました。結局は取り返された訳ね・・・orz 見とれよ!こっちもまた取り返したる!! 誰やねん!しょうもないことしよんは! 小学校にあった御真影を保管する「奉安殿」です。 今まであちこち、古い物めぐりをしたけど、本物を見るのは初めてです。 固安?日本語かな? 建物に入ると概観に劣らず、玄関口の網代を模した天井や、レリーフ装飾の鉄扉、 どれを取っても凄いモダン!戦前文化の圧勝を目の当たりにしましたわ。 中は撮影禁止!なんていいながら、 こんなんがあるんですよ!これは撮れというてるんでしょ! 私とタケシダヨ君も、ノリノリでやってきました。 この地域に住む動物等の自然科学、ロシア人の流刑地や日本人の開発、 そして戦争までの歴史を紹介する人文科学のゾーンがありました。 亀の置物の横で、敷香まで一緒に行ったオッサンと、また会いました。やっぱり「真の監視員」? 「どうでした?」「いやあ、昨日戻ったんですが、こっちは酷い天気でしたよ!」 さすがにもう安全な豊原市、ここではマリナちゃん「一緒に行きましょう」とは言いませんでした。 次に行ったのは、豊原公園。ロシア人は勝手に「ガガーリン公園」などというています。 もう相手にしない事にしました。ロシア人こんな綺麗に緑地、作られへんやん! ホンマ、樺太って、日本が作った遺産を殆どそのまま使っているのを実感できます。 かつての野球場はサッカー場に。子供向けの大きくて浅いプールは、今は池になっています。 マリナちゃんは子供の頃泳いだそうです。 一つだけ、日本にないものもありました。遊園地の豆汽車は、動かしているのも子供なのです。 人呼んで「子供鉄道」 http://namcotravel.jp/user/asiarail/w28509/ 旧共産圏の国々は、「労働者の国!」ってんで、子供の頃から職業訓練でこんな風に豆汽車を走らせます。 「お腹がすいた!食事にしましょう!」 (続く)
|
|
夕食はお昼と同じ店の同じ席。お昼はヨレヨレの軍服を着た兄ちゃんぐらいしか客、いませんでしたが、 晩は結構着飾った人や家族連れも着ていました。 ひざ上15cmぐらいのミニスカートに網タイツのロシア姉ちゃんもいました。 ウン!やっぱりロシアと言えばこういう姉ちゃんがおらんとな!(だから日本じゃっちゅうとんねん!) スレンダーなマリナちゃんもしてくれたらエエねんけど、荷物担いでの旅行でそれはないか! 「アホなこと言うてんと、ビールどれにしますか?」 ここのビールは例のバルチカとデンマークのビール。バルチカは同じ銘柄でもアルコールの度数によって バルチカ3、バルチカ5、バルチカ7といろいろあります。いつもは5を飲んでるのに、ここは3か7のみ。 「強いのと軽いのしかないよ」「じゃあ強いの!」 慎重なタケシダヨ君はウェイトレスに「一番美味しいのどれ?」 「これ」と指したのはデンマークのビール。姉ちゃん!愛国心はないんか! 食事はまたまた山盛りのマッシュ・ポテトとハンバーグ。 ロシア風のハンバーグって、あまりよい印象持ってなかったけど、 これは美味しかった!ドイツやオーストリアの安物なら負けるんちゃう?って言うぐらい。 マリナちゃんも「このお店は美味しい」と満足気。 「うんうん、旨いね!じゃあビールお代わり!」「ダメよ!」 この時は何でお代わりデケへんねん!と不満でしたが、後で見たら、お酒代は旅行費に含まれておらず。 ここまでのお酒代は彼女が奢ってくれていたのでした。無理せんでもそのぐらいこっちで出すのに! しかし毎度毎度、やたらに量が多いです。 タケシダヨ君はあの小さな体のどこにこんだけ仰山入るんでしょう? ここから11時頃まで、1つのダブルベッドに3人でくつろぎながら(寝てませんよ!さすがに)、 テレビを見たり歯を磨いたり、電話をかけたりしていました。 雨は食事の後もっとひどくなり、土砂降りです。ここに入れてもらわんかったらどうなっていたことやら… 「会社に電話したら、ユジノサハリンスク(豊原)はこの2,3日、大雨の嵐やったそうですよ! 