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キリスト教信仰と一口で言っても、一致と多様性の原則から、必ずしも、いつも一緒というわけにはいかないと思う。 教会史を紐解くと、古代教会では「三位一体」、宗教改革では「信仰義認」、十八世紀は「聖化」、二十世紀は「聖霊」、そして二十一世紀の今は「教会」について議論されている。 既に投稿したクレーマーの『信徒の神学』への感想が、私たちの教会論に関する一定の理解になっています。 世においては、色々な教団教派がありますが、異端を除き、私たちはキリスト教信仰で一致しています。 ですが、聖書解釈、神学的な方向性の違い、教会形成における様々なスタイルなどの豊かな多様性も存在しますよね。 親友と友人の違いを、個人的に考えてみると、 1誰よりも仲良しであり、喧嘩もするけど、最終的に親友との関係は壊れないし、壊したくない。 2周囲が親友を攻撃したり、無関心を装ったりしても、常に親友の味方であること。 3キリストの福音だけで、何よりも話が盛り上がれること。 以上の三点に比べたら、他の些末な相違点は問題にもならないはず。 だけど、これって教会と教会の関係、聖徒同士の関係、教職同士の関係でも同じだと思うです。 ですから、親友や結婚相手が「クリスチャンなら誰でもいい!」と考える人がいないように、私たちは互いの個性を理解し合いたいですよね。 その意味で、私たちは一寸先は闇ですが、キリストに学び続けながら不条理と困難の中を改めて生きていこうと思います。 |
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