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年内の礼拝準備も、殆ど終わりました。次は年始の準備です。
私たちの教会では、賛美、説教、聖餐、交わりの四つくらいしか強調していません。← 説教では、準備原稿の段階で、自分の拙い能力の範囲で釈義と解釈をします。 でも、あくまでも原稿なので、説教中はそれらを土台にしながらも、釈義と解釈を提示したから「おしまい〜」みたいにはなりません(^^;; 小さい私は他の諸先生方と違い、僅かなことしかできません。神学的な探究も、司牧も、何においても、取り柄がないのですが、ひたすら、神の言葉を聞き続ける一点を大事にしています。 説教者の説教の出来栄え云々は関係ないと思います。世には、説教者よりもはるかに博識で、霊的経験が豊かな方々だって存在するからです。 パウロは「宣教の言葉の愚かさ」と言っていますが、だとしたら、私の場合、愚かさの極みです。 だけど、福音信仰に生き続けることは可能です。 神を愛し、人々を愛することは普遍の真理でしょう。 周囲には、そのような尊敬すべき方々がいるので、私は更に、自分自身の理想と野望に死んで、利害関係に左右されないために、神の愛と隣人愛を基準にして歩みたいと思います。 キリストの命令された愛は、損得勘定抜きの愛。たとえ、自分が不利になり、損害を被るかもしれなくても、同労者たちを見捨てません。一緒に沈没しても、心から良いと思える気持ちを忘れたくないのです。 祈りと黙想の時間が長くなる今日この頃…… |
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