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しかし、幼児洗礼ではなく、再洗礼でもない。偏らずに、自覚的な信仰と、教会の責任を強調した功績は大きい。 だから、娘は就学前にも関わらず、信仰告白をしているので、幼い年齢かもしれないが、洗礼を妨げる要素は存在しない。 更に、幼児洗礼を授けていないので、娘なりの自覚的信仰を大切にしたい。その意味で、娘を今後、シンフォニーチャペルで信仰を養育に努力すべきである。家族の問題だけではなく、新しい姉妹が教会共同体に組み込まれ、建て上げられることだからだ。 責任は重いが、まだ祈り考えるべきである。信仰告白と洗礼は終わりじゃなくて、すべての始まりなのだから。 |
洗礼論
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