シンフォニーチャペルの栞

〜VINE AND GRACE MINISTRYの日記です♪〜

☆リラ☆の日記帳

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疲労と苦痛

仮眠の姿勢が悪かったせいか、体に痛みがある。厳しい残暑なのか、先日、常時、頭痛がするようになっている。

時間があれば、数時間か、何日かで、楽になるのだが、それまでの苦痛に耐えるのがやばい。

こうなってしまうと、何を知っているか、何を主張すべきか、どのように行動すべきか等の認識論は役に立たない。

苦しみがあるのに、何故、自分は生きているのかという存在論しか意味がなくなる。

最近、今まで以上に、倒れてしまうことが多くて困っている。正直、昨日から今日にかけて、マジで、もぉ駄目なんじゃないかと思ってしまった。

客観的には、沢山の要素があるのだが、逆に、奉仕関連は削れていない。まぁ、疲れてしまうわけだ。

早く秋になってもらいたい。秋になって、しばらく様子を見なければわからないが、とにかく、行き詰まっている。

良い健康法とか、正しい食生活に関心を持つ今日この頃である。

原発問題

先日、或る公益法人のトップが、次のような発言をしていた。

福島や関東の人々は結婚しない方が良い。放射能雲が横断したから、被曝しており、奇形となる可能性が高い云々と。

福島市議会の議員たちの目前だったというから、聞いて呆れる。データも何も示さず、医学書等を調べなさいとか、一体何様。市議団も非難声明を出した。

しかしながら、致命的な盲点があるのではないか。

即ち、脱原発や反原発を国民の大多数が望んでおり、デモも激しいのだが、発言内容は、暗に、原子力発電の否定・恐怖を肯定し、エネルギー政策が医学的・人口論的にも、被害を与えることを十分に認めているからだ。

キリスト教倫理を学ばなければ、気付きにくい。トップの発言内容は非常に問題だが、被災地の環境、農作物と魚への汚染を、メディアは、ひたすら、ただの「風評被害」だと情報操作している。

だから、発言を批判するのは簡単だが、返す刀で、原子力発電に反対することも批判することに、論理的にはなってしまう。

極端だが、原子力発電の事故が、差別を生み、奇形の可能性を高め、結婚にも影響があるのは、事実だからこそ、反原発であり、脱原発ではないか。

発言自体は愚かだが、このような倫理的問題を掘り下げることは大切だ。

なお、教会の最優先使命はやはり福音宣教だと信じる。適用する暇がなかったので、今回、少し触れたいと思う。

福島に原発が設置されることは、高校生の時から知っており、激しく反対する市民たちに共感していたリラだった。

結局、福島県民は、国からの多額の助成金、様々な優遇措置、雇用等の餅によって、賛成したわけである。事故が起きてからでは遅い。リラが問うているのは、当時から現在に至るまでのキリスト教会の態度である。昔から原発反対の、気概あるキリスト教会もあったことは知っているから、その方々こそ、今、胸を張って、原発賛成の諸教会を神学的に糾弾し、既得権による教会形成を繰り返してはならないと言える権利がある。

福島の原発賛成の教会は、東京電力の社員を多数抱え、信じられない献金、及び、豪華な教会堂建設、豊富な資金力(生命を奪うテクノロジーによる汚れた金)により、次々に開拓伝道をしたわけだ。

事故が起こり、原発賛成の牧師は、それまでのキリスト教団体に対する献金や貢献により、優先的に避難し、著作を出版し、講演も続けた。まるで、被災者の代表である。

原発反対だった諸教会からは、そのような雰囲気と差別的な流れに違和感を覚え、『キリスト者として原発を考える』の出版に必死でこぎつけることができた。裏事情は、そんなものであり、公共哲学を学んでいないと、本質が見えてこない。

確かに、福音宣教が教会の第一使命だが、原発の本質を識別できずに、汚染された被災地に行くことが、キリスト者の美徳、責任とされているが、違うと思う。

福音を絶対としながら、現在、私たちが被災地三県に伝えるべきことは、「避難せよ、逃げよ」である。そして、避難できない方々を経済的、住居的、心理的に支援する。一般人もしていることだ。無論、意思確認は必須。

