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極端だが、所属教会によっては、物事を超霊的主義で判断することもある。祈りと断食、癒しを強調するあまり、病院に行くなとか、薬物療法を中断させようとする(断薬) 。で、コレは非常に危険である。特に、精神科医療は自殺・自死との関連が深いので、薬の服用は、たとえ霊的に変化が見られたとしても、継続すべきである。瞬間的に癒されても、最優先は経過観察で再発のリスクだ。坑精神病薬は、依存性質を持っているので、服用を中止すると、服用前よりも症状が不安定になる。 統合失調症等に限らず、日常生活動作に支障がある時(仕事は可能だが掃除はできない等も含む)、若しくは、人格障害において「知らぬは本人ばかり」というケース。牧師による牧会、精神科医による薬物療法、臨床心理士によるカウンセリングに加えて、精神保健福祉士によるソーシャル・ワークが必要になる。自殺・自死・事故の他、クライアントの孤立にも対処しなければならないからだ。 無論、段階的・複合的に考えるべきで、個別に対応するのが普通である。教会は、キリスト教のカウンセリングだとか、リカバリーの類によって、精神科医療と福祉を否定すべきではない。 |
精神科医療と福祉
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内緒さん
投稿、ありがとうございました。ご自身の経験や、立場による意見の反映度、信仰と癒しの関係など、関心深いものばかりで、こちらも何度も読ませていただきました。
カウンセリングは、キリスト教会でも一時的に流行したことがあります(90年代)。その後、衰退していった理由として、傾聴だけでは治らないし、労苦の割には効果がないという現場の限界でした。でも、傾聴だけがカウンセリングじゃないし、精神科医療は専門的でもあるので、再考する必要があると思いました。
必ず、私たちにもできることがあるはずだと思っています。
2012/2/5(日) 午前 1:10