|
幼児洗礼は、信仰告白、カテキズム(教理問答)、聖書研究等の教会訓練を、分離させてしまうこと。 カルヴァンは、キリスト教綱要で幼児洗礼に二章も割いているが、神学的思考と聖書引用は、こじつけとまで言わずとも、かなり弁明に必死であること。 幼児洗礼を、宗教改革者たちは、再洗礼派という急進主義と違い、割礼との類似性にその根拠を置いている。再洗礼派は自覚的な信仰告白を洗礼の絶対条件とし、幼児洗礼を否定、脱線したのも無理はない。 バルトは、幼児洗礼を克服するために、再洗礼以外の手段はないだろうかと問題提起した。幼児洗礼も唯一の洗礼であり、無効にならないが、教会はキズを受け、しみとしわを持つことになると言う。 |
洗礼論
[ リスト ]