原発の前に宣教だが、魂が救われなければ、本当の意味で支援し支援される人間にはなれない。少なくとも、ロイドジョンズの神学的基本線はそうだと感じる。山上の説教は、キリスト者という条件がある。新生しなければ、善行は反原発でも、救いの役には立たない。

さて、その上で大胆に言ってしまうが、福島から避難援助を教会はすべきであって、これ以上、原発事故の中心地で、義援金、支援金、献金等の金を宣教に回すべきではないと考える。

それなのに、原発賛成の諸教会の一部は、既に、原発事故の被災者対象に、自称宣教している。彼らが原発反対なら理解できるが、原発賛成しておきながら、東電職員に職業を変えよとも言わず、更に被災地で宣教というのは、人を殺傷しておきながら、不正に得た富で宗教しましょうみたいに思える。救いは大切だが、地上の命もないがしろにしてはならない。

チェルノブイリ以上の原発事故で、その地域に住むこと自体、倫理的にあり得ない。アメリカで起きたカトリーナでも、貧しい方々が避難できず、インフレが起き、連邦政府も州政府も経済学者たちも黙認したことが大問題になったのに。原発事故は比較できない死傷者じゃないか。

福音宣教と原発問題の関係を述べるには、言葉が難しいが、矛盾せずに一致する。実際に、純粋に被災地支援をしている方々を批判したわけでもない。

無意識に、私たちは、実存主義の世俗化にコントロールされているため、いつだって、キリスト教ヒューマニズムである。

リラが神学と現代思想を学ぶのは、キリスト教ヒューマニズムは嘘であり、信仰と関係のない偽りだと識別したいからだ。色々な意見があると思うが、究極的に、リラは宣教でも共同体でもなく、礼拝一元論を予定論で補完させる立場である。

距離的な問題ではなく、自分自身との関係から見た近い、遠いであり、目前に倒れている方々に接近するだけである。キリスト教ヒューマニズムは、福音宣教と社会活動を常に、二項対立的に思考させるので、是非、克服されなければならない。






ほふられた小羊 ケータイ投稿記事

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私たちは、「ほふられた小羊」ではなく、「力と威厳に満ちた王」が支配することを期待します。そして、「貧しい者や見捨てられた人」にではなく、うぬぼれの強い組織中心主義に、聖歌隊を導いて欲しいと期待します(ジェームズ・フーストン著『喜びの旅路』(いのちのことば社、135頁)。

フーストンは、私たちの致命的な弱点を明らかにしている。このような言葉を理解しても、私たちは自分自身に対して、絶対に適用させようとしない。

最近、リラは個人的に教会の再生を祈り、正反対に諦めて不平不満を呟いたりの繰り返しである。

無論、研究会の日程が確定し、新しいアプローチが可能となったことは感謝である。

残暑が厳しく、体調不良が辛い。

五年間、奉仕中毒に等しく、頑張り過ぎに縛られていた。

周囲の方々は、休んでいいんだよ、どうしてそんなに頑張るの?楽しむことも大切と言って下さった。嬉しかったし、あのまま奉仕を続けていれば(開拓はやめないが)、間違いなく燃え尽きて、立ち直ることは不可能だったに違いない。
最近、政治的な問題が世間を騒がしている。領土問題はその最たるものであろう。消費税増税や電気料金値上げ、原発問題は、殆ど注目されなくなった。

それらの意見の是非はともかく、キリスト教会の存在価値は、福音を宣教することであり、キリストの故に与えられた、罪の鎖からの解放を宣言することである。

政治的主張に関して、地域教会内には色々な意見がある。例えば、左派もあれば、右派もある。裕福層も貧困層も一緒だ。

しかしながら、キリストの12弟子を考えてみよう。親ローマの徴税人マタイ(ユダヤ人から憎まれ蔑視されていた)、反ローマの急先鋒、熱心党のシモン(過激派。ユダヤ戦争において、エルサレム陥落への無謀に扇動した)の二人が、キリストから使徒に任命されているのだ。