運がよかったですね!」雨男やけど、これでも助かってたんか… 「そろそろ、行きましょうか…」マジ?駅開いてなかったらずぶぬれになるで! 我々は旅行社から、12時48分の出発と聞いていました。 ところがマリナちゃんは会社から12時発と聞いています。 確かめようにも駅は何もないし…でも12時発やったとしたら、乗り遅れたら終わりです。 シベリアは冗談にせよ、バウチャーの予定から外れたら実際どうなるのん? 「どこへ行くにも膨大な取調べを受け、1等車の予約も一番ボロの席にされたり、大変な思いをします」 うんうん。大変やろうと言うことは冗談抜きで分かる。しゃあないか!12時に間に合うように行こ! 土砂降りの中近い距離やのにタクシーを使って、駅に向かいました。 駅舎には黄色い灯がともり、待合室が開いてました。 なーんや!夜になったら開けてくれるんかいよ! メチャクチャ小さいA4ぐらいの紙の時刻表が、壁に貼ってありました。 出発は、12時48分かあ!もうちょっとホテルにおったらよかったな!まあ、雨には濡れんからエエか! オッサンが数人。酔っ払ってグダグダとしゃべっていました。ならずモンやなかろうな… 背が高く、太ってはいないものの弛んだ体のロシア人が、英語で話しかけてきました。 返事しようとしたらマリナちゃんが遮り、ロシア語で話しています。ヤバイ、のかな…? しかし男は声を荒げる様子もなく、これなら大丈夫みたい。しばらく話をして、他所へ行きました。 ところが今度は再び英語でこちらへ。今度は返すと、英語で日本人と話せるのが分かって嬉しかったのか、 マリナちゃんと話す時とは打って変わって、興奮して後から後から色んな話をし始めました。 しもた!酔っ払いのグダかよ!赤い顔してたけど、日に焼けてるんかと思うたがな! 「俺の名はグレゴリ。俺の爺さんは日本のゼネコンで働いていたんだ。ところが(ドイツとの) 戦争が酷くなったんで北樺太へ帰り、ここから南の日本軍を攻めたんだよ。爺さんは日本にいたから 西へは行かなかったが、爺さんの弟は、白ロシアで戦車兵としてナチと戦った」 ワシはお前達の敵軍じゃよ! 「俺もここで生まれ、日本に興味を持った。初めて『日本』を見たのは、ここよりずっと北、 ホムスクにあるダーチャ(別荘)に行った時、日本人が建てた石碑を見つけたんだ! 無論俺にはなんて書いてあるのか分からん。しかしその碑には、何か侵すべからざる物を感じたのだ。 そしてその石碑の周りの地中には、20世紀初頭の日本の兵器が沢山埋められていたんだ!」 「当時の日本はハイテク大国、そのためか日本を見ていた俺はロボット工学を志した。 名門のサンクト・ペテルスブルク大学へ行こうとしたが、親はサンクト・ペテルスブルクまでの 片道切符しかくれなかった」泣きが入ってきたな… 「俺はやむなく、工学部でなく英独語科に入って、現地でお金を稼ぎ、卒業後編入で工学部に入りなおした。 その後ドイツや日本で、日本の技術者達と知合った。お前達もエンジニアか。いい奴だな!」 何で分かんねんな! 「俺は石油プラントの機器類のエンジニアとして、サハリンに帰った。しかしこの地に戻って愕然としたんだ! お前は国境へ行ったそうだな。もう少し北へ行って、森の中を見ろ!木々に隠れて夥しい戦車があるはずだ。 別にどこかへ攻め込むわけでもない。スクラップだよ。廃棄と称してこういうスクラップを溜め込んで、 現役の将校グループは私腹を肥やしていたんだ!戦車の前は古いミグだった。アルミは高く売れるからな」 そうか。さっき見た飛行機の増槽は、そういう所から流れて来たんか。 「しかし、そんなカラクリを作って金を稼ぐとは、ジェネラル(将軍)でもおるんか?」 黄色く淡い灯火の下で、グレゴリは更に演説でもするように興奮し、酔った顔を赤くして吼える! 「ジェネラル?こんな田舎にジェネラルが来るか!カーネル(大佐)もおらんよ。