|
『不思議なキリスト教』(講談社現代新書)を再読しました。間違いを指摘する批判もありますが…(^^;; 『不思議なキリスト教と対話する』(春秋社)も読んでいる最中ですが救済論としての「キリスト論」に教えられます。
http://t.co/tfX2RQHlrN なお、『不思議なキリスト教と対話する』(春秋社)の著者は「教団なき宗教性」(273頁)は「素朴形態」であり、その外化として「制度」「儀礼」になる。それらは「疎外」を引き起こすとあります。 http://t.co/N9XuLCB3nR だからこそ、著者の来住英俊神父は「疎外と格闘する中で本当の宗教が現れ始める」と書いています。確かに「公会議」以前に「教会」が、「教会」以前に「聖霊」が強調されなければなりませんが、教会が「素朴形態」(聖書的教会)のままなら、なぜダメなのでしょうか? わざわざ、「教団」「制度」「儀礼」に外化させ、疎外を引き起こさせる必然性が理解できません。著者は脚注でヤン・フスとジョルダーノ・ブルーノの処刑を認めつつ「(カトリック)教会を信じる」という告白を「100年やそこらでオタツクんじゃないよ」(269頁)と片付けています。 う〜ん、同意しにくいかなぁ……^^; |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