社会的階層、立場、政治的見解は、教会において多種多様なのは、あたりまえの話であって、一番問題なのは、互いに対立することである。

キリストに対する信仰で一致した私たちは、互いに異なっていても、互いに愛し合わなければならない。それには、自分自身の主張を、福音信仰に抵触しない限りで、相手のために捨てる必要もあるかもしれない。

教団・教派的な考え方も、教団という聖書的根拠のない団体ならば尊重しなければならないが、独立教会、単立教会においては一致の邪魔となる。

教会に政治であろうと、貧富の差であろうと、弱さと強さでも、キリストの愛に着地させること。ましてや、講壇から政治的発言をしたり、伝道をないがしろにした上での社会運動をすることはない。

教会の最優先の責任は、キリストの復活の証人として、福音を宣教することである。世が右になれば右と叫び、左になると左と叫ぶ。政治的、社会的に参加しなければならないならば、もはや教会の名に値しない。解散した方がマシである。ハンス・キュンクも、教会ならざる集会の特徴は、解散可能だと断言している。

キリストの体なる教会の生命線は、福音の真理に、徹底的に拠り頼むことだ。

竹島問題

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羽田雄一郎氏は、記者時代に私が取材した国会議員の一人である。

実は、この人、羽田元首相の息子さんなのだが、母親は、敬虔なクリスチャンであり、羽田元首相はキリスト教理解者。毎年、教会のクリスマス礼拝を家族で守っている。

昔、羽田雄一郎氏が他県で学生だった時に、往復時間が何時間もかかる地域教会に通っていたことは有名。私もその地域教会の牧師に電話取材したのだが、キリスト者の水準として、非常に高い評価をしておられた。

初当選後、結婚し、民主党の重要役職を歴任。その間、羽田雄一郎氏が尊敬していた土肥隆一元民主党衆議院議員が、何を血迷ったのか、「竹島は韓国領」と発言し離党。

不法占拠中(実効支配ではない)における、韓国大統領の竹島訪問に対して、民主党は靖国参拝で対抗措置を取ったのだろう。

しかし、参拝した羽田雄一郎氏は、クリスチャンである。政治的決定ならば、靖国訪問ならともかく、靖国参拝というのは、福音主義信仰からの完全離脱だと思われる。

リラ自身、政治学科出身で、学部生時代は弁論部だったので、状況は理解できる。土肥議員よりも、国益重視が明白でマシである。しかし、越えてはならない一線があるのではないか。

民主党議員に限らず、キリスト教界には、政治的には、左翼的思想と同一の姿勢が目立つ。記者時代、何のためのキリスト教信仰なのか、混乱してしまった。

例えば、小沢一郎氏が「キリスト教は排他的である」と発言したら、抗議文を大量に送付する。

韓国が、キリスト教国家なので、日本のクリスチャンは領土を侵害され、いつまでも続く反日運動に対して、いつまでも謝罪運動を展開している。

韓国キリスト教は、罪の赦し、即ち、キリスト教の根本教義である「贖罪」を捨てたようだ。何故なら、韓国の大統領は大体クリスチャンだからである。

従軍慰安婦問題も、アレは嘘である、というのが定説だ。旧日本軍に慰安婦として従軍したのは、公募に応募した日本人女性で、プロの売春婦の方々だった。時代的に貧しい中、慰安婦になれば破格の経済的恩恵を受けれたので、応募者は殺到した。韓国女性の一部も、「従軍慰安婦は日本人ばかりさ」と取材に答える一幕もある。

では何故、政治問題となり、対日カードとなってしまったのか。中央大学教授が書いた『従軍慰安婦』(岩波新書)が事の発端だったが、何と著者は、討論番組等で歴史学的に完全論破されたため(第一次資料の信憑性なし)、自説を撤回している。

それを朝日新聞等が、「事実かどうかは問題ではない。強制性があったのではないか」と問題をすり替え、韓国メディアがそれを取り上げる悪循環。

北方領土(道産子の私としてはロシアだとか、ロシア正教は憎い)、尖閣諸島、竹島の三方面への対策は、アメリカが当事者でも不可能である。

それなのに、日本メディアは真実を報道していない。反原発デモと同じように。秘密保護法って知っていますか?過去、問題になった盗聴法より危険。こうして、世論操作が加速していくのでしょうか。

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