ここの親分は大尉や! そいつと何人かの取り巻きが、そうやって大金を手に入れ、酒飲み放題で遊んでやがるんだ! 俺も徴兵で1年、軍隊へ行った。辛かったが、国家への忠誠を強くしたよ。しかしその軍隊に、 そんな奴がいるとは思わなかった!奴等にとって軍務とは?国家とは?答えられるのか!」 んなもんワシに言われても…ロシア版「独立愚連隊」やなぁ。 ようやっと気が治まったのか 「お前はなんて言うんだっけ?ああ、ケンジさん。酔っ払って好き勝手言うてスマンかった。 しかしこうやって話を聞いてもらえてとても嬉しい」そういって握手を交わしました。 もうちょっと早く気付いて欲しかったけどな。 やり切れん男やったけど、こんな田舎で、ホラにしたってここまで熱く語って行くこの男に、 私は愛嬌で、帝國陸軍式の挙手の敬礼を贈りました。 グレゴリは少しはにかんだ顔を浮かべながら答礼し、ノタリノタリと黄色い灯火の待合室を出て行きました。 静かになったな、と思ったのは彼のせいばかりでなく、雨が小降りになったからでもあります。 待合室の空気も淀んできたので、外へでてみました。 投光器が発する白い光の中で、針のような小雨が流れています。 昼間は気付かなかった青い信号も、遠くに光っています。 レールと枕木は雨に濡れ、黒い艶を放っています。 幻想的です。宮澤賢治の「銀河ステーション」です。星の代わりに雨やけど。 遠くの方の投光器の光が動いたな、と思うと、ゴトゴトと小さな黒い四角い影が見えました。 中々大きくなりません。暗くて分かりませんが、相当遠くにおるんかな? ロシア語の騒々しいアナウンスと共に、待っていた乗客がゾロゾロと出てきました。 グレゴリは、乗客ではありません。 飲んだくれてはああやって、待合室の旅人に話をして帰っているのでした。 プラットフォームなどお構いなしに、全然違うところに止まった汽車に、我々は荷物を放り上げ、 よじ登るように乗車したのでありました。 夜行には、廊下に絨毯が敷かれ、窓にも白いカーテンが付けられます。ちょっと豪華? トイレも、覗いてみました。来る時はとてもではないけど座って用は足せない、と言う感じやったのが、 便座の上に紙敷き詰めたらできそうかな?と言う感じでした。タケシダヨ君はそうしてました。 4人がけのコンパートメント、アジア系の太った婆さんが既に寝ていました。 ならば女性のマリナちゃんが下、私とタケシダヨ君が上に登って眠りました。 既に時刻は1時過ぎ。余計なことはしないで休みました…… 夜が明けると、やっぱり雨。豊原まで帰ってきました。今日は樺太滞在最終日です。
(続く) |
|
スズキの4駆で旧国境まで爆走したケンジ、タケシダヨ、マリナの3人は、同地点を折り返し、 スミルノフの町にやってきました。日本名は気屯。 「ここで、降りて下さい」マリナちゃんが少し不安そうに言いました。 はーあ!まだ昼前かあ!ここで半日暮らせっちゅうことね。 「そうです。しかしここはムーラです。特に見るものもありません。ムーラでは、日が暮れたら、 危なーいよ」彼女は田舎という言葉を使い慣れていないのか、田舎のことをムーラ(村)といいます。 しかし危ないて盗賊でも出るん?「はい。いろいろ出ます。」 いろいろ出るて、魑魅魍魎でもおるのんかいな?最悪飯食って駅で待ってたらエエでしょ。 「駅は、入れないよ!」 げ!ホンマや!鍵掛かっとぉやん!こんなん何のための駅やねんな! 「私、モーテルの着いたレストランを見つけました。それがここです。交渉してみましょう」 部屋は空いてないけど、夜中まで重たいカバンは預かってくれることになりました。 とりあえず身軽になったので昼食をば。 小さい街のモーテルの着いたレストラン、というよりパブといった風情。 裏にはスーパーマーケットも一緒になっています。もしかするとこの街一番の盛り場? 樺太はロシアやのうて日本や!なんて言うてますが、この小さな町は何か西部劇を思わせます。 保安官でも入って来おへんかな? 西部劇、と言うても、ここの食事はアメリカより全然美味しいです。 敷香にしても、素朴な味ではあったけど、素材の質が米国や、南洋の島々とはレベルが違います。 スーパーへ行っても、新鮮な野菜や果物の色など、日本の大手よりエエ色してるかも? 思ったより豊かな島なのかも知れません。 壁に大きなテレビがあり、オリンピックの中継をやっています。 「ロシアは、今回弱いです・・・」「マリナちゃん、ロシアが弱い時は韓国を応援したりしないの?」 「応援?・・・しないよ。お父さんは、韓国の伝統を守るけど、私は心、ロシア人」 そうかあ。何となく複雑な物を感じました。 前にも言うた通り、彼女のお爺さん達は樺太へやってきた時「日本人」でした。 その名残は今でも随分残っているし、彼女も彼女の姉さんも、日本語を使うて仕事をしているとしても、 彼女達はもう日本人でないのみならず、元の血筋である韓国も忘れようとしているのか。 今年はブラジル移民100年。日本で暮らせないから地球の反対側まで移住した日本人は、 100年経っても遥々やってきます。 イタリア人の妻はオーストラリアのパースで、プチトマトをにんにくとオリーブオイルに漬けた お惣菜を見つけ「これシチリアと同じ味や!」と喜び、街で聞くイタリア語がシチリア訛りなのに驚きます。 少なくとも我々の知る範囲では、海外へ移住した人はむしろ本国の人より祖国のことを強く思うもの、 と言う認識があります。しかし朝鮮人は例外かも? 夫婦共通の友人に、北朝鮮国籍の女性がいました。北の籍では不便やから韓国籍に替え、 更には日本国籍に替え、ドイツ人と結婚して、今はドイツ人になってドイツに住んでいます。 余談ですがウチ夫婦と彼女が並ぶと、日独伊三国同盟! しかしその一方、国籍そのままで参政権よこせ!なんて奴もいるけど、 そういう奴こそ住んでる国に溶け込んで欲しいですわね。いや溶け込まんでもエエから帰ってくれ! 食べ終わって、トイレへ。宿がないとなると、女性にとっては特に清潔なトイレは旅の重要な要素。 次いでスーパーへ。「ビール、飲みませんか?」ハ〜イ! 樺太へ来てからは専ら「バルチカ」という日本人の好きそうな名前のビールを飲んでいました。 今回はウクライナのビール。「私のお父さんが好きなビール」って言うから、試してみました。 しかしマリナちゃん、栓抜きがないよ。「大丈夫!」 うわ!お行儀の悪いことを!青いフェンスの継ぎ目でポン!とやったんですが、 冷えてへんから1/3ぐらいこぼしよったがな! ビールを片手に、おそらく街に1本しかない自動車道路に沿って南へ南へ。 盛り場も、遊び場も、何もない街、歩き回るしかないのです。 セルフのガソリンスタンド。黙って入れて行っても分からなさそうですが、 左手でオッサンが見張っています。 なんやと思います?車の修理台なんですよ!こちらでは見たことない人も多いのでは? ここはただで使えます。そのぐらいしょっちゅう車が壊れると言うこと。 実際、小さな店に車の修理部品を置いてある所、なんぼかありましたもん。こういう所も大陸的。 汽車のレールとクロスしました。 ケンジ「おもろいやん!こっからはレールを行こう!スタンド・バイ・ミーやがな!」 マリナちゃん「嫌です!疲れました!帰りましょう!」 タケシダヨ君「せやせや!この人止めんかったら1日中歩いてるで!」 せやかて、1日中歩いてるぐらいしかすることないやん!夜行に乗ったら寝るだけやし〜。 結局線路は歩かなかったけれど、十分スタンド・バイ・ミー、やってました。 When the night has come And the land is dark And the moon is the only light we see No, I won't be afraid Oh, I won't be afraid Just as long as you stand stand by me, So, darling darling Stand by me Oh stand by me Oh stand Stand by me, Stand by me 遠くの方、ホンマに歩いてる人、いるでしょ?やってみたかったなあ! タケシダヨ君「そんなにしたかったら一人で行ってきても止めへんよ〜」 薄情な奴やわ。どっかで置いてけぼりにしたる! 民家に、ヤギがいました。大量のジャガイモの上でご機嫌みたい。 向こうにもう1頭、ヤギがいました。一緒に食べようとすると、 うわ!押しのけてる!なんちゅう欲どおしいやっちゃ!シバいたろか! ・・・結局少し離れた所で、見えんように食べてました。 それより・・・・・・あれ? あれって、軍用機の増槽ちゃうんこ!いや、間違いない!何でこんな所に?? 答えは夜、聞く事になります。 この街では珍しい、事務所を見つけました。マリナちゃんはズカズカと入っていきます。 「マリナちゃん、やばいよ!シベリアへ送られるよ!見てみ」 恐ろしいCCCPマーク!うわ!中からオッサンでてきた! 「○×△※◎♪」堂々と挨拶してるマリナちゃん。なんで?? 「別に構わないんですよ。ここは道路公団の事務所で、石油の会社の人と話もします。 前の会社の名前を言いました」こういう所はさすが女スパイ! 貼ってあるポスターはお役所的ですが、掲示板のデザインは??? 「ここは昔のスポーツセンターでした」なるほど!そんな感じやわ! 共産党バリバリのスポーツクラブやねんね! 「で、そこの小さい穴は職員が給料をもらう所」はいはいタケシダヨ君、そこでポーズとる! 「君は働きが悪いから今月は給料無配!」の図。 タケシダヨ君の将来を暗示するような写真ですね!よくできました! 牛を飼うてる農家があります。孔雀もいます。 もう少し行くと、野原があり、スカーフを巻いた婆さんが野草を摘んでいました。 ベンチが見つかったので、休むことにしました。 さっきスーパーで買うた湿けまくりのウエハースをむさぼりながら、ベンチで休む3人。 のどかやわぁ。疲れてるけど、エエ気持ちやあ。 仕事もパソコンも、飲み屋も居合も、今は遠い世界。久しぶりやなあ!こんなん。 外人さんとこういう暇な時間になった時、結構面白いのは・・・・・・「しりとり」! 暇に任せて、樺太の地の果てでオッサン2人と別嬪1人、しりとりに興じました。 ケンジ→マリナ→タケシダヨの順。 私は次がマリナちゃんなので、あまり難しくならないように言葉を選びますが、 マリナちゃん、かなり難しい日本語も知っていました。凄い!感心感心! それよりタケシダヨ君、次ワシやからって、「り」攻撃や「し」攻撃は止めろ! あと「馬鹿ー!」とか「アホー!」って思いっきり言うてくれたよな。 君、ワシが根に持つ性格やって忘れてたんとちゃう? 3時半ぐらいになると、段々冷えてきました。天気はそんなに悪くないのに。 けど、やることないよ〜〜!!今度は反対側へ少し歩きましたが、そろそろマリナちゃん限界。 モーテルの玄関でヘバッてしまいました。 私とタケシダヨ君はまだ平気なので、こんな所で座ってたら乞食みたいやん! タケシダヨ君はともかく、ワシは恥ずかしいよ〜! それでももう一つ、そろそろ出歩くべきではない理由がありました。 さっきから妙に、軍隊の給油車他の車両が通ったり、止まったりすると思ったら、さっきの野原の隣に 軍隊に施設がありました。 夕方になると兵隊が出てきます。兵営から出てきたばかりの軍人と出くわすのは不安です。 日本でも米兵などがしょっちゅう揉め事を起こしますが、あれと同じ。 それどころか、こちらも土地のことは皆目分かりません。男2人なら何とかなりますが、 この別嬪さん、どうしよう・・・・・・ モーテルの婆さんが、見かねて助けてくれました。「予備の部屋があるから使いぃ」
「スパシーボ!スパシーボ!」部屋に入って落ち着いた途端、暗くなっていた曇り空から雨がザーッ! 婆さん、まさに地獄に仏でした。おおきに! 元気になったマリナちゃん、「それじゃ、夕食にしましょう!」ハラショー! (続く) |